むしゃくしゃする。そんな俺の気持ちに比例するかのように灰皿にたまった煙草は、次から次へと増えていく。ミルフィオーレからの停戦の話。そして、いなくなったあいつ。この二つに関係があると考えているのは俺だけ、なんだろうか。だけど、あまりにも都合良すぎやしないか?あいつがいなくなったと思ったら、白蘭からの停戦の話だなんて、あまりにも都合が良すぎている。
ずれてきた眼鏡をあげ、俺はもう一度良く考える、そして思い出す。
あいつが出て行った日のことを。
別にあの時のあいつに可笑しいところなんて一つもなかった。挙動不審なところも見られなかった。という事は、その日に何かあったんだろう。ミルフィオーレと、いや白蘭と、何か。
あの日、いつものようにと言い争いをしていたことを、懐かしく感じた。まだ10日も経っていないというのにも関わらず、懐かしい。あの日から、それまで毎日のように荒げていたにも関わらず俺は声をあらげることもなくなり、ただ静かに仕事をこなしていた。
それでも、煙草の量だけは目に見えて増えている。
ぐしゃり、と潰した煙草を眺めながらいつかあいつが「煙草は体に悪い」なんて、眉をひそめて言った事を思い出した。あの時はいつもの小言か、なんて思っていたけど、あいつはあいつなりに俺の体のことを気にかけてくれていたんだろう。
俺は馬鹿、だな。今その事に気づくなんて。
だが、お前が俺を心配してくれたように、俺は今、お前が心配なんだ。
(お前はどうしようもない馬鹿だから気づいてなかったと思うけどな、)
あ、と思ったときにはポタリ、と一粒の雨が俺の頬に落ちてきていた。見上げた空はいつの間にか灰色に染まっていて、先ほどまでの青空からは想像できないくらいになっている。
車を呼ぶか、と思っても少しだけ雨に濡れたい気持ちになった俺は、手にした携帯を再びポケットの中へとしまった。
なぁ、どこにいったんだ?お前がいなくなったせいで、俺、最近ちっとも笑えないんだぜ?
はは、と笑みを浮かべるにも、その表情に力なんてない。声にも、いつもの明るさもない。なんで、お前はいなくなったんだよ。俺らの何かが不満だったのか?それなら、そうと言ってくれよ。
俺は、馬鹿だから、言ってくれねぇと分からないんだ。お前が食べたいと言うんなら、いつでも寿司でも作って待っててやるから、早く帰って来いよ。俺だけじゃない。ツナや獄寺や、あのヒバリも、骸もお前の帰りを待ってるんだぜ。
ははっお前って、やっぱりすっげぇ奴なのな。あいつらを心配させるなんて。
な、だからさ、早く帰って来いって。お前を待ってる奴はたくさんいるんだから。マフィアになったのはツナがボスだったからって言ったあの言葉、嘘だったとは言わせねぇよ。嘘つきはどろぼうの始まりなんだからな。
お前だってどろぼうにはなりたくないだろ?
なんて、お前のことだから、もうマフィアなんだから関係ない、なんて言いそうだな
(だけど、俺は知ってるんだぜ。が俺達に嘘を言うような奴じゃないってことをさ)
泣かない。我慢しなくては、そうは思っているのに気をぬけばすぐに泣きそうになってしまう自分が嫌で嫌でたまらなかった。ボンゴレも、泣きたい時は泣けば良いといってくれたけど、誰も泣かない中で俺だけなくなんてことできるわけがない。
我慢、と零した言葉は力なく、俺は手を握り締めてその場に立ち尽くしていた。いつも、泣きたくなったときには何も言わなくても俺の傍にいてくれた貴女が今はいない。今までで一番泣き出したいにも関わらず、貴女は俺の傍にはいてくれない。
俺が貴女に甘えすぎたからですか。
そのせいで、貴女は俺の、俺達の前から姿を消してしまったんですか?それなら、これからはちゃんと強い男になってみせます。貴女を守れるくらいの男になってみせます。だから、戻ってきてください。
我慢。
もう一度呟いたその言葉は敵わずに、俺の頬から一雫の涙が伝った。あぁ、俺は弱い。小さい頃から俺は貴女に守られてばかりだ。今も貴女がいなくなったにも関わらず、俺はなにもすることができない。他の人たちは思い思いに、貴女を探しているというのに、俺は怖いんだ。もし本当に貴女が、自らの意思でここから離れたとしたのなら。見つけてしまった時、拒まれてしまうんじゃないかと。
こんな俺はとても臆病で、何も出来ずに泣くばかり。いつも傍にいてくれた貴女はもういない。僕は一体誰に縋れば良いんですか。あの暖かい手を僕はもう握ることは許されないなんてこと、考えたくなんてないんですよ。
(貴女がいないと、この涙はいつまでたっても止まらないんです、さん)
逆境を跳ね返す。それが俺の役目だと今まで、コロネロ師匠に言われてやってきたつもりだ。なのに、俺の拳は今何もできずにいる。明るくお大空を照らす日輪が俺の役目のはずなのに。こ
の屋敷の奴らを見渡しても、そこには影しかできていない。とても、暗い影。少し前までの明るさなんてなくなってしまっていた。ミルフィオーレと交戦中でもここまで暗くはならなかったというのに。
「何もできてないんだな、俺は」
やはりお前じゃないと駄目なんだろう。皆、お前がいなくなってからと言うもの覇気がない。どんなに、俺があたりを照らす日輪であったとしても、今回ばかりは無理そうだ。俺にお前の代わりを俺ができるわけがない。
だから、お前はここにいなくてはいけないんだ。
お前の代わりなんて、大それたもの、俺ができるわけなかろう?
お前にはお前にしかできないことがある。それはきっと、このボンゴレの中で一番大きな仕事なんだろう。皆を笑顔にできる奴なんて、このボンゴレにはお前だけだ。トレーニングに出ても、任務に出ても、お疲れ様、と言ってくれる奴がいないというのがこれほどまで寂しいものだったとはな。
だが、俺はお前が帰ってくると極限に信じている。いや、俺だけじゃないだろう。皆、信じているんだお前が帰ってくることを。お前は人の期待を裏切るような奴じゃない。今まで俺達の期待を裏切ったことなんてお前は一度だってないんだ。
だから、今回も俺達の期待を裏切るな。お前は絶対に帰ってくる。根拠なんてそんなものない、が、お前は俺達の期待を裏切ることはしないからな。
(。お前はここでやるべきことがたくさんあるだろう)
イラつく。このイラつきの始まりではどうしてこんなにも自分がイラついているのか、分からなかったけど、今僕はその理由が分かっていた。どうして、君がここにいないんだ。毎日、嫌というほど、僕の近くにいた人間。群れは嫌いだけど、仕事のできる人間は嫌いではなかったから、僕は君を咬み殺すことはなかった。僕の傍にいることを許される人間なんて早々いないんだ。それなのに、君はそれを自らは手放すというのか。
だけど、僕はできる人間を簡単に手放すほど甘い人間でも、良い人間でもないんだよ。長い時を共に過ごしてきた君がそのことに気づいていないわけじゃないだろう。君は僕と共に過ごした時間なんて関係無しに、僕という人間を他の誰よりも理解している。きっと、この僕自身よりも。
机の上にはまだ手をつけていない書類の山。君がいないせいで、仕事はどんどん溜まっていく。哲が少しずつ片付けてくれているようだけど、それでも君がいない穴は大きい。
寝ても、寝た気にならない。
僕がどんな思いで、君を待っていると思っているんだ。
あの時、君はちょっと出かけてくるとしか言わなかったじゃないか。それなのに、もう君がいなくなって1週間が経とうとしている。イライラだけが、募っていく。どんなに咬み殺しても解消される事のないこの気持ち。
君がいつ帰ってきて良いように君の好きなケーキを、毎日買いに行っているんだ。この僕にそこまでさせておいて、帰ってこないなんて、どういうつもりなんだ。何回も、いや、もう何十回にもなるかもしれないくらい、哲からは「休んでください」という言葉しか聞いていない。こんな言葉、君が帰ってくれば聞かなくてすむんだ。
さっさと帰ってきなよ。君がいないと、面白くないんだ。
(、君は自分の存在の大きさを知るべきだよ)
それぞれの思惑
(皆が想うはここからいなくなった、彼女のことだけ)
(2008・07・16)
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