白蘭の世話係として数日たった。白蘭の話を聞いている限り、ボンゴレとの停戦についての話は進めてくれているらしい。その事にホッとしながら私は今日も忠実に白蘭に言われた仕事をこなしていた。

目の前のパソコンに移る小さな文字の羅列を眺め、この情報をボンゴレに与えることができれば、と思っている自分がいる。諦めが悪い。それに、これをボンゴレに与える手段なんて私は知らない。携帯電話も身に持たず、ここからでることも敵わない。そんな中で、どんなにボンゴレが優位になれそうな情報を目にし、耳にしても、それは、私にとっては何にも意味を成さないものとかわりがない。



さん、白蘭様が呼んでました」



ふと、後ろを振り返ればそこには、私よりきっと年下であろう青年が立っていた。つい先日、白蘭に紹介されたこの人は名を、レオナルド・リッピというらしい。白蘭とは違った笑顔を浮かべるその青年に、私は少しずつではあるけれど気を許していたような気がする。皆が、冷たい感情だけしかもたないミルフィオーレと言う枠の中で、彼だけは暖かい気持ちがした。それが、救いだった。こんなところにいても、暖かいその気持ちに触れるだけで、私は人間らしい感情を持つことができた。


だけど、もしかしたら人間らしい感情なんて捨てたほうが良かったのかもしれないと思うこともある。このまま皆と会うことも出来ずに、ずっとミルフィオーレにいることになってしまうなら。ボンゴレに戻れないというなら。

それでも、死にたい、とは思わなかった。私が死んだら、彼らは悲しむ。


(なら、私がここにいることを彼らは悲しまないと言うの?)


何回も繰り返される自問自答。その答えは未だにでない。そして、これから先もその答えは、きっと
出ないことなんだろう。




さん?」


レオくんに名前を呼ばれて、私はハッとする。もう目の前には白蘭の部屋のドアがあった。ここに入った瞬間から私は白蘭の忠実な部下だ。そう自分に言い聞かせながら、ドアをノックすればドアの向こうからは白蘭の気のぬけたような声が聞こえてくる。
その声を聞き、私はドアをあけた。ソファーに座りながら、マシュマロを口にする白蘭。この男がマフィアのボス、なんて、初めて会った人は到底思えないだろう。それはもちろんツナにもいえたことだけど。



「あぁ、チャン。待ってたよ。レオくんもありがとね」

「いえ、とんでもないです」

「……白蘭さまご用件はなんでしょうか」



顔だけをこちらに向けている白蘭に問う。白蘭はその問いに笑みを浮かべると「チャンにとっては良い知らせだよ」と言った。その言葉に、私はなんとなくその先の言葉が分かったような気がする。今の私にとって良い知らせなんてたった一つしかない。


「さっき、ボンゴレに連絡入れておいたよ。多分、来週くらいにはもう停戦できるんじゃないかな?」


その言葉に私は僅かに顔を上げた。良かった。これで、もう、あの人たちが傷つくことはない。

ほっと息を吐いたのが白蘭にも伝わったのか白蘭はニッコリとした顔を作ると、良かったね、と言った。本当にそう思っているのか。そう聞きたいのは山々だったけれど、私は今は白蘭の忠実な部下で、そんな事言えるわけもなく、私は顔に力を入れ、頬が緩むのを抑えながら「ありがとうございます」と口にしていた。

レオくんは何のことか分からないのか私のとなりで、相互に白蘭と私の顔を見やっている。


「悪いんだけど、レオくんは席外してくれないかな?」

「あっ、はい、失礼します!」


レオくんは白蘭からそういわれると直ぐに頭を下げて、出て行ってしまった。二人きりの部屋。どことなく緊張した空気が流れているのはさっきの白蘭の話のせいだろう。ボンゴレには連絡をいれた。
そこで彼は私の名前を出したんだろうか。そう思うと、急に背筋に冷たいものを感じた。もしも、私がここにいると彼らが知ったら彼らは。怖い。震えそうになる体を必死に押さえ、白蘭を真っ直ぐに見る。



「それでね、話はこれだけじゃないんだ」

「……」

「ボンゴレと今度会合をすることになった。もちろん、その席にチャンもいてくれるよね」

「それに拒否権は、」

「お世話係なんだから、そんなものチャンにはないよ」



はっきりと告げる白蘭に、私は睨みかえす事も何もできなかった。そう、私は今は白蘭の部下。彼に歯向かうなんてことできるわけがない。


「向こうは沢田綱吉くんが来てくれるらしいよ」


久しぶりの再会だね?と白蘭は言いながら、マシュマロを一つ掴み自分の口のなかへといれた。何も言わない私に白蘭は「チャンも食べる?」なんて聞いてくる。私が言いたいことはそんなことじゃないと分かっているはずなのに。それでも、何もいえない。


ツナに、こんな姿を見られたくはなかった。分かっている。彼の誘いに乗ったときにもしかしたら、こうなるかもしれないと考えていたじゃないか。覚悟はできている、そう思っていた。なのに、私は覚悟なんて何一つできてやいない。今でもボンゴレに帰りたいと思う。往生際が悪いにも程がある。この先の事を考えれば考えるほど、私の目の前には真っ暗な闇しかなかった。

容易にツナがミルフィオーレの隊服を着た私をどんな顔で見るのか想像できて、唇をかみ締めていた。以前、かみ締めた時にできていた傷から再び血の味が広がるのを感じた。


「話はここまでだから、チャンはそろそろ昼食でも食べておいで」

「……はい」


白蘭に頭を下げて、私は背を向ける。きっと、この瞬間にも白蘭が私の命を奪うことなんてたやすいことなんだろう。それでも、私はそれが怖くはなかった。よっぽど今の私のことを知ったツナの顔を見るほうが私にとっては怖いことであった。
チャン」白蘭に名前を呼ばれて私は足を止める。振り返れば、白蘭はこちらを見ながら、口端をあげていた。



「そのダリアの花飾り良く似合ってるよ」



褒め言葉、のはずなのに私はこの言葉を聞いてとても悲しくなった。裏切りの証が似合う。白蘭はこれが言いたかったんだろう。自分でもそう思う。綺麗なダリアの花飾りは私には似合わない。だけど、ダリアの花言葉である裏切り、という言葉は、私に良く似合う。こんな
も、そんな言葉も似合いたくなかった。
思わず零しそうになったその言葉は、もしかしたら白蘭には分かっていたのかもしれない。それでも、私は何も言わずにその真っ白な部屋から、何も言わずに出て行った。




会いたいのに、会いたくない





(こんな姿見られたくはないのに)











(2008・07・12)