が姿を見せなくなって数日経った。誰も顔には出さないけれど、皆が仕事の合間合間にを探していることは知っている。俺だって探している。
ただ一人の、部下としてではなく、かけがえのない仲間を。手に取った書類は、あまり進んでいない。それもそのはずだろう、俺はが少し街に出てくる、と言った日からあまり寝ていない。いや、寝ても寝られないといったほうが正しいのかもしれない。
なぁ、どこに行ったんだよ。。呼びかけても、その声に返事をくれる人は今は誰一人としていない。
万年筆を手に取り、書類を処理していく。進まない筆に、俺はイライラしながらそれでも少しずつ目の前にある自分のやるべき仕事を終わらせていた。これが終わったらを探しに行こう。そう思えば、進まなかった筆も少しは進むようになった。
早く、早く。必死に手を動かしていれば「10代目」と、上から声をかけられた。ふとできた影に僅かに驚きながらも見上げればそこには獄寺くんがいた。いつの間に部屋に入ってきていたんだろう。まったく気づかなかった。
それほどまでに、俺は目の前の書類に集中していたのか、いや、正しくはのことを考えていたから気づかなかったんだろう。
「10代目、少し休まれた方が」
眉をひそめながらその言葉を紡ぐ獄寺くんの方が休めば良いのに、と俺は思った。目の下にはやはりくまがあり、獄寺くんも寝てないんだろう。
が帰ってこなかったあの日、夜遅くにが帰って来てないことを聞いた獄寺くんは「あの馬鹿が」と言いながらもそれまで吸っていた煙草の火を消し、獄寺くんは外へと飛び出していった。そして、その日獄寺くんは夜遅くまで帰ってこなかった。
獄寺くんが何をしに外へと飛び出して行ったかなんて、俺達には考えずにも分かっていた。
を、探しに行っていたんだ。
「俺は大丈夫。」
はっきりと告げれば、獄寺くんは何も言わずに俺の部屋から出て行った。獄寺くんにも分かったんだろう。何を言っても無駄だということも。それは獄寺くん本人にも言えたことだから。部下から、休んでください、と言われているにも関わらず獄寺くんはほとんど休む間もなく今もを探している。
だから、俺に何も言えないんだ。
なぁ、どこに行ったんだよ。。
その問いかけはがいなくなって何回もした。なんだか、胸騒ぎが収まらない。ボンゴレの超直感が何かにあったんだと、そう告げる。
死んではない、と言う確証は何故かあった。探し続ければいつか見つかる、と言う気持ちもあった。これはすべて俺の希望かもしれないけど、それでも俺はそれに縋りつきたかった。
大切な仲間を失った、なんて考えたくもなかった。
息を吐き椅子に背を預けながら、目を閉じる。
マフィアになんてならない、と言い続けてきたあの頃。もう10年も前になるその頃から俺の記憶の中にはいる。もちろん、他の人たちだって。友達なんて言えるものが一人もいなかった俺が、たくさんの友達に囲まれるようになった。そして、その人たちを守りたい、とそう思った。
だから、だから俺はマフィアになったんだ。
その人たちを一人も欠かさぬように、と。絶対にこの手で守ってみせよう、とそう思って。
なのに、そんな俺の気持ちなんて届かずに俺の手から一人、すべり落ちようとしている。必死に掴んでいようと思っているにも関わらず、俺の手から無情にも、離れていく。
あまりの自分の不甲斐なさに、俺は唇をかみ締めた。俺はボンゴレのボスなんだ。
だから、がいなくなったことだけを気にかけるわけにはいかない。だけど、それが凄くもどかしい。大切な友が、仲間がいなくなったと言うのに、それだけのことを気にかけることはできない。
それに、きっとは俺がそれだけの事を気にしていたら怒るだろう。ボスがそんなことで良いの?なんて言いながら俺を叱る。それを想像すると少しだけ笑みがこぼれた。
いつの間に眠っていたんだろうか。目を覚ませば、先ほどまで日が入り込んでいた窓からは既に日の光なんて入っていなくて、部屋も暗くなっていた。時計を見れば、どうやら3時間ほど寝ていたらしい。俺には寝るよりも、やらなければいけないことがたくさんあるというのに。目の前にはまだまだ残された仕事の山。日にちが変わる前にはどうにかしてこの仕事を終わらせてしまいたい。さすがにこの明かりの中仕事をするわけにもいかず、俺は立ち上がり部屋の明かりをつけた。一気に明るくなった部屋に一瞬だけ目が眩む。
「ボス」
数回ノックされたドア。しかし、ノックの意味なんてなく、俺が返事をする前に一人の部下が部屋へと入ってきた。その部下の少しだけ焦った表情に、俺は目を細める。何か、あったんだろうか。いや、きっと、なにかあったんだ。いつもはちゃんとノックをして、俺の返事を待ってから部屋へと入るにも関わらず、俺の返事を待たずにドアをあけた。
絶対に何かあった。俺の予想は確信に変わる。
「…ボス、電話です」
「電話?」
「相手はミルフィオーレからです」
その言葉に俺は、目を見開き動揺を隠し切れなかった。まさか、立った今交戦中のミルフィオーレから電話がかかってくるなんて思いもしなかった。それに、まさかここの、ボンゴレの本拠地の番号の情報が漏れているなんて。
しかし、ミルフィオーレからの思いもしなかった電話。何か取引でもしようというんだろうか。それとも、と思い、浮かんだのはの顔。もしかして、とミルフィオーレの間に何かあったんだろうか。
「直接、会って話したいとのこと。場所と日時は後の連絡すると、先ほど電話がありました」
そして、目を伏せると「そして、その連絡はさんの携帯から」と目の前の部下は言った。
頭が真っ白になる。の携帯からミルフィオーレからの連絡があった?
それはつまり、
「はミルフィオーレに捕まっている?」
呟いた言葉は部屋に響いた。最悪な展開が頭をかすめる。一気に顔から血の気が引いた気がした。今まさに交戦中の相手からの電話。その電話は、の携帯から。じゃあ、は今ミルフィオーレのところにいるということになるじゃないか。
深呼吸を二三度繰り返し、俺は真っ直ぐと背筋を伸ばした。大丈夫、は殺されてはいない。超直感がそう言ってるんだ。俺はそれを信じなければならないし、俺はそれを信じたい。
すぐに迎えに行くから
次に来るであろう連絡。俺は、それを静かに待った。
(2008・07・10)
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