目の前にあるのはボンゴレの屋敷。まさか、ここに帰ってくる日が来るなんて思いもしなかった。
少しだけ複雑な思いが私の中を駆け巡っているけれど、ただただ今はここに戻ってこれたことを喜んでいたかった。なんて、幸せなんだろう。自分を必要としてくれる人がいて、その人たちとまた共に、過ごしていけるだなんて。浅はかなことをしてしまった、と思う。でも、嬉しい。
「」
名前を呼ばれて見上げれば目の前にいるのはツナ。だけど、今のツナは先ほどのツナの違った表情をしていた。それはまさにボンゴレのボスの表情。様々な業を受け継いだ表情は、たった一目見ただけで畏怖の念を抱きかねないほどの表情だった。
彼がこんな表情をするまでにどんな道を歩んできたのか私は知っている。だから、この表情に恐れはなかった。ただ私が彼をこんな表情にさせているのだと思うと申し訳なさが募った。
ツナだって好んでこんな表情をしているわけじゃないんだろう。
ツナには笑顔が一番似合うけれど、笑ってばかりはいられない。それが、マフィアなんだ。笑ってばかりじゃ、いつかは自分たちが笑われてしまう。だから、時にこんな表情が私達には必要なんだ。
まっすぐとツナを見上げる。それと同時に軽い衝撃が頬へときて、パシッと乾いた音がその場を包み込んだ。見ていた誰もが息をのんだのが分かる。
「沢田!」と了平さんが声を荒げたのを聞いて私は「大丈夫ですから」と笑っていった。彼は女性に手をあげるなんてことが許せないんだろう。もちろんツナだって手をあげたくて上げたわけじゃないと言うのは分かっている。
あげざるを得なかったんだ。ボンゴレのボスとして。私を再びここに連れて帰るために。
痛くない。と言えば嘘になる。しかし、痛い、と言っても嘘になりそうなくらいの痛みだった。ツナは、ツナなりに力を抜いて叩いてくれたんだろう。そんなことを思いながら了平さんへとやっていた視線を目の前のツナへと視線を戻した。
「自分がしたことの事の重大さはわかってるよね」
今の私はツナと対等な仲間ではない。ボンゴレに、沢田綱吉に使える部下の一人だ。
私がどれだけのことをしたのかは自分自身が一番分かっている。本意ではないとはいえ、ボンゴレを裏切りミルフィオーレとなり、白蘭に遣えた。誰にも何もいうことなくここを去ったにも関わらず、のうのうと私は再びここへと戻ってきた。自分勝手なことこの上ない。
私が処罰を受けるべきと言うのは分かっていた。それでも、ここに戻ってきたいと思った。
「なら、」
そういいながらツナの表情が変わる。眉尻は下がり、今にも泣きそうな表情。その表情はボンゴレのボスの沢田綱吉ではなく、私のよく知るツナの表情だった。ここ数年では見せることなかった駄目ツナの表情に、場違いだとは分かっていながらも懐かしい、と感じていた。
「もうここからいなくならないでくれよ」
ツナの必死の声色に、今まで我慢していたものが一気にあふれ出したような気がした。ボロボロと流れていく涙は先ほど流した涙なんか比ではないくらいあふれ出てくる。拭っても拭っても出てくる涙。
ごめんね、ごめんね、と繰り返し紡ぐ言葉に目の前まで迫ったツナが困った顔で笑いながら私の瞳から流れていく涙を拭ってくれる。
「泣きたいのはこっちの方だよ。がいなくなって俺達がどれだけ心配したと思ってるんだよ」
「まったくボンゴレの言うとおりですよ。まだ君には言いたいことがたくさんあるんですから覚悟しておいてくださいね」
ニッコリと微笑んでいる骸さんには少しだけ背筋が冷たくなるのを感じたけれど、でもこの言葉のすべてが私を心配してくれたからの言葉だということは分かっている。それに、たったこれだけのことで私が仲間を裏切ったことを許すだなんて、どれだけ寛大な処置なんだろうか。
本来ならファミリー追放だってことも考えられないこともない。
「」
「ひ、ばりさん」
「君は勘違いをしているようだから言っておくけど、君は僕達を裏切ったなんてことはないからね」
まるで私が考えていたことが分かりきっているような口ぶりだった。けれど、事実私はツナ達を裏切ったと思っていた。
なのに、どうして雲雀さんは私が皆を裏切ってない、なんていえるんだろうか。雲雀さんなりの優しさ?いや、雲雀さんはそんな事に気をつかわない。彼が口にするのはいつも、確かな事実だけだ。
「どうして、ですか?私は白蘭の部下になって」
「でも、君は僕達の情報を一切白蘭には言わなかったでしょう?」
「それにな、俺達はお前が裏切るような奴じゃないことぐらい知っているからな!」
了平さんはそう言って痛いくらいに私の頭を撫でて、屋敷の中へと歩いていく。
「君が僕達を守ろうとしてやったことくらい分かってるよ。まぁ、君に守られるような僕ではないけどね」
ニヤッと嫌な笑みを浮かべる雲雀さんにもう私は何もいえない。この人たちは、自分たちが紡ぐ言葉にどれだけの威力があるのかを知っているのだろうか。その一言で私は嬉しくもなり、悲しくもなる。だけど、この人たちは私が悲しくなるような言葉なんて紡がない。
彼らが紡ぐのは私を喜ばせるような言葉ばかりだ。それが、たまらなく嬉しくて私はもう何かを言えるような状態ではなかった。
ほら、行こう。ツナが私の手をとり、歩みだす。既に全員玄関をくぐり、私もツナに引きつられ久しぶりにボンゴレの敷居をまたいだ。
「おかえり」
その言葉に私はさらに流れてくる涙をとめることができなくなった。この言葉をどんなに私は待ち望んでいたんだろうか。ここは今は私の帰る場所だと言っても可笑しくはない場所で、再びこの言葉を言ってもらえるなんて思ってもみなかった。でも、みんな笑顔で私を招き入れてくれる。おかえり、といってくれる。私の帰りを待ち望んでくれる人がいる。それはなんて幸せなことなんだろうか。きっと、例えようのないくらいそれは幸せなことなんだろう。
本当は言いたいことがあるのに、それなのに涙がとまらなくて、嗚咽もとまりそうにない。それでも私は必死な思い出、言葉を紡いでいた。
ただいま、
(2008・11・16)
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