本当に馬鹿だなぁ、と彼女が出て行く後姿を見て思う。僕を殺すつもりがないなんて、どんな思考をしているんだろうか。自分でも、彼女には酷いことをしたというのは分かっているのに。
脅迫をして、無理やりと言って良い形でここに連れてきて。
さっきなんて、僕を殺す良いチャンスだったはずだ。殺されるつもりなんてこれっぽっちもなかったけれど、それでも彼女にとって良いチャンスだったことに変わりはない。
多分、あのまま引き金が引かれていれば傷の一つぐらいできていただろうに。
それでも、彼女は何もしなかった。
思わず零れる笑みは愚かな彼女に対してではなく、自分自身のもの。僕は一体何がしたかったんだろうか。彼女が欲しかったのは紛れもない事実。なのに、僕は折角捕まえたはずの彼女を手放してしまった。
あの場で無理やりにまたここに閉じ込めておくことができたはずなのに、僕はそれをせずに彼女がこの部屋から出て行くのをただ見送っただけ。手を伸ばすことさえしなかった。
今まで欲しかったものはすべて手に入れてきたはずなのに、本当に欲しかったものには手を伸ばすことさえできなかった。
「でも、伸ばしてもどうせ」
彼女を掴むことなんてできなかっただろう。どうせ、また捕まえたとしても彼女はまた僕の手から華麗に抜け出していくに決まっている。部屋の中にその言葉は静かに消えていった。再び零れだす笑み。
バタバタと足音が聞こえてきて、ドアのほうへと視線をやる。誰の足音かなんてもう分かりきっている。バンッと勢いよくドアをあけた正チャンの額には僅かに汗が滲んでいた。
「正チャン、おかえり」
あぁ、本当僕は一体何がしたかったんだろうか。自分のことなのに、それすらもわからない。
先ほどから私の耳にはいっているのは爆音と、骸さんと雲雀さんの小言だった。右から左に受け流そうにも、左からまた小言が入ってくるから受け流そうにも受け流せそうにない。
「君は分かっているんですか?あの男をあそこで殺そうと思ったら殺せたんですよ」
「……はい」
「大体、僕がわざわざ迎えに来てあげたんだからあの男と戦うくらいさせてよね」
「……すみません」
「謝るくらいなら誰にもできるんだよ」
コツコツと廊下を歩きながら、右と左から言われる小言もさすがに煩わしく感じてきた。でも、この言葉も私を心配してのものだと思うと何も言えなくなる。けれど、このまま黙って聞いているわけにも行かず私は意を決して、「あの……ツナたちは?」と今にも消えそうな声で聞いた。
その言葉に雲雀さんは「さぁ?」と本気で知らないようなくちぶりで答えた。
「いや、さぁって」
「彼らのことなんて僕は知らないよ。ここまで一人で来たからね」
「じゃ、骸さんは」
「もちろん僕も一人出来ましたよ。ですが、彼らがここにいるのは確かですよ」
貴女を迎えにね、と付け加えられた一言に、少しだけ胸があつくなった。皆が皆私を迎えに来てくれて、勝手に私はあの場所から出て行ったはずなのに。それでもなお、彼らは私を必要としてくれる。
私なんて無力で結局誰も守ることができなかったような人間で、彼らには何も与えることなんてできやしない。たくさんのものをくれる彼らからただ与えられるだけな人間であるにも関わらずこんな場所まで迎えに来てくれる。
嬉しすぎて、どうして良いか分からなくなる。
「おや、意外と近くにいたんですね」
そんなことを思っていた私に骸さんは顔をあげて、呟く。一体何のことだろうかと思い首をかしげれば、雲雀さんも眉間に皺を寄せているのが見えた。
それと同時に目の前の廊下の壁が激しい爆音とともに壊れた。思ってもみなかったことに、私の目はこれでもかという程見開かれ、そして銃をかまえる。煙で人の姿は見えず、もしかしたら敵かもしれない。
しかし、段々と晴れていく煙の中に見えたのは、敵の姿ではなく、ツナ達の姿だった。あちらも驚いた様子でこちらを見ているあたり、まさか壁の向こうに私達がいるとは思わなかったんだろう。まぁ、分かっていたのなら私達の目の前で爆発なんてことさせるわけがないとは思うけれど。
雲雀さんの眉間に皺がよった理由が今、分かった気がした。
「ツナ!」
思わず声をあげて、ツナ達へと走りよった。それに驚いた様子だったツナ達の表情も変わる。三人とも、それぞれ、笑った。その笑みは優しさに満ち溢れていて、私を受け止めてくれた。
「」
ツナの手が伸びて、私の体をつつみこむ。暖かい体温と、柔らかい香りがとても懐かしくて、私もツナに抱きついていた。無事で良かった、と頭上から聞こえてくる声に、なんてことをしてしまったんだろう、と後悔の念が私を襲う。
守るどころか心配をかけて、ツナ達を危険な目に合わせて、自分はのうのうとまたあの場所に帰ろうとしている。都合が良すぎるのではないかと、自分でも思う。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、ツナが私を抱きしめる力を弱めると、体を離し私に視線をあわした。ぼろぼろとはまではいかないけれど、その顔にはいくつかの傷があって、自分のしてしまったことをさらに思い知ったような気がした。
「、」
「ごめん。ごめん、ツナ」
ツナの顔が見れなずに、私は視線を下げた。何度も繰り返して謝罪の言葉を口にしようとも、それで罪悪感が拭われるわけもなく、私はこみ上げて来る罪悪感でツナの顔が見れなかった。だけど、暖かい感触を頭の上に感じなんだろうと思いながら、私は視線を上げる。
ツナの手とはまた違ったゴツゴツとして手。その手にはいくつもの指輪がついていた。
「ったく、この馬鹿。心配かけさせてんじゃねぇよ」
「ご、くでら?」
そう言って軽く頭を殴られる。その気軽さがいつもの、ここに来る前の獄寺のやり取りと全然変わらなくて私は、獄寺の名前を呼びながら獄寺の服の袖を掴んだ。
獄寺は私のそんな行動に嫌がる様子は見せずに、息を一息はくと柔らかく笑いながら「この馬鹿が」と言いながら再び私の頭の上に手をのせてくれた。
あぁ、なんてこの人たちは優しいんだろう。
一度は裏切ったはずの私を、温かく迎えてくれる。まるでこんなことなかったかのように、私に優しい。大好きなぬくもりは再び私の手の中に帰ってきたんだ。
「獄寺〜っ」
「テメー、鼻水つけるんじゃねぇぞ!!」
今なら、こんなこと言われても全然怒りなんてわいてこない。むしろ、このやり取りさえ愛おしい。馬鹿な自分。そんな簡単なことに気づくのがあまりにも遅すぎる。獄寺に先ほどよりも頭を撫でられ、私はそれを嫌がることもなく受け入れていた。
「、俺も寂しかったんだぜ?」
山本が私に近づき、自分の胸元に私を寄せる。耳元で囁かれる言葉は、少しだけ弱弱しいものに聞こえて私は「ごめん」と口にしていた。その言葉に反応して2、3回山本が私の頭をかるく叩く。
「ま、無事で何よりだけどな」と言うと、山本は私の肩から顔を離すと視線を合わせて先ほどの弱弱しい言葉とは裏腹に微笑んできた。いつもの山本の笑みに私もつられるように笑みを返した。
「ねぇ、君たち群れてると咬み殺すよ」
「まったく、こんな時に分かってるんですか」
雲雀さんが音を立ててトンファーを取り出すとこちらに少し近づいてくる。思わずその動作に私は山本からはなれ「す、すみません」と言いながら手をあげ、降参のポーズをしていた。
その事に雲雀さんが納得したのか、定かではないけれど雲雀さんはこちらを一瞥するとトンファーを直して一人で歩き出していた。
群れるのが嫌いな雲雀さんらしい、と言えばらしい行動に私は笑みを抑えきれず、いつの間にか口端を僅かにあげ、雲雀さんの後を追って走り出していた。
後ろからはツナ達がその後を追い、気づいた時にはとなりには骸さんがいた。仲間に囲まれて、軽口を叩きあいながら道を進む。
たったそれだけのことなのに、幸せだと実感せずにはいられない。
だけど、そんな中でも中でも少し思い出してしまう。白蘭のあの笑顔。そして、その裏の真実。マフィアである白蘭とはもう関わりたくはないと思いながら、白蘭にはもう一度会いたいと思う。
ボンゴレでもなく、マフィアでもない、と言う一人の人間として。
でも、今はこの幸せなひと時を
(2008・10・07)
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