ありがとう、と口に出した言葉は今にも消えそうな言葉だったけれど、しっかりと二人の耳にへと届いていた。こちらを見る二人の表情は穏やかで、私の体の震えも止まっていた。
ただ仲間が来てくれただけ。
それだけで、私はまっすぐと白蘭を見すえることができた。恐ろしくないわけじゃない。でも、恐さなんてもの、二人がここに来た瞬間に私の中で小さくなっていった。
白蘭の表情は二人が現れてからも変わらない、冷たいままだ。何を考えているのか分からない。普通なら、ボンゴレの守護者である二人が目の前に現れたら怯えるだろう。
だけど、彼の表情に怯えは見えない。それどころか、さらに笑みを深くしたように見えた。
白蘭は、これさえもお見通しだったのかもしれない。彼らがここまで来ることも。
「君達で、僕に勝てると思ってるの?」
冷たい声色に、骸さんと雲雀さんはまるで私を庇うかのように立ちはだかる。これでは、私は守られたままじゃないか。
私がここに来た理由。それは彼らを守りたいから。ここで、彼らに守られていては意味がない。そう、だ。私は彼らを守らなければならない。
雲雀さんが私の腕を掴んだ時に、一緒に渡してくれた銃を構える。久しぶりの感触。人殺しの道具だと思った時期もあった。でも、今の私にとってこれは誰かを守るために必要なものだった。
非力な私の力になってくれるもの。
骸さんと雲雀さんの間から私は前にでて、白蘭の目の前へと立った。その行動に骸さんと雲雀さんは一瞬驚いた顔をみせたものの、一人はうっすらと笑みをうかべ、また一人は呆れたような笑みをうかべた。
「白蘭」
「何、チャン?」
「私は、仲間を守るためだったら何でもできます」
私はそう言いながら、白蘭の目の前に構えた。だけど、それでも白蘭の表情は一切変わらない。いや変わるはずがないんだ。彼はきっと、私に殺されることはないと思っている。
私がもしこの引き金を引いたとしても、白蘭は避ける自信がある。だから、こんな表情をしているんだ。
「僕をこれで殺すの?」
クスクス、という笑い声が耳に入ってくる。ここ数日間いつも聞いていた笑みだ。
私は白蘭が嫌いだ。
脅迫にも似た言葉で私をここに縛り付けて、何でもお見通しで、最後の最後まで彼に振り回されてしまった。もしかしたらここで殺されるかもしれない。でも、それでも、私はきっとこの引き金を引くことはできない。
彼がここに私を連れてきた理由。結局その理由は分からなかった。
「無理です。私には貴方を殺せませんから」
「やっぱりチャンは賢い子なのかもね。自分の身の程を良く分かってる」
君の力で僕を殺すことはできないよ。
まるでそう言われてるような気分になった。いや、きっと、こう言われているんだろう。だから、こんなに余裕で、それがとても悔しかった。
「違いますよ、私がこの引き金を引くつもりが一切ないから、貴方を殺せない」
その言葉に白蘭が今までとは違った表情を見せた。この言葉は彼が唯一、見抜けなかった言葉だろう。こんなこと、私が言うなんて白蘭は思いもしなかったはず。だからこそ、この一瞬だけ彼は表情を歪ませた。
気づかれないようにと直ぐにいつもの表情に戻したつもりだけど、それに気づかないわけがない。私はこの数日間ほとんど彼と一緒にいたんだ。ただ単に、白蘭の世話係だけをしていたわけじゃない。
私は彼の言動すべてに注目していた。まさか、こんなところで役に立つとは思わなかったけれど。微細な変化が、白蘭にとっては大きな変化だ。
本当はこんな事を言った私を、睨み付けたいんだろう。大いにその表情を歪ませたいんだろう。
でも、彼の何かがそれを邪魔する。その何かがプライドか何か、私には分からないけど、彼の心中は戸惑っているはずだ。
引き金を引くつもりのない私。
そんな私を、白蘭はまた馬鹿だと笑うのだろうか。だけど、笑えば良い。馬鹿だと笑われても、愚かだと罵られても私は自分の守りたいものを守ることができればそれで良いのだから。
「私をここから逃がしてはくれませんか?」
(2008・09・19)
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