連れてこられたミルフィオーレの内部に、ボンゴレで感じていた暖かさなんて一切なかった。真っ白な部屋。真っ白な隊服。そのすべてが冷たくて、私はそこであらためてミルフィオーレに来たんだと実感した。今、ツナ達は何をしているんだろう。ミルフィオーレに対しての何か会議でも開いていそうだ。
そして、きっと、まだ私がボンゴレの屋敷から姿を消したことなど誰一人も気づいていないはず。多分、早くても私がいなくなったと気づくのは明日か、明後日か。

誰が一番初めに気づいてくれるかな。そして、いなくなった、私がここにいるなんて知ったらみんなどうすることだろう。


ツナは、凄く驚くだろう。山本だって笑うことさえ忘れるくらい目を見開いて驚くかも。獄寺と、雲雀さんにはものすごく怒られそうだ。獄寺が怒鳴り声を上げるところが容易に推測できる。笹川さんも、怒るかもしれない。骸さんは、呆れた顔するかな。
だけど、きっと、私にはそんな顔見ることも許されないんだろう。私はきっと彼らに会うことはもうこの先ないと思う。


会いたい。最後に一目だけ。だけど、一目でも見たら私はこの胸に抱いた決意を簡単に翻してしまいそうだった。私は守らなければならないんだ、彼らを。ずっと、ずっと私を守ってくれた彼らを。


チャン」


名前を呼ばれ顔を上げれば、そこには先ほどとは違い白い隊服を身にまとった白蘭がいた。
いや、違う。"白蘭様"がニッコリと笑いながらそこにはいた。


「うんうん、その服良く似合ってるよ」


似合いたくもない。と言う言葉を飲み込み、私は抑揚のない声で「ありがとうございます」と言った。その言葉に白蘭は目を細めて笑いながら「褒めてるんだからもっと嬉しそうにしたら良いのに……まぁ、良いか」と呟く。これから、この男の部下になるのか。少しずつ湧き上がってくる実感に、私は自嘲地味た笑みを浮かべた。

私がマフィアになったのはツナがボスだったから。なのに、今の私の有様は。そんな私の様子に気づいているのかいないのか、白蘭は私の手に分厚い書類を手渡した。


「これにチャンの仕事の内容書いてるから、よろしく頼むね」

「……本当にこれでボンゴレとは」

「うん、約束は約束だから。もちろん、守るよ」


その代わりチャンはちゃんと仕事してね?給料泥棒なんてしないでよ。と、言う白蘭の言葉を聞いて私は受け取った書類の一番上の紙に目を通した。そこには、小さな字でたくさんの何かが書かれている。


チャンには僕のお世話係してもらうから」

「お世話係?」

「そう。四六時中、僕と一緒にいるのがお仕事」


ニッコリと笑みを作る白蘭。私は眉をひそめて「私が、貴方の命を狙うとは考えないんですか?」と聞けば、白蘭は一瞬目を見開いて驚くと直ぐにいつもの笑みを浮かべた。


チャンにはそんな事できないよ」


この言葉を聞いた瞬間、私はこの男には一生敵わないかもしれない、と自然とそう感じた。それは比べるのさえ馬鹿らしくなるくらいの力の差か。それとも、この男の精神にか。どちらにかは分からないけれど、この男にはすべて分かっているのかもしれない。私の考えていることなんて。


「近いうちに、伝達係の子を紹介してあげるね。チャンのこと手伝ってくれると思うから」

「……はい、」


もう私には何も言えることもできなかった。

私はこの男に従うしかない。そのためだけにここに来たんだ。悔しいなんて思うな。感情は捨てろ。まるで自分に言い聞かせるかのように心の中で、その言葉を呟く。


「あと、これ。僕からのプレゼント」

「これは……髪飾り?」

「うん。ダリアの髪飾り」


渡された髪飾り。真っ白な髪飾りはきっと、この白い隊服と良く似合うことだろう。


「そのダリアの花言葉はね、"裏切り"って言うんだ」


チャンにはぴったりかもしれないね、とクスクスと笑いながら言う白蘭に怒りと言う感情は芽生えなかった。彼の言うとおりだった。私は彼らを、ボンゴレを裏切ったのだ。それも一番最悪な方法で。自ら私は彼らの敵になることを選んだ。理由はなんにせよ、それは紛れもない事実。
そして、この事実に、心痛めてくれる人がいるのも事実。

お願いだから、私なんかのために心を痛めないで欲しいと願う。そうでなければ、私がここに来た意味がなくなってしまうから。


「ありがとうございます、白蘭様」


口にする名は私の想う名ではない。私が忠誠を誓ったのは彼だけ。そして、私が守りたいものは彼らだけで、どんなにこの口が他の人の名を口にしようとも、いつまでも私が想うのは彼らのことだけ。
もう彼らのことを考えるのはやめよう。だから、想うだけは許してください。ダリアの花に手を伸ばして、その存在を確認する。その度に、私は自分の罪を、改めて確認することができた。

鏡に映る私の髪飾りである、裏切りの証のダリアが今日も綺麗にそこにあった。




忘れられない




忘れてはならない




(私はこのを一生背負って生きていきましょう)









(2008・07・09)