廊下を必死に走れば、突き当たりに差し掛かった。入江くんに教えてもらった施設内が正しければ右の廊下は施設の出入り口に繋がっている。先ほどの爆音から考えれば、派手な侵入の仕方をしているツナ達が隠れて裏口から入ってくるなんてことは考えにくかった。直感ではあるけれど、きっとこの廊下を進めば私は彼らに会える。そう思い、私は右の道を曲がった。だけど、少しだけ考えて私の足は止まった。
まっすぐと、自分の行くべき道を見つめ、そして、ゆっくりと後ろを振り返った。
(この先には、)
この廊下をまっすぐ進めば、白蘭の部屋へと繋がっていることを思い出し何故か、私の足は前に進まなくなってしまった。
白蘭の部屋に行っても、良いことなんてあるはずがない。もしかしたら、殺される可能性だってある。それが分かっているのに、私の足は今来た道を少し戻り、白蘭の部屋へと向かおうとしていた。頭では分かっているのに、体が勝手にあの部屋へと向かう。どうして、なんていわれても自分でもこの行動の意味が分からなかった。
でも、気になることがあった。
彼がこの約束に縋るわけが。私をここへと呼んだ理由が。
それが私にはずっと気になって仕方がなかった。
確かに、白蘭が人が絶望する姿を見ることが好きだと言うのも理由があるだろう。今の今まで、私も、それしか理由がないと思っていた。
だけど、彼はツナ達がここに私を連れ戻すことを分かっていた。だから、入江くんをここに呼んだんだ。
しかし、こうして入江くんが私を逃がしてくれることだって、もしかしたらあの白蘭になら分かっていたに違いないのではないかと思う。なら、始めから私がボンゴレに戻ると言うことも、彼は分かっていたのかもしれない。
そう、白蘭はそういう人間なんだ。
彼は先を読むのが上手い。相手の心中を読むのも彼にかかれば、たやすいことに違いない。だからこそ、私をここへと連れてきた理由が分からなかった。すべては、何もなかったかのように、また私が戻ればボンゴレとミルフィオーレの抗争は始まる。だったら、私をここに連れてきた意味なんてないはず。
そして白蘭の暇つぶしにしては、ミルフィオーレの被害は大きすぎるんじゃないだろうか。
先ほどの爆音から考えればこの施設は壊滅とまではいかないけれど、人も建物もかなりの被害を被ることだろう。そこまでして、私をここに連れてくる利益なんて白蘭にはあったんだろうか。いや、私は結局ボンゴレの内部の情報もはいていない。所詮、私の存在なんて白蘭の暇つぶし程度の人間だった。
白蘭、私をここに連れてきた意図が分からない
ぐるぐると考えてもでてこない、答えが幾重にも絡みあう。分からなければ聞けばよい。白蘭はきっと、すべての、私の知りたい答えを知っているはず。聞いて素直に教えてくれるとは思わない。それでも、私はあの部屋へと行く足を止めることはできなかった。ここまで気になる理由が自分でも分からない。
でも答えを知らないままボンゴレに帰るのだけは嫌、だった。
私はノックすることなく、真っ白なあの部屋のドアをあけた。私の視線の先には、何もなかったかのようにくつろぎながらソファーに座った白蘭がそこにはいた。
「あれ、チャン、どうしたの?」
彼にもあの爆音は聞こえたはず。回線が壊されていることもきっと、気づいているはず。
なのに、白蘭はいつもとまったく変わった様子もなく、いつもの笑みを浮かべていた。その笑顔にあの約束をした狂気気味た笑みを思い出し、背中に冷たいものが走るのを感じた。震えだしそうになる体に力をいれ、手を握り締める。
大丈夫。私はあの場所に戻るんだ。
「どうしたのか、貴方が一番分かっているんじゃないんですか?」
震えだしそうになる声。それでも、私は最後まで白蘭の目を見ながら言い放った。白蘭はその言葉に微笑を深くする。
彼はやっぱり分かっていた、とその表情から感じ取れた。再び爆音が響き渡り、少しだけ施設内が揺れた気がした。
「分かっていたけど、まさか、チャンがここに来るなんて思ってなかったんだ」
それにしても、君の仲間達は派手に暴れてるね。と、大して気にした様子も見せずに白蘭は言う。
「それで、何しに来たの?」
何しに来たか。そんな事自分が一番聞きたいかもしれない。あの時、後ろを振り返らずに玄関まで走っていたら今頃ツナ達に会えたかもしれないのに、私はこの大嫌いな真っ白な部屋にいる。そして、白蘭を目の前にして震えだしそうな体に力を入れ、何をしているんだろうか。
そこまでして、この部屋に私は何しに来たのだろう。
確かに私は骸さんの言うとおり、愚かで、馬鹿な人間で、それでも気になったことをそのままにしておくことができなかった。
一昨日、私が逃げることを分かっていたのに再度約束を確かめさせた白蘭。
その意味が私は知りたかった。
「私は貴方との約束をやぶります」
「そんなことを言うためだけに戻ってきたの?」
馬鹿だなぁ、チャンは。早く逃げれば良かったのに、と言いながら白蘭は笑った。この瞬間から、私は彼の部下ではなくなった。ミルフィオーレのではなく、本来の私であるボンゴレのへと戻った。白蘭もそのことに気づいているんだろう。笑いながらもこちらへとやった視線は鋭く、目は笑ってはいなかった。
「約束。破るんだ」
「えぇ、破らせてもらいます」
はっきりと告げた。白蘭の瞳は冷たく、私を見ていた。それでも、私はそれに屈することはなく、私もまた白蘭をまっすぐと見つめていた。
どのくらい時間がたったんだろうか。でも私が思っているよりは、そこまで時間は経っていなかったとは思う。
「約束破ったらどうなるか、分かってるんだよね?」
「もちろん」
「チャンのこと、賢い子だとばかり思ってたのにな。」
嘘つき。本当はこうなることを分かっていただろうに、と言う言葉は飲み込んだ。白蘭は少し考える仕草を見せ、先ほどの冷たい視線ではなく穏やかな笑顔でこちらを見た。
笑顔のはず、なのに、私は冷や汗を流れるのを感じた。
「だけど、今更戻れると思ってるの?」
ゆっくりと白蘭は私を追い詰める言葉を紡いでいく。それはまるで地獄のそこに陥れられるような気分にさせた。
「君はボンゴレを裏切って、僕の手をとったんだよ?それがどんなに沢田綱吉君たちのことを思ってやったことだとしても、それは確実に裏切りなんだよ。なのに、今更戻れると思っているの?彼らが本当に君を迎えに来たんだと、言えるの?」
「それは、」
「言えるわけないよね。君は、裏切り者、なんだから」
ニッコリと微笑む白蘭の顔が見れなかった。そうだ、すべて白蘭の言うとおりだ。私はツナ達から直接、迎えに来たなんていわれたわけじゃない。だとしたら、私はどれだけ勘違いしていたんだろうか。自分が帰りたい、と思っても、彼らがそれを受け入れてくれるかなんて分からないのに。
そうだ、私は紛れもなく裏切り者なんだ。
このダリアの花がある限り。
涙が零れそうになる。白蘭の前では泣きたくなかったのに、それでも零れだす涙がとまりそうにはなかった。
「そのダリアの花飾り良く似合ってるよ」
以前、言われたことのある言葉を再び白蘭は言った。このダリアの花は私の罪なんだ。ボンゴレを裏切った罪。一生、拭うことのできない罪が、私にはある。
消えない罪の証
(2008・09・03)
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