爆音が響いた瞬間、建物全体が揺れたような気がした。しかし、そのゆれも直ぐに収まる。まさか、天気が少し荒れただけでこの建物がこんなに揺れたりするだろうか。いや、そんなわけがない。あの爆音からも考えてこれは人為的なものだ。
私はそう思いながら、スパナさんのほうを見れば彼はすでにノートパソコンを開き外部との連絡を取ろうとしていた。これが人為的なものであれば、この建物内でその情報はすぐに知らされる。彼もきっとそのことを分かっているんだろう。彼が開いたノートパソコンを覗き込むように、私もスパナさんの後ろへと移動した。



スパナさんが、キーをうつ音だけが響きわたり、私は映し出された画面に驚愕した。そこには映し出される情報は映し出されずに、ただ真っ黒な画面が広がっていた。



「回線が、切られてる」



小さな声でスパナさんが呟く。回線が切られていては、連絡をとろうと思ってもとれるわけがない。そして、ここはミルフィオーレの本部なんだ。ちょっとやそっとじゃ、回線が切れているなんてありえるわけがない。

爆音、そして、切られた回線。




「少々、荒れそうです」




レオくんの、言葉。もしかして、この言葉がさしていたのは今のこの現状なのかもしれない。そう思うと一気に私は恐くなった。昨日の白蘭のあの瞳に彼がここに来てはいけないと、警報が鳴り響く。





そんなことを考えていれば、スパナさんに名前を呼ばれた。パソコンの画面からこちらを振り返った彼は、うっすらと微笑を浮かべると「、アンタは行け」と言った。
意味が分からず、「え、スパナさん?」と私が言えば、彼は「良いから行け」と言う。行け、と言われても何処に行けば良いかなんて分からない。入江くんのところに行けば良いんだろうか、それとも私の本来の職務に戻るべきなんだろうか。



「そんな、何処に」


「何処になんて、そんなのアンタが一番分かってるだろ」




アンタを迎えに来た奴らのところにだ。




スパナさんの声が、ゆっくりと私の中に入りこんでくる気がした。そして、もう一度私はその言葉を心の中で繰り返し呟く。私を迎えに来た人たちのところに。その言葉に今まで悩んでいる自分が馬鹿みたいだと感じた。

これは純粋に喜んでよいのだろうか。彼らが迎えに来てくれたことに甘えてしまっても良いのだろうか。


私は、どうしたい?


自分で自分自身に問えば、その答えはもう既に決まっていた。私は帰りたい。彼らのいたあの場所に。そして、彼らは私を迎えに来てくれた。昨日の白蘭の瞳を忘れたわけでもない。それでも、私は彼らが迎えに来てくれたことが嬉しくてたまらなかった。
私はゆっくりと立ち上がり涙を拭い、スパナさんに「ありがとう」と言って、お辞儀を一つした。彼は立場的には白蘭の部下であり、私にこんな事を言って良いはずがないのに。



「気にするな……また今度、日本のことを話してくれればそれで良い」



その時はまた美味しい茶を準備しておく。と言って彼は再び視線をパソコンの方に移した。私も、踵を返してもう一度ありがとう、と言いながらスパナさんの部屋を出た。何処に行けば、良いかなんて分からない。でも、私は行くべきところははっきりしていた。


私は彼らのところに行こう。いや、帰ろう。


背中を押してくれた、スパナさんに私は心の中で何度もお礼の言葉を口にしていた。彼がいなければ、迎えに来た彼らを私は無理やりに銃を向けてでも帰らせていたと思う。自分の気持ちを押し殺して、そのままここで生きていったと思う。
だけど、今、そんな気持ちが微塵もないのはスパナさんが私の背中を押してくれたからだ。彼らが傷つくことに怯え、自分を犠牲にすることで彼らを守っていたと勘違いし、彼らの気持ちを分かろうとしなかった。

そんな私に彼は、私のしたいようにして良いと言ってくれた。



それがとてつもなく嬉しかった。



靴音を立てながら、長い廊下を走り抜けていく。一体どこに行けばよい、そう思ったとき私の腕は誰かに引かれていた。「」と名前を呼ばれ、私はゆっくりと視線をあげ自分の腕を掴んだ人物を見上げた。







***





積み上がった屍の山。この場所に立っているのはいつの間にか、自分ひとりだけになっていた。10分も経っていないだろう。そう思いながら、近くに倒れていた一人を蹴飛ばせばうめき声をあげる。



「咬みごたえのない奴らだ」



呟いた言葉はその場の誰の耳に入ることなく消えていく。しかし、ミルフィオーレの本部だと言うのに、この警備の手薄さはどうしたものだろうかと思う。明らかに、人数が少ない。人一人が侵入すればすぐに多くの警備が来るであろうと思うのに、今自分が咬み殺した人数は自分が思っていたよりも少なかった。



「(さっきの爆音でそちらに注意が……?)」



それにしても少なすぎるだろう。それに僕が侵入したことは、もう知れてしまっているというのに。新しく警備の人間が来るような雰囲気もない。

誰かが、何かしているのだろうか。そう考えれば、一人だけそんなことをやってのけそうな人物が頭にうかんだ。勝手に動く、と言っていた人間。あいつのことだ。何か操作しているのかもしれない
。こちらとしては、それはそれで好都合なのだけど、それが奴によって用意されたものだと思うと眉間に皺が寄るのを感じた。



まぁ、今はそんなことより、を見つける方が先だ。どうせ見つけるなら誰よりも先にを見つけ出したいと、思うのはきっと自分の気のせいじゃないのかもしれない。



人気のない廊下をつきすすみ、敵に遭遇すれば咬み殺す。何処にがいるかなんて検討はつかないけれど、進んでいれば会えるだろう。



視線の先に移ったその姿に僕の口端は僅かに上がった。「見つけた」と、呟きながら伸ばした手は彼女の腕を掴んでいた。




交錯する想い









(2008・08・21)