「ねぇ、チャン僕との約束はしっかり覚えてるよね」



あの日から数日経内心穏やかではないものの、何事もなく私はミルフィオーレでの仕事をこなしていた。とは言っても、白蘭のお世話係りなんて仕事たかがしれていて、何もかわらない毎日を過ごしている。
ボンゴレにいたときは毎日があわただしくて、昨日と同じ今日なんて絶対にありはしなかったけれど、ここでの生活はつねに同じ。

繰り返していると言っても、間違いじゃない。

昨日と同じ今日。一昨日と同じ昨日。きっと、明日も今日と同じ一日が待っていることなんだろう。退屈な毎日だ、と思ってしまうけれど私はこの日常から抜け出す術を知らない。それに、ミルフィオーレにいる限り、私はこんな日常を過ごしていかなければならないんだろう。なら、早く諦めてしまった方が楽だ。
抜け出したいなんて、希望を持ったとしても叶わないことは分かっているのだから。叶わない夢なんて、いつまでも願っていたてもどうしようもない。そんなことを考えながら目の前の白蘭に視線をやった。そして先ほどの言葉を、思い出す。



「約束ですか?」

「うん、ヤクソク」


白蘭の言う約束。私が思いつく限り、一つしかない。私がここにいる限り、ボンゴレには手を出さないと言う約束。私はその約束に従いここにいる。覚えていないはずが無いじゃないか。
私をここに縛り付ける約束を。忘れたくても忘れられない。この約束が今の私のすべてと言っても過言ではないのだから。



「えぇ、もちろん覚えてますよ」



私がそう言えば、白蘭は満足そうに笑みをつくり「そっか」と言った。

白蘭は一体何を思って、こんな約束を私としたんだろうか。私がミルフィオーレに来たことによってのメリットが何も思いつかない。最初はボンゴレの情報でも聞き出そうと思っているのかと考えていたこともあったけれど、何日たってもボンゴレのことを聞かれることは無かった。

私がここにきた意味は?

最近はずっとそれを考えているのに、答えは出ない。いくつか出てきた案もことごとく、もっと深く考えれば間違っているんだと自分で気づくことができた。ただ単に白蘭は苦しんでいる私の顔を見て楽しんでいるのだろうか。
白蘭は人の絶望を望むような男。だからこそそんな下らない理由で、もしかしたら私にあの約束をもちかけたのかもしれない。


「じゃあ、チャンはこれから何が起きてもその約束を守ることはできる?」


白蘭の言葉の意味が咄嗟に理解することができたなかった。そのいいようじゃあ、まるでこれから何かが起こるような言いよう。しかし、私の覚悟はもう決まっている。

私はなんのためにきた。私の身を守るためにここにきたわけじゃない、私が守りたいのはボンゴレであり、ボンゴレの仲間たちだ。だからこそ、私は何が起ころうとも白蘭の約束を守らなければいけない。

何が起きたとしても。私の覚悟はそれほど、軽いものではないのだから。



「もちろんですよ」



何があっても、私はその約束を守って見せましょう。その約束が彼らを守るというのなら、約束を守ることぐらいどうってこともない。約束に縛られることだって、耐えられる。


「そう。その言葉を聞いて安心したよ」


ニッコリと笑う笑顔は無邪気そのものだった。だけど、すぐにその表情は代わり笑っているはずなのに私は背中に冷たいものを感じた。思わず一歩足を後ろへと動かす。白蘭はその様子を一瞥して、再び口を開いた。



「何があっても約束は守ってね。」



何があっても、とさらに念を押すかのように白蘭は言ってのける。いつもの命令とは違った重みがあるその言葉を私は自分の胸の中で呟いた。何があっても彼らを守ってみせる。絶対に。

だけど、少なからずこの約束を守れるかと言う不安もあった。



それはここにいる、レオくんの存在。彼は今も以前と変わらず私と接してくれる。あの日のことなんて夢だったんじゃないかと思うほど、彼に骸さんの影が見えない。でも、あれが夢でないと言うことは自分でも十分分かっていた。


あの骸さんの優しい声も、悲痛な声もすべて現実で、彼が言った言葉が今でも私を揺るがす。逃がして欲しい、と願ってしまう。


そんな願いに思わず自嘲じみた笑みを浮かべた。今、白蘭に約束は守ると言ったはずなのに。
その言葉に嘘偽りなんてひとつもないのに。



「でも、チャンがそう言ってくれて良かったよ」


白蘭が眉尻を下げて、本当に良かったと言わんばかりの顔をした。その顔の真意がわからず、私が首をかしげれば白蘭はまた笑みをつくり「だって、僕何しちゃうか分からないもん」と、その笑顔とはまったくもって似合わない言葉を吐いた。強張るからだに、米神を流れる冷や汗。

もしも私が約束を破ったら、きっと白蘭はその笑みを崩すことの無いままボンゴレとの再戦を始め、再び血の惨劇を繰りかえすことだろう。



「だけどそんな心配はないよね。チャンは約束を破る子じゃないし、」


頭が良いから僕が何を言いたいのか分かってると思うから。


白蘭の言いたいこと。それは絶対に約束は破るな、と言うこと。こんな狂気気味だ笑みを向けられて約束を守らないわけがない。絶対に守らなくては、いけないんだ。血の惨劇を繰り返すことだけは絶対にしたくないのだから。

骸さんが今、何をしているのかはわからない。

あの悲痛な声を忘れてるわけではない。

でも、邪魔だけはされては駄目だ。私がただ繰り返すだけの日々を過ごすことで、この平和が守られると言うのなら、私は喜んで同じ日々を過ごす。この狂気の笑みを再び向けられぬようしなくては、次に向けられるのはきっと、私が約束を守れなかった時なんだろうと自然を感じ取っていた。




約束が縛るもの









(2008・08・20)