泣きはらした目でスパナさんのところに行くわけにもいかず、私はただずっとその日は部屋の中にいた。、もちろん、次の日の朝には泣き腫らした瞳はいつもの瞳に戻っていた。
少しだけ、レオくんに会うのが怖いとは思いながらも白蘭の部屋と歩く。
一呼吸置いてノックをして返って来た声に従いドアをあければ、そこにいたのはレオくんではなく、ここに来てからは一度しか会っていない、それもモニター越しでしか会わなかった彼がいた。
「……入江くん」
「あ、ちゃん。おはよう。実は昨日から正チャンに来てもらってたんだ」
驚かせようと思って言わなかったんだけど、成功だったみたいだね。と悪びれた様子も無く白蘭は言う。入江くんも、私が入ってきた瞬間は驚いた顔をしていたけれど、今はもういつもの表情に戻っていた。戦場とも言えるような場所であったときのような、冷たい瞳。まるで彼と始めてあった時が嘘のようだと感じていた。
あの時は、ただの普通の青年だと思って、まさかマフィアなんて思いもしなかった青年が今はマフィアの顔をして私を見ている。もしかしたら自分も敵と面した時はこんな顔をしているのかと思うと、少しだけ、悲しい気持ちになった。
「なんだか大変なことになりそうだからね、連絡しておいたんだ」
「それを起こしたのは白蘭さんでしょう」
楽しそうに喋る白蘭。
大変なこと、と考えても私には何も思い浮かばなかった。思い当たるふしが一つもなかったからだ。
ボンゴレは、イタリア一と言っても良いほどのマフィア。そのボンゴレのとの争いの時でさえ、白蘭はここに入江くんを呼ぶことはなかったと言うのに、何故今になってここに入江くんを呼んだんだろうか。確かにマフィアをやっている限り敵マフィアは途切れることは無いとは思うけれど。
だけど、イタリア一とのボンゴレの争いは終わり、新しくミルフィオーレと敵対するファミリーが現れたなんて話を私は聞いていない。
入江正一が、今ここにいる理由。それは一体。
だけどミルフィオーレをここまでにしたのは入江正一だと周りの人たちに言われる、入江くんをここに呼んだということは事実、大変なことが起きようとしているのかもしれない。
少しだけ嫌な予感がした。だけど、これ以上、白蘭に何かをその大変なことを聞くことはしなかった。
それに私が聞いても彼は答えてはくれないだろう、と言うことはなんとなく予想ができた。彼は肝心なことは何一つ言おうとはしない。
「この前、紹介したからもう自己紹介は良いよね。」
「えぇ」
白蘭は知らないのだろうか、彼と私が以前あったことがあると言う事を。以前、抗争中なんかではなく、ただのと、入江正一として、街で出会っていることを。
入江くんのことだから、報告していると思っていたのに。そんな私の気持ちなんて、知らず白蘭は楽しそうな表情を浮かべながら言った。
「僕ね、前から正チャンとチャンは似てると思ってたんだ。」
「そんなことありませんよ。僕と彼女のどこが似てるって言うんですか」
私が言うよりも早く入江くんが言葉を紡いだ。その言葉に白蘭は悩むそぶりを見せながら、「わかんない」と言った。
「あぁ、そうだ。チャンにはここの施設全部、見せてあげたわけじゃないから、この後正チャン案内してあげてよ」
「僕にはまだ仕事が」
「正チャンなら大丈夫。それにチャンは凄く良い子だから、大丈夫だよ」
まるで子供に言い聞かせるように、白蘭は入江くんに言った。だけど、それには絶対的な命令が含まれている。彼の場合何を言ってもお願いではなく、命令なのだ。聞かなければ、どうなるかは分からない。
だから、入江くんはそれ以上何も言うことはなく、はい、と不満ありげに頷いた。
ツナは、命令なんてことあまりしなかった。確かに任務の時はそれは絶対ではあったけど、無理強いはしなかったのに。
そこまで考えて私は思考をとめた。白蘭とツナを比べたところで、別に何も変わりはしないのだ。私は白蘭の部下であり、それがお願いだろうと命令であろうと聞かなければならないことに変わりはないのだ。
零したため息は二人にはどうやら、聞こえなかったらしい。嬉しそうに笑う白蘭の表情を私は冷めた瞳で、見ていることしか出来なかった。
入江くんに案内される施設は、私が思ったよりも広く綺麗なつくりをしていた。先ほどから入江くんは事務的な話しかしていない。私も無駄な話はするつもりもなく、ただ黙ったまま案内されていた。
しかし、考えるのは何故ここに入江くんがいるんだ、と言うことばかり。
もしも、ボンゴレに関してのことだったら、そう思うと怖くてたまらなくなってくる。相手は入江くん。ミルフィオーレをここまで築き上げた入江くんの力はほぼ未知数。強いと言うことは分かる。もしも、その脅威が再びボンゴレに向けられることとなったら、と思うと背筋が冷たくなる。
入江くんが足をとめ、私の方を振り返った。すべてを見終わったらしい、と言うことになんとなく気づいた。
「……ここで、終わりだよ」
「ありがとうございます」
入江くんに、頭を下げる。他に誰もいない、廊下には何一つ音はない。そろそろ良いだろうと思い顔をあげれば、そこには真っ直ぐにこちらを見ている入江くんがいた。入江くんの瞳は戦場とも言えるような場所であったときのような冷たい瞳ではなかった。初めて会った時のような瞳。
入江くんが沈黙を破るかのように口をひらく。
「がここにいるのは、白蘭さんのせい?」
私はその言葉に、静かに首をふった。だけど、そんなことお構い無しに入江くんは続ける。
「白蘭さんのせいなんでしょ?」
「違うよ」
白蘭のせいじゃない。彼は私に選択肢を与えただけ。だから、私がここにいるのは、誰のせいでもない、私のせいで。私のためでもあるんだ。私の言葉に入江くんは少しだけ視線をおろした。その表情は、まるで、悲しんでいるように、見えた。
彼が悲しむ必要なんて何一つないのに、彼のせいではないのに、どうして彼はこんな表情をしているのだろうか。
まさか、私がここにいるのは自分のボスのせいでと思っているから?いや、どんな理由があったとしても、彼がこんな表情をする必要なんてどこにもない。
「君はここにいるべき人間じゃない」
そんなこと分かっている。私はここにいるべき人間じゃない。
そして、ボンゴレにも。私の居場所なんて、もうどこにもないのだから。
「もし私がここにいるべき人間じゃないとしても、私はここにいる。それが、私に課せられたものだから」
そして、それに従うと私は決めたのだ。どんなことがあろうとここにいると。誰に言われようともその意思はもう変わらないし、変えない。何を考えても答えなんてでなくて、私が本当にいるべき場所を考えても、そんな場所見当たらなくて。
それでも、ボンゴレを守りたいという、確かな意思は何があっても変わることが無かった。
だから、その気持ちだけを優先させて、私はここにいる。白蘭が、私を必要としなくなるその日までは。入江くんは、もう何も言わずただ黙った。ありがとう、入江くん、と言う言葉を残して私は再び白蘭の部屋へと向かう。
「」
入江くんに呼び止められ、私の足はとまった。
「初めてに会ったとき、僕は君がマフィアだなんて思いもしなかった」
「それは私も同じ」
まさか、こんな頼りない青年がミルフィオーレをここまでにしたマフィアだとは思いもしなかった。
「僕は、もう一度君に会いたいと思ってたんだ」
その言葉に私は驚き後ろを振り返った。「だけど、会いたかったのは今のじゃない」私は入江くんの言った意味が分からずに、眉を寄せた。今の、とは何?入江くんと始めてあった時の私って何?何に違いがある?そう思って、入江くんにその言葉の意味を問おうとはしたけれど彼は踵を返すと私に背中を向けて歩き出した。私もずっとその背中を見つめているわけにはいかず、私も入江くんに背を向けて歩き出す。
私だって、思ったよ。入江くんがミルフィオーレじゃなかったら、また会いたかったと。そして、友達になりたかった、と。白蘭の言うとおり私と彼は似ていると、思う。ただの一般人だった私と入江くん。
だけど、私達はそれぞれ歩む道が似ているようで正反対だったんだ。
似たもの同士
(2008・08・08)
正ちゃんとの出会いは10年後短編の「神様の悪戯」から
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