ミルフィオーレの会合から帰って来た沢田綱吉の口から紡がれた言葉は、思ってもみみなかった言葉だった。が、ミルフィオーレにいた?いや、まだそれだけなら、別にそこまで気にするような内容じゃなかったかもしれない。しかし、僕が聞いた内容は、あまりにも可笑しなものだった。がミルフィオーレの隊服を着ていたなんて、そんなことありえるはずがない。
彼女は僕の部下であり、ボンゴレの人間のはずだ。何故そんな人間がミルフィオーレの隊服を着ていたというんだ。



「……それで、は無事だったのか?」



山本武が、沢田綱吉に問う。その質問に沢田綱吉はゆっくりと頷いた。それを見た山本武はいつもの笑みとは言えないものの、うっすらと笑みを浮かべると「それなら良かった」と言った。

一体何が良かった、と言うんだろうか。

確かに彼女は無事かもしれないが、それでも彼女がここではなくミルフィオーレにいた事実は変わらないはずなのに。



「あいつが、無事で良かった。今はそれだけが嬉しいだよ」



僕の怪訝そうな顔に気づいたのか山本武は困ったような笑みを浮かべながら言う。
沢田綱吉もぎこちない笑みを浮かべながら「そうだね」と言った。



「だが、がどうしてそんな場所にいるのだ?それもミルフィオーレの隊服を着て」

「ハッ、そんなの決まってるだろ」


獄寺隼人が吐き捨てるかのように言う。

「あいつはミルフィオーレの人間になったんだ」

誰もがこの言葉を聞いた瞬間に息をのんだ。


「そんな、だってさんは」

「多分間違いないよ、ランボ。は、彼女は自らの意思でミルフィオーレにいたみたいだから」


と会った時のことを思い出すようなしぐさを見せる沢田綱吉に、僕は自然とイラつきが募った。どうして、まるで他人事のようにそんなことが言えるのだと思った。どんなに彼女の意思でミルフィオーレにいたとしても、僕がその場にいたのなら、僕は彼女をその場に置いたままにしておかなかった。すぐにでもここに連れ戻したに違いないのに。
何故、それをしなかったんだ。ボンゴレのボスと言われる男とその右腕の男がいたんだ。白蘭を目の前に容易ではなくても、できないことではなかったはずだ。なのに、何故それをしなかったんだ。叫びだしたい衝動をおえさえ、僕は思ったことをそのまま口にしていた。



「それで、そのままのこのこと帰って来たわけ?」



思ったよりも出た声は低く、なっていた。
僕の声に一同の視線がこちらに向いた気がした。気に食わない。そうは思いつつも、僕はそれらを無視して言葉を続けた。



が目の前にいたと言うのに、君達は何をしてたんだ」



僕だったら、と言う言葉は飲み込む。君達にとって彼女は、大切な仲間と言われるものなんだろう?それなのに、そんな大切な仲間だと今まで言ってきた相手をやすやすと見捨てるなんて、あまりに矛盾してる。

仲間と言うなら、連れ戻すべきじゃないのか?
君達が口にする仲間というものはそんなちっぽけな絆で結ばれたものだったのか?



そんなちっぽけな絆であるなら、始めから口にすることなんてしなければ良いのに。



僕の言葉に獄寺隼人は眉をひそめて「テメー」と言いながら僕をにらみつけた。大切な仲間を見捨ててきた奴に睨まれても怖くもなんともない。ただの負け犬の遠吠えにしか感じない。僕はそれを相手にもせずにただ一瞥して沢田綱吉のほうに視線を移した。沢田綱吉は、僕の言葉に再び困ったような笑みをうかべると、今にも怒鳴りだしそうな獄寺隼人を手で制し、静かに「できなかったんです」と言った。

ボンゴレのボスとあろう者ができなかった?何を言っているんだ。できなかった訳がないだろう。
たった一人の相手からを連れ戻すなんてこと、出来ないわけがない。僕はそう思い口を開こうとしたけれどそれよりも早く沢田綱吉が口を開いた。



「彼女は俺達と一緒にここに戻ることを望んではいなかったんです」

「意味が分からないよ」



一番、ここを大切に思っていたのはきっと他の誰でもない彼女だ。そんな彼女がここに戻ってくることを望まないわけが、あるはずがない。そうは思っているのに、本当は心のそこで別の考えが生まれていた。あの子は誰よりもここを大切に思っていた。だからこそ、彼女は今、ここにいないのかもしれない。



は――「自分を犠牲にしてボンゴレとミルフィオーレを停戦させたんですよ」

「骸、」


「君も気づかないなんて愚かですねぇ。いえ、一番愚かなのは自分を犠牲にしてまでここを守ろうとした彼女ですか」



まるですべてを知っているかのごとく骸が淡々と言葉を紡いでいく。


あぁ、僕としたことが今、気がついてしまった。そうか、彼女は、は自分を犠牲にして。いや、今気づいたと言うのには御幣があるのかもしれない。本当は気づいていたんだ、僕も。だけど、認めたくなかったのかもしれない。
彼女が自分を犠牲にしてまで僕らを守ろうとしたことを。

認めてしまえば、彼女に守られた自分があまりに滑稽で惨めな者に思えるから。


だから沢田綱吉も、獄寺隼人も彼女に何をすることもなく、ここに戻って来たんだ。ただ、彼女は無事だったことに純粋に喜びながら。そして、ここに戻ってくることができない彼女に悲しみながらも。
いつもなら、骸に言われた一言に僕は腹を立て、トンファーを取り出していたことだろう。しかし、僕はただ骸を睨みつけることしかできなかった。僕は愚か、だった。現実から目を背けるなんて、自分でも本当に馬鹿みたいだと思う。



「本当に馬鹿ですよ、彼女は。僕はここまで馬鹿な人間を見たことが無い」



眉を寄せて、を罵る骸は止まる術を知らないように彼女を罵っていた。骸の言うとおり本当に馬鹿だ、君は。自ら、自分の場所を捨ててどこに行くというんだ。
君の居場所はここにしかないと言うのに。ミルフィオーレになんかに君の居場所なんてあるはずがない。
そんなことにも気づかないような馬鹿だったとは思いもしなかった。



「骸、お前」



沢田綱吉が何か思ったかのように口にする。僕はもう何も言う気にはならなかった。早くこの部屋からでて、自分のやるべきことをやる。骸は沢田綱吉の言葉に何も言うことはなく、冷たい瞳を向けて体を預けていた壁から、姿勢を正した。



「……ボンゴレ。僕にはすることがありますから、失礼しますよ」



冷たい声。骸のこんな声、久しぶりに聞いたような気がする。あの狂気地味た
も。だが、きっと、今の僕もあんな瞳をしていることだろう。気に食わないが、考えていることは間違いなく、あの子のことで。そして今からやろうとしていることも、ここにいる人間すべてが同じことを考えているんだろう。



を、取り戻す。



彼女がどんな理由でミルフィオーレに行ったかなんて、知る由はない。いや、僕は知ろうとも思わない。ただ、僕ができる部下がいないのが嫌なだけだ。だから、彼女をここに連れ戻す。


彼女の意思なんて、興味はないし、それに素直に従おうとも思わない。


彼女が僕に従うことがあっても、僕が彼女に従うなんてこと、僕の意思にも反する。

入り口近くにいた僕の傍を骸が歩いていく。その表情がさっきとは打って変わってまるでなきそうな表情をしているように僕には見えた。そして、
「どうしてそんな愚かな人間が大切に思えて仕方がないんでしょう」と今にも消えそうな声が聞こえたような気がした。



僕だって、そう思う。



弱くて、馬鹿で、愚かで、人に迷惑ばかりかけている彼女をまたわざわざ自分の傍に連れ戻そうと思うなんて、それは認めたくなかったとしても、彼女が僕にとって大切な人間であることに違いがないからなんだろう。それに、には残念だけど僕は自分のものをとられてまで、大人しくしていられるほどできた人間じゃないんだよ。



さぁ、連れ戻そうじゃないか




(誰かに守られるなんて僕のしょうにあわないんだよ)








(2008・08・01)