ミルフィオーレとの交戦が続く中、ふと訪れた休息の刻。本来ならボンゴレ内部でそれなりの位置にいる私はなるべく外に出るのを控えるべきであった。
どうして私はここに来てしまったんだろう。
しかし、そう思ってももう遅く、訪れた喫茶店で私の目の前に腰を下ろした人物。それは、紛れもなくミルフィオーレの総大将である、白蘭その人で、咄嗟に私は言葉を失ってしまった。何故ここにこの男が。本当なら今すぐにでも銃を取り出してやりたい気持ちがあるけど、ここは街中。そう易々とそんなものを取り出せるような場所でない。白蘭もそのことが分かってか、私の目の前で笑顔で微笑みながらコーヒーを注文していた。せめて、ツナに連絡を。ポケットに忍ばせた携帯電話に手を伸ばせば「チャン」とまるで私が何をしようとしているのか分かっているかのように、それを制するような声が目の前から聞こえてきた。
「何故、貴方がこんなところにいるんですか?」
睨みつけるように言う。それでも彼は微笑を崩すことはしなかった。初めて会ったときのように、うっすらと人の良い笑みを浮かべると楽しそうな声色で言葉を紡いだ。
「そんなの君に会いにきたに決まってるじゃん」
「嘘を言わないで下さい」
先ほどよりもきつく睨みつければ「酷いなー」と困ったように笑う。だけど、その顔は本当に困っている顔ではなかく、私はその顔に悪寒がした。
だけど、負けてはならない。そう思い、真っ直ぐと白蘭の顔を見据える。
「僕はね、ビジネスの話をしに来たんだ」
ビジネス、の話。その言葉に眉をひそめた私を白蘭は面白そうに見つめた。
「チャンにとっても悪い話じゃないと思うよ」
交戦真っ只中の敵マフィア総大将の直々のビジネスの話。悪い話じゃないわけがない。そう思い私は、持っていたカップを置いて立ち上がろうとした。しかし、それを彼の手が制する。つかまれた腕に食い込む彼の指。まるでそれは蛇のように、私の腕に絡んだ。もしかしたら、跡がつくかもしれないと思うほど強い力で私の腕を握る手に、私の動きがとまる。
「まだ話は終わってないよ」
ゴクリ、と息を飲む。目の前のこの男はきっとどんなに私が全力を出したとしても敵う相手ではないのだろう。強い、どころのレベルではない。私では手も足も出ないかもしれないと思うほどの、力の差がこの男と私にはあった。私は立ち上がるのをやめ、目の前の男を睨みつけるかのように見る。目をそらしては負けてしまう。逃げては駄目だ。そう思うにも関わらず、目の前の男の瞳は細められ、口端は僅かに上がれば、怖い、と素直にそう感じていた。
「チャン、ミルフィオーレに来る気はない?」
「何を……!」
「給料もボンゴレより弾むし、ね、悪い話じゃないでしょ?」
さらに細められた瞳。その瞳の真意が分からない。私なんてミルフィオーレに誘っても良いことなんてないのに。確かにボンゴレの情報を持っているかもしれないけど、白蘭だって私がそれを死んでもはかないことぐらい気づいているだろう。それならば、なぜこんな無駄な話を私に持ちかけるんだろうか。
それに私は自分の意思でボンゴレにいる。ツナがボスだから、そして、皆がいるから。
お金なんてもの、私にとっては限りなくどうでも良いものであった。
皆がいるから、私は戦える。皆を守ろうと思うから、私はこの手に銃を手にすることができる。ボンゴレでなければ意味がない。
だから、こんな話に付き合うことはない。
「私はボンゴレにいる。この気持ちは一生変わりません」
はっきりと、告げる。その言葉に白蘭は動揺した様子も見せずに、「じゃあ、チャンがミルフィオーレに来てくれたらこの戦いから身をひくって言ったらどうする?」と言った。
何を言っているんだと思った。だけど、この男の瞳がまるでその言葉は本気だ、と言っているように聞こえた。
「君がミルフィオーレに来てくれたなら、もう彼らには手出しをしないよ」
そう言われて、私はつい昨日まで自分がいた場所の光景を思い出した。
血に濡れた部下たち。そして叫びあがる声。
鮮明にそれを思い出してしまい、私は何も言うことが出来なくなってしまっていた。迷っている、わけじゃない。もしかしたら罠かもしれない。そう自分に言い聞かせる。駄目だ、騙されてしまっては。分かっているのに、私は目の前の男の紡いだ言葉を何回も胸の中で呟いていた。
私がミルフィオーレに行ったら、もう誰も傷つかない
反芻される言葉。
「チャンは優しいから、もうあんな光景見たくないでしょ?」
白蘭の整った口から紡がれる言葉はすべて一言一言が私にとって魅力的な一言だった。それはまるで甘い甘い蜜のような言葉。たくさんの仲間が周りで息絶えた血の海の中で、その言葉は何よりも甘美的で、そう思った瞬間私の気持ちは決まっていた。
私にとってこの周りにある亡骸がいつか、ツナ達に変わってしまうことが何よりも怖かった。
今、この目の前の男に自分が殺されてしまうことよりも。
そして、私はもしかしたらこの戦いでボンゴレはミルフィオーレに負けてしまうんではないかと、ずっと感じていた。
ツナを信じていないわけではない。山本を獄寺を信じていないわけではない。それでもツナは優しいから、彼は自分を犠牲にして戦いを終わらせると言うことを選びかねない。私はツナにその道だけは選んで欲しくなかった。だから、私のその男の甘い誘いに、ゆっくりと頷いた。白蘭は私がその甘い言葉を選んでしまうことをきっと始めから分かっていたんだろう。彼は驚く様子もなく、綺麗な笑顔をうかべ「ようこそ、ミルフィオーレへ」と言った。かみ締めた唇からは、口の中に血の味が広がった。
ごめんなさい、みんな
(私はこんな形でしか君たちを守れないから)
(2008・07・05)
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