平凡な日々
〜青学メンバーとの初接触〜
いきなり聞こえてきた、私を呼ぶ声。
その声に反応するかのように私は思わず声のした方を振り返ってしまった
もちろん隣にいた越前くんも驚いた様子で声の持ち主のした方を見ているし、
テニスコートの周りにいた女子は私の方を興味津々が10パーセント
あとは妬みの視線90パーセントを送ってきている。
あ、いや…99パーセントが妬みの視線かもしれない。
マジ怖い。
半端なく怖い……女の子ってこんなに怖い顔できたんだな、と思わず思ってしまうような表情だ。
そんな視線にさらされた私としては早くここから立ち去りたい気持ちで一杯いっぱいになり、
さっさとお弁当を渡して帰ろうと越前くんの方を見る。
「・・・・越前くん、ここまで連れてきてくれてありがとね」
「えっ?」
「君がさっさとお弁当渡すの了解してくれたらこんなことにならなかったと凄く思うんだけど、
でも連れてきてもらったのは事実だから、ありがとうね、越前くん。
もう一生会うこともないけど、部活頑張ってね。そしていつかあの男を殺して。」
私はちゃんと吾郎とは違って偉い子なので越前くんにお礼をいい、ついでに私の願いもそえて越前くんに頭をさげた。
どうやら始めの言葉は越前くんの耳にははいらなかったらしく、
ッス、と、ごめんけど何を言ったの越前くん?な返事が返ってきた。
だけど、さすがに聞き返すこともできずに場の流れに身をまかせて
(とりあえず最後の言葉は見事にスルーされたことだけは分かった)適当に頷いておいた。
空気読める自分に拍手。
そして、コートの近くに寄ればさらに強くなる視線にかるく胃が痛くなるのを感じた。
キリキリと痛む胃をおさえる。
この年で胃痛もちは勘弁したいところなんだけど、
それを我慢しながらなおも私は妬みの視線にも耐えた(頑張った、自分・・・!!)
もう一度自分に大きな拍手を、そう思ったところで奴がまたもや大声をあげた。
テニスコートからでて、笑顔をうかべながらこちらへと走り寄ってくる。
その姿に舌打ちを一つだけ零して、私は弁当の入った紙袋を振り上げた。
「ーー!!」
「シネッ!」
ピッチャー、、投げた!と、言うアナウンサーの声が心の中で聞こえた気がした。
投げられたお弁当箱は見事吾郎の顔へと、当たり回りからは悲鳴が響く。
「吾郎くんの、顔が!」
「何あの女!私達の吾郎くんが!」
あんた達の吾郎かどうかはしらないけど、私はそんな吾郎の妹だよ。と心の中でつっこんでおく。
こんなまさに混乱したこの状態から
私としては吾郎の顔より、弁当箱の方が心配なんだけど、
このままここにいる訳にもいかない私は吾郎が弁当箱を手に取ったのを確認して走り出していた。
大丈夫。
周りにいた女の子達に顔は覚えられていないはず。
こんなどこにでもいるような顔ならば、あんな少しの間に覚えることなんて無理に決まっている。
久々にやっぱり平凡って良いわ、って痛感したような気がするよ。
あの馬鹿のせいで。
そんなことを考えながら、走り続けていればすぐに青学の校門が見えてきた。
今更ながら制服で来たには間違いだったかもしれないと思いつつも、足を止めて乱れた呼吸を整える。
後ろから誰かやってきている気配もないし、どうやらお使いは成功のようだ。
後で吾郎に食べたいケーキでもメールで送っておけば、吾郎のことだから帰りにでも買ってきてくれるだろう。
そして、もう絶対にこの学校には来ないことを心に決めた。
あんな目にあうのなら、もうこんなところに来たくはないし。
「どうかしたのか?」
「あ、はいぃぃぃ?!」
ぶつぶつと吾郎への呪詛を唱えていれば、いつの間にか目の前に人が立っていた。
どうやら一人で立ちすくんでいた私に声をかけてきたらしい。
吾郎よりも高い背に、眼鏡をかけた少年。
いや、そんなことは私にとってとるにたりない。
どんなにその人が学ランを着ているのだからここの生徒なんだろうけど
、全然生徒というよりは先生じゃん、という風貌をしていようとも、
私にとってはそんなことはどうでも良い、まったく興味のないことだ。
しかし、一つだけ気になること。
「(またイケメンかよ……!)」
フケ顔のくせにイケメンなんて、と心の中で目の前の人物に失礼なことを考えながら
私は「あ、大丈夫です」と目の前の人物にいった。
「そうか」
「はい、わざわざすみません」
そう言って頭をさげて、私はさっさとこの場を離れようと思い再び顔をあげて、
目の前の少年を一瞥して、じゃあ、と言おうとしたところでそれよりも早く彼が口を開いた。
内心その事に早く帰らせてくれよ、と文句を言いながらも私は愛想よく笑みをうかべて、その人の言葉を待った。
「ところで、氷帝の生徒が青学になんのようだ?」
やっぱり制服なんかで来るんじゃなかったー!!
少しだけ胃がキリキリと痛むのを感じる。
まぁ、だけど嘘なんてつく必要もないし、素直に言えばさっさと解放してもらえるだろう。
確かに目の前の人物はイケメンはさておき、真面目そうな人だし、
こんなところで他校生がウロウロしていれば気になるに違いない。
「兄が弁当を忘れたので届けに来たんです」
「…そうか」
「じゃあ、私は失礼します」
頭をさげて、私はその場を去った。
青学に来たのなんて思えば裕太に初めて会った時以来だった。
あの時は結局、テニスコートに行く途中で吾郎に会って私はテニスコートまでの道を知らなかった。
でも、今回は心優しい越前君に案内してもらえたせい(案内してくれなくて良いから弁当だけ渡してくれればよかったのに)で
青学のテニスコートまでの道のりを覚えてしまった。
まったくもって、私にはいらない知識だ。
私がここに来ることなんてもう二度とない。
どんなに吾郎が私の好きなケーキを買ってくれると言っても、私はもう二度と来ないと思う。
まだ裕太がいた時ならこんな思いしても来ようと思ったかもしれないけれど、
裕太もいないし、ここに来ることは本当にないだろう。
門を出て、一回だけ青学を振り返る。
吾郎の通っている学校。毎日、吾郎が楽しそうに学校に行っている姿を思い出して、
あの吾郎がそんな風になるなんてこの学校にどんな秘密があるのだろうか、と少しだけ思った。
そして、やっぱり吾郎は人気があるんだな、と思い知った気がする。
吾郎と違う学校を選んでよかった。
思わずそんなことを思ってしまった私はやっぱり性格が悪いのかもしれない。
***
家に帰ってきた私は私服に着替え、洗濯や掃除をしたあと、居間のソファーで寝ていたらしい。
ぼんやりとひろがる視界はまだ明るい光を窓からとりこんでいる。
どうやら、そこまで長い間昼寝していたわけじゃないらしい。
欠伸を一つ、零しながら立ちあがり携帯で時間を確認すれば、ちょうどおやつの時間。
そろそろ吾郎が帰ってくる時間でもある。
今日のおやつは吾郎の買ってきたケーキと、あと、つい先日観月さんにもらった茶葉で紅茶でもいれよう。
晩御飯の準備は……その後でも遅くはないし、それに買い物ももうしてあるからスーパーに行く必要もない。
やることも終わったし、あとは夜までゆっくりできるだろう。
そんなことを考えながら新聞のテレビ欄を見る。
私が暇な時に限って面白そうな番組がないのはなんでだろうか。
ちょっとした私への嫌がらせ?
ピンポーン
チャイムがなり響く音がして、私は玄関へと向かった。
いつものように相手を確認することなく私は玄関のドアをあけた。
このとき、普段吾郎に言われていることをちゃんとやればよかったとあけてから思った。
「ちゃんと確認してからあけないとダメでしょ!」
その吾郎の言葉が頭の中をかけめぐる。
ドアを開けて目の前にいたのは、学ランを身にまとった集団と、
その中でたったひとりセーラー服を着た吾郎だった。
あきらかに可笑しな構図。
……逆ハーか?
いやいやいやいや、吾郎男だから。こんな姿してても男だから。
ふと頭の中によぎった言葉を全力で否定する。
「ー、ただいまー!」
「あ、うん、おかえり……」
「って、ちょ、なんでドアを閉めようとしてるの?!」
そんなのこんな美形を目の前にしたからに決まっているだろ。
心の中でそうツッコミながら、私は目の前の人たちに視線をやった。
学ランを身にまとった彼らがきっと青学の生徒だというのは何となく分かるけれど、
今まで吾郎がこの家に友達をつれてきたことはほとんどない。
いや小学校までの間は結構あったけれど、中学に上がってからは、
吾郎の一番の友達(吾郎談で、彼はきっと認めていない)だけしか、つれてきたことはない。
それなのに、何故、今私の目の前にはこんな美形集団がいるんだろうか。
そんな事実を認めたくなくてドアを自然としめようとしたことぐらい気づけよ、吾郎。
「あの、えっと、どちらさまで……?」
「俺の部活仲間!」
吾郎の部活仲間=テニス部の人たちということはすぐに分かった。
そして、今日どうしてテニスコートの周りにあんなにたくさんの女の子達がいたのかも。
この美形集団のファンだったんだ。
あの時はなんで、テニスコートの周りにこんなに人がいるんだよ、と思ったけれど今なら納得できるような気がする。
あの人たちは全員この人たちを目当てに来ていたんだろう。
だけど、どうして、その原因の人たちが私の目の前に?
痛くなる頭を抱えて、ふと視線をおろせば、私の目の前に立っていた、多分チャイムをならしたと思われる人が
こちらへと手を差し出してきた。
「初めまして、僕、不二周助って言うんだ」
優しそうな笑顔と、優しそうな声に私は思わず自分も手を差し出して握手をしていた。
思えば、このときの私はこの真っ白な笑顔の裏に真っ黒な笑みがあることに気づいていなかった。
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(2008・09・10)