「おおおおお、おやかたさばぁぁ!」

「ゆきむらぁぁ!」


今日も城内には叫び声が響きわたる。


最初の頃はよく驚いたその光景に、今ではもう取り乱すことはない。それはもちろんずっと一緒にいた城の人たちも一緒なんだろう。
お館さまと幸村さんが殴り愛を始めた瞬間に、傍らに用意された薬の入った箱は先ほど女中さんが可愛らしくあらあらと言いいつつも焦った様子もなく用意したものだし、周りにいたはずの兵士さんたちはすでに巻き込まれるのはごめんだと遠くへと避難している。

まぁ、確かにあの殴り愛に巻き込まれたらどんなに鍛えられた武田軍の兵士さんであってもただではいかないだろう。
間違いなくふつうの人だったら重傷レベルである。というか、私だったら確実に死ぬ。なので、私もいつものように巻き込まれない場所に早々に移動していた。



しかし、そんな殴りあう二人に今日も武田は平和だなぁ、なんて感じてしまっているのも事実だ。



慣れ、というのは時として怖いものである。これがこの時代ではなく私のいた時代なら容赦なく二人とも警察にお世話になっているだろうに(戦国時代怖い) こんな光景にも慣れてしまったことは果たして良いといえるのかわからないけれど、まぁ、このさい気にしてはいられない。っていうか、いちいち気にしていたりしたら私の心臓は常に落ち着かない状態だろう。
そのぐらい、この光景は毎日、いや、それ以上に繰り返されていることだった。


(それにしても毎日良くやるよなぁ)


先ほど自分で用意したお茶と、兵士さんがくれた(なんともたれ目が癒し系だった)団子を横に置いて縁側へと腰を落ち着ける。
ずずず、と音をたててお茶をすすり団子をほおばる。甘みのある団子はそれはもうおいしくて、今度是非とも兵士さんにどこで買ったのか聞いておかなければ、と思うほどだった。


「ふふ、今日もお二人とも元気ねぇ」

「そうですね」


穏やかにほほ笑む女中さんに頷き返す。けれど、果たしてあれは元気の一言で片づけても良いものだろうか?元気と言いきってしまうには少々、周りへの被害が大きすぎる気がするのだけど。


(うーん、でも)


殴り愛を続けるお館さまと幸村さん。いつも以上に白熱している気がするのは勘違いなのか、いつもよりも殴り愛の時間が長い。
しかし、それでも終わりはくるもので。いつもと同じように今日は大きな音を響かせて、幸村さんが松の木へとめりこんだ。

昨日は壁で、一昨日は障子。常日頃から色々なものへとめりこんでいるが幸村さんの頭がいささか残念なのはこのせいじゃないだろうかとは思わずにはいられなかった。


それでも怪我がほとんどないのは幸村さんのすごいところだと思う。あれが、もしふつうの人だったら確実に重傷、いや、それ以上に悪い結果だって考えられないことではない。



(幸村さんって、ほんとうにすごいんだなぁ……色々な意味で)



もうすでにピンピンとしながらお館さまーと叫んでいる幸村さん。彼の体の丈夫さがうらやましいような、うらやましくないような、なんとも複雑な気持ちが私の心をしめていた。本来ならあれだけ丈夫な体というのはよいことなのだろうけどね。


女中さんや兵士さんたちが殴り愛の終了をさとってか、箒やらを片手に動き出す。私も片づけを手伝おうと飲んでいたお茶を一気に飲みほし縁側から立ち上がった


が、


「あー、また派手にやっちゃって」とため息混じりの声が聞こえ駆け出そうとしていた足をとめた。


「ですよね。あれ、誰が片づけると思って、……っっ?!」


ぼんやりとしていたところに突然の登場。心拍数はあまり変わりなくやっとこの人の登場の仕方にも慣れてきたか、と声をした方に視線をやれば思っていたよりも近いところに佐助さんがいた。 それも本来の人間の向きではない。


重力に逆らい天井に足をつけての登場に、私は目を見開いて思いっきり口を開けた。パクパクと動く口からは驚きのせいか声を出すことができない。


「な、な、」


「あは、良い反応」
「(うざいんですけどー!)」


ニマニマ笑っている佐助さんの笑顔に殺意がわくのはもう恒例のことである。が、もちろん反論しようものならもっと怖い結果になることはわかりきったことなのでここはおとなしくしているに限る(先日の拳骨はトラウマである)
まったく、オカン的な性格をしているくせにSっ気があるってどういうことだろうか?


いや、もしかしたらオカン的な性格だからこそドSなのか。幸村さんや、たまにはお館さまの面倒をまるで母親のように面倒みている佐助さんは私が思っている以上にストレスがたまっていて、それを発散しているときに少々(実際はかなりなのだが)Sの度合いが上がっているのかもしれない。
私も正直なところ佐助さんにはすごく面倒をみてもらっているのでなんともいえないが、登場くらいはまともに登場してもらいたい。


もちろん!彼が忍者だということは分かっている。


佐助さんがどんなに忍者に見えないような服装で、髪の毛の色がオレンジだとしても、彼は確かに忍者なのだ。
テレビでみたことのあるように屋根裏だってちょちょいのちょいで移動してみせるし、大きな凧での移動なんかもしちゃうような、見た目に問題はあるが、正真正銘忍者、それもここでは一番偉いような忍者だ。

しかし、忍者だからといっていきなり登場してよい、ということはないはず。


「……」


けれど悲しき性かな。一度、怖い思いをした私はそんなことさえ佐助さんに言うこともできない。手裏剣がすぐ近くを通りすぎていく体験なんて一回でも十分すぎるくらいだ。そんな私を笑顔でみていた佐助さんに、ここで一番逆らってはいけない人物を改めて思い知った気がした。


「ん?何か言いたことでもある?」
「いいえ、べつに」


「そう?遠慮なんてしなくてよいのに」


(言わせないようにしてるのは誰だよ!)


と、思いつつも結局なにもいえない自分をチキンだと心の中でおもいっきりののしってやった。いつか、いつか仕返しを絶対にしてやる!!しかし、言ったそばから笑顔のさすけさんを見て無理なんじゃないかなぁと思ってしまったのは……まぁ、しょうがない。





***


「旦那ー、行ってきましたよ」

「おぉ、佐助!ご苦労であった」


あらかた片づけが終わったのを見計らってか、佐助さんが隣で声をあげる。その声に片手をあげて応える幸村さんの頬は痛々しくはれていて、私は傍らに置いてあった薬箱の中からつい先日、佐助さんに教えてもらった現在で言うところの湿布薬のような役割のある薬草をとりだした。
縁側に座る幸村さんの近くへと歩み寄り声をかければ痛々しい頬をそのままに幸村さんは笑みをつくった。


「いつもすまないな、殿」
「佐助さんみたいに上手にはできませんけどね」


苦笑混じりに私が言えば「そんなことはない!」とはっきりと言ってくれたのだが、声をあげたことにより頬に響いたのかその後に何ともいえない表情で頬を押さえてもだえていた。
そんな姿もなんとも微笑ましいなんて思ってしまう私も段々と佐助さんの仲間入りをしているのかもしれない(幸村さんのほうが年上なのにな……)


「そうだね。最初から結構手慣れてると思ってたけどなかなか筋が良いと思うよ」

「佐助さんから誉められるとゾッしますよね」
「あぁ分かるぞ。それは」


うんうん、と幸村さんと頷き合う。普段意地悪されることが多いせいかまじめに誉められるとうれしい気持ちは確かにあるのに、純粋に受け取ることができない。


「うん、それどういう意味?」


笑顔の佐助さんに私と幸村さんは同時に顔を青ざめすぐさま佐助さんから視線をそらした。今までの経験上この後の佐助さんからの仕打ちを考えると超怖い(たぶん幸村さんも私と同じことを考えてるに違いない)


しかし、天は私と幸村さんを見捨ててはいなかったらしい。
女中さんと話しをしていたお館さまがこちらへとやって来た。佐助さんもお館さまの前では滅多なまねはできない。お館さまの好感度がすでにMAXであるにも関わらずさらに跳ね上がったのは言うまでもない。



「佐助、帰ったのか」

「あ、はい大将。って、忘れてた。はいこれ。竜の旦那から預かってきたよ」



お館さまからの言葉に思い出したように佐助さんは片手に持っていた手紙のようなものを幸村さんへと渡す。礼を言いながら受け取った幸村さんの手から、ちらりと見えた達筆な文字は私に読めるようなものではなかった。
だが、どんなに残念な人(…失礼)であってもさすがはこの時代の人間。幸村さんは難なく最後まで読み切り、ふぅと息を吐き出してまっすぐに前を見据えた。


そしてお館さまへと視線を向ける。その視線にお館さまは、一つ頷いた。さすが、お館様と幸村さん。だてに殴り愛をしているわけじゃないらしい。


「幸村!行ってくるがよい!」
「あ、ありがとうございますおやかたさばぁ!!」


アイコンタクトで会話しちゃったよ!!


心の中でひっそりとツッコミしながら幸村さんの最後の方はほぼ叫ぶような声に、私は後ろ一歩へと下がった。いつもの展開ならこのまま殴り愛へと発展してしまうからである。今日は一回すでに殴り愛をしているからと言って油断はできない(依然それで失敗した!)


ゆっくり、じわじわと後ろへと下がっていく。しかし私の思いとは裏腹に殴り愛が始まることはなく幸村さんの視線がお館さまからこちらへと移動した。


「そうだ、殿も一緒に来られてはどうだろうか?」


うん、ちょっとまとうか。いきなり話をこちらに振られて私がわかるわけがない。


先ほどまで自分たちがどのように会話をしていたのか幸村さんは分かっていないのかもしれない。私にはアイコンタクトから、なんて会話しているの理解するスキルを持ってはいないのにさも私が会話の流れを分かっているかのような言葉。
しかし、そのことに幸村さんは気づいてくれずに、さらにその幸村さんの言葉にお館さまがのっかった。武田軍は人の話を聞くことから始めたほうが良いと、思わずにはいられなかった。



「それは良い考えじゃ。がここに来てから遠くに連れていってやったこともないからの」
「えっと、だから、あの!」


だから人の話を聞いてくださいって!


「……大将も旦那も、勝手に話を進めても分かりませんよ」


ね、ちゃん?と言って佐助さんがこちらへと笑みを向ける。さすがオカン。みんなをまとめるのがうまいなぁ、と思ったら佐助さんの笑顔が一瞬だけひきつった。
佐助さんのことだから私の考えていることがわかったのかもしれない。

いや、間違いなく分かっているにちがいない。これ以上、考えるのはやめておこう。後を考えると怖いから。



「旦那のね、好敵手?が奥州にいるんだけど、最近周りの国にも特に派手な動きがみられないから今のうちに手合わせしておくかってことになったんだよ」

「(その?が気になるんですけど)好敵手ですか?」
「政宗殿はまさに竜のようなお方。しかし、負けたくはない相手でござる」

「へぇ(まさむね、どこかで聞いたことがあるような)」
「そんで、旦那と俺様が奥州に行くってわけ。」

「奥州、ですか?」


どこですか、それ?現代とは違う名称を言われても私には分からない。そんな私に気づいてくれたのか佐助さんが「北の方だよ」と教えてくれた。


「あ、でも…私は別に」


面倒臭いし行かなくても、という続きの言葉を紡ぐことは叶わなかった。


殿は、来てくださらぬのか?」

「うっ!」


悲しげな憂いを帯びた(実際は何も考えてないに違いないが)子犬のような瞳。あぁ!本当に私はこれには弱い!し、しかし、ぐぬぬ、これに負けるわけにはいかない。どんなに子犬のような瞳であろうと幸村さんは子犬なんかではない。
どんなに、そうどんなに幸村さんの頭に垂れた耳が見えても、さらには元気のないしっぽが見えたとしてもそれはすべて私の幻覚なのだ。


「そういえばずんだ餅も有名だよねー」
「ずんだ餅!」


佐助さんは人の弱点をつくのがうまかった。さすが忍者。忍者、すごすぎるぞ。


しかし、果たして弱点をつくのが忍者だからうまいのか、佐助さんがうまいのかは分からない。考える間もなく、後者のほうが正しいとは思うが「大丈夫大丈夫。奥州もよい国だから」と笑う佐助さんを邪険にすることはできなかった。


「それにもしかしたら帰る方法も見つかるかもしれん。どうだ、行ってきては」
「お館さま」


佐助さんの言葉に揺れた私ではあったけれど、最後のこの一言には完全にノックアウトされた。私のことを心配してくれるお館さまを誰が邪険にできるだろうか!誰にもできるわけがない!!


私は結局その言葉に頭を縦に振り(その瞬間幸村さんの耳がたった!)自分の、誘惑の弱さに心の中でひっそりと泣いた。





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(2010・10・11)
次回から多分きっと奥州編です。
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