ふふん、と鼻歌を歌いながら廊下を歩く吾郎の腰にはいつものように刀がついてはいなかった。そして、いつもは羽織っているコートも今は羽織ってはいない。
Tシャツに黒いパンツ、とヴァリアーの屋敷内を歩き回るには少しシンプルすぎる格好だがこの格好こそヴァリアーの屋敷にいる時の吾郎の普段の恰好であった。

それに今日はまだよいほうでもある。
たまに緑のジャージで歩きまわっているときだってあるのだ。ヴァリアーの屋敷内をジャージで歩き回るなんてもちろん前例があるわけもなく、はじめはそんな吾郎の様子を周りの人たちも訝しげに見ていたものだが最近では気にした様子もなくただ通り過ぎていくだけである。


慣れというのは恐ろしいものだ、と彼の妹がこの場にいたとしたら呟いていたことだろう。


しかしジャージで歩き回っているその姿はどんなに吾郎が二十歳手前の人間で赤い瞳をしているとしても見た目は高校生同然である。

さて運が悪いのか良いのか分からないが任務帰りのスクアーロがたまたま吾郎が歩いている廊下の向こうがわからやってきた(スクアーロが思いっきり眉をひそめたところをみると彼にとってはあまり好ましくない状況らしい)吾郎はスクアーロの存在に気づくと手をあげてスクアーロの名前を呼んだ。

スクアーロはいやいやながらもそれに応え、吾郎の姿をはっきりと見て目を丸くした。


(う゛お゛ぉい……!)


スクアーロの視線がたった一点へと注がれる。吾郎はそんなスクアーロの視線に気づくと「えへ、可愛いだろー?」と言って嬉しそうに笑った。


これの どこが 可愛いんだぁ!


叫びだしそうになった一言をのみこみ、スクアーロは吾郎のTシャツに書かれた文字をはっきりと見据えた。こんなTシャツを着ている兄を見つけた時の妹の反応が想像しなくても、頭の中に浮かぶ。

吾郎の着ているTシャツに書かれた文字にはただ一言、漢字で妹とかかれていた。

スクアーロの頭の中で一瞬、これが噂の秋葉系ってやつかぁ?なんて言う疑問もうかんだりしたが、こいつが好きなのは妹でも、たった一人の自分の妹なのだ。誰彼構わずおにいちゃんといわれることに萌えを感じるような奴ではない。


「ネット通販って便利だよねぇ」
「……う゛ぉい」


それも通販かよ、というスクアーロのツッコミは吾郎へは届かない。天下のボンゴレの最高暗殺部隊であるヴァリアーの人間かこいつは、とスクアーロが首をかしげるのも仕方がない話だろう。しかし吾郎はそんなスクアーロの視線に気づかずに、いかにこのTシャツが素晴らしいものなのかを語っている。
スクアーロにとっては興味のない話だ。任務帰りで疲れているにも関わらず吾郎の相手をしなくてばならないなんて、とことん哀れな男である。



「あらぁ、吾郎ったら素敵なTシャツ着てるじゃなぁい!」



そして再びスクアーロの疲れを増長させる人物が現れる。偶然通りかかったルッスーリアは吾郎とスクアーロの姿を見つけるとすぐそばまで近寄って来た。スクアーロにとっては良い迷惑であるが、吾郎はルッスーリアからのコメントに目をきらきらとさせている。

きっとTシャツをほめられたことがこの上なくうれしかったに違いない。

吾郎はスクアーロへの態度からは考えられないが名目上ルッスーリアの直属の部下の地位にあたる。
つまりはスクアーロよりも地位は下にある。が、しかし、もう周りの扱いや認識はそれほどヴァリアーの幹部たちとあまり変わらない。一重に吾郎の幹部への態度もあるが、一番の要因はやはり吾郎の実績だろう。


「ルッスだぁ!でしょー、このTシャツ超素敵だろー?」
「えぇ、でももう少し派手なほうが吾郎には似合うんじゃないかしら」


うふふ、とほほ笑みあうその姿はまるで女子高生のようだ。まぁ、見た目はガタイの良いおかまと、見た目だけは麗しい青年だが。そしていつの間にかTシャツの話から、どんどん話は変わり吾郎の妹の話へと変わっていく。あまりにも早い話題展開に最近の女子高校生もびっくりだろう。

スクアーロは、よくまぁ、こんなに話がどんどん変わるものだなぁ、と変に感心してしまっていた。


「なんで、俺の妹ってあんなに可愛いんだろう」
「それに良い子だしねぇ。私もあんな子だったら妹に欲しかったわぁ」
「いや、まぁ、そりゃ俺の妹なんだから良い子に決まってるじゃん」


「それは絶対に関係ねぇぞぉ」


むしろ吾郎の妹なのによくあそこまで良い子に育ったものだ、とスクアーロとルッスーリアは思う。そんなこと言えば吾郎がはぶてるのは目に見えて分かっていたので声にすることはなかったが。
スクアーロもルッスーリアも吾郎と行動を共にするうちに段々と吾郎の性格がわかって来たらしい。


「なんだか、こんなこと話してたらに会いたくなってきたなー。つーか、ザンザスさま、仕事俺らに回しすぎじゃない?今日の休みとか本当に久々の休みなんだけどー」
「しょうがないわよ、ボスだもの」
「確かにザンザスだからなぁ」

「まぁね。ザンザスさまが俺らを気遣うなんてしたほうが驚きっていうあ、怖いしね」


吾郎の言葉に二人はうなづく。あのザンザスが人を気遣っているところなんて想像もしたくない。考えるだけで冷や汗ものだ(吾郎だけはそんなザンザスを想像して笑っていたが)(スクアーロは青ざめていた)


「んじゃ、ちょっと俺用事あるし、スクアーロもさっさとザンザスさまにそれ届けないとまたワイングラス投げつけられるよー」


そう言って歩き出した吾郎。スクアーロは吾郎の言葉に一瞬で先ほどよりも顔色を青くして走り出していた。あぁ、このあとの自分のあまりに痛々しい姿が目に浮かぶ。手に持った報告書が少しだけぐしゃり、と歪んだ。ルッスーリアもそんな二人に視線をやりつつも「うふふ」と笑いながら歩き出していた。


仮面の下の微笑み








(2009・03・10)

前の話との落差が酷すぎる。今回はヴァリアーな日常の話です。スクアーロはやっぱり可哀相な役どころです(笑) ←

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