闇夜に浮かぶ影。その影を見つけるとスクアーロは迷うことなく走り寄った。自分の仲間である一人の男がそこにはたたずんでおり、その周りにはもう動くことのない人間の、屍たちが横たわっていた。刀傷がつけられ、血にまみれた屍が転がっている様子は自分が戦った後の光景にもよく似ている。が、その光景よりもより一層酷い光景であった。

その中心に立つ男はこちらに気がつくと、笑った。飛び散った血を拭いながら微笑みを作るその光景は、
狂気、のなせるものなのかもしれない。


「あー、スクアーロ。そっちもう終わった?」
「あぁ。お前のほうも終わったみたいだなぁ」

「当たり前じゃん」


俺がスクアーロより仕事遅いわけないしー、と語尾を伸ばしながら笑う吾郎は持っていた刀を鞘へと収めた。暗い闇の中でも妖しく赤黒く光る切っ先が鞘の中へと納まっていくのをスクアーロは一瞥し、「さっさと帰るぞぉ!」と吾郎へと声をかける。

その声に、適当に吾郎は返事を返すとスクアーロのほうへと近寄りながら頬についた血を自らの手の甲で拭った。



自分のほうへと近寄ってくる男はただの年下の男にしかスクアーロは見えなかった。しかし、この光景がその年下の男が作り出したものであることは紛おうことなき真実であり、今まで何回もスクアーロは自らの目で吾郎が戦っているところを見てきた。
だが、スクアーロは未だにその真実を信じれない思いで受け止めていた。


スクアーロにとってに戦っている時とそうでない時、まるで違う人物かのようだった。


刀を鞘に納めている吾郎は見た目同様、雰囲気だってただの青年としか見えない。先ほどのあの狂気気味た部分はもう、吾郎からはまったく感じられない。
しかし、それは吾郎にしてみれば普段は持っている狂気をただ隠しているだけであった。吾郎のなかにはいつだって、その仮面の下に狂気を隠し持っていたのだから。


赤い瞳がギラリ、と光る。吾郎は手早く刀を抜くと一気にスクアーロ目掛けて刀を振るい、一閃が走った。思わずスクアーロは息をのむが、その刀はスクアーロを襲うことなくその後ろへと向けられていた。


男の命は一瞬でたたれた。


飛び散る血は吾郎へと降りかかり、刀をふたたび赤く染めた。
い柄、そしてそれに巻きつく長い長いい紐。吾郎が闇夜でまるで踊るかのように人を切り裂いていけばその紐も自ら踊っているかのように舞い、まるで人の血を吸って赤くなったかのように深紅はさらに色を濃くする。

綺麗に斬られた傷口は致命傷となり、斬られた男は体につながれていた糸を切られたマリオネットのようにそのまま地面へと崩れ落ちた。


「スクアーロ最後まで気抜かないでよー」


たった今人を切り殺したとは思えないくらいの軽い声色で吾郎は言葉を紡ぐ。

「って言うか、気づいてたんならスクアーロがちゃんと始末してよね。あまりにも気配出してくるからいらっとして俺が斬っちゃったじゃん」

吾郎の言うとおりスクアーロは先ほどから自分の後ろをちょこまかとしている気配に気づいていた。もちろんそれが今、自分たちが対峙している敵のものであることも。
面倒くさいと思いほっておいたのが、まずかったのが近づいていた気配からは殺気が感じられ吾郎が動く一瞬前に敵が自分へと近づいたのを感じた。



多分、この光景を見てカッとなったんだろう。吾郎が創り上げたこの血の海。仲間がこんな目にあえば大概のマフィアは仇打ちをしようと思うのも当たり前の感情だ。
しかし、相手が悪かった。吾郎は敵に対して決して慈悲の心を見せることはない。



ある意味、これがこいつの優しさでもあるんだろうが。



一瞬で相手を殺してやる。痛みさえ感じさせないように、本当に一瞬で。これが吾郎なりの、わかりにくい優しさ、だ。こいつの優しさは本当にわかりにくい。仲間でもこの優しさに気づいているやつはほとんどいないに違いない。

だからこそ、こいつは仲間内でも畏怖の目で見られることが多いんだろう。

確かにこいつの戦った後の状態はあまりにもひどい。だが、どんなに酷い状態であったとしてもその屍一つ一つの傷が一つであることを知る者は少ない。


「ほら、さっさと帰るよー。ルッスたちのほうも終わってると思う?」
「さぁな。だが、向こうは大丈夫だろぉ」
「それもそっか」


吾郎は背伸びをすると、はぁと息を吐きながら刀をふたたび鞘におさめる。

人を殺すことに何も思わなくなったのはいつからかなんてことは覚えていないし、今更思い出そうとも思わない。ただ、たった一人の子の幸せを願い吾郎は刀を振るう。

吾郎はスクアーロが気付いていることに自らは気づいていなかった。
たった一人の自分の妹のことしか考えていないと思っているにも関わらず殺していた相手に痛みを感じさせないように一撃で仕留めていることに。対峙してきた敵のこともしっかりと想っていたことを吾郎は気づかない。仮面の下の赤い瞳からは一人、人を殺すたびに
が伝い落ちていた。


道化師の流す涙








(2009・03・10)

血の表現とか駄目な方すみません…!吾郎にもの裏の顔というものを書きたくてこんな話になりました。見事失敗…OTL

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