「はじめまして、ザンザスさま?」


そう言ってザンザスに頭を下げて人物はとてもマフィアなんかに見える男ではなかった。ザンザスは眼を細めて相手を窺うように見つめる。そんなザンザスの視線にまったく恐れた様子なんて見せずに男は飄々とした態度を崩すことはなかった。
見た目はまだ少年とも言えるような二十歳にも満たない男。
血の匂いをさせないその男がマフィアだということは、きっと男を初めて見た人は気づかないだろう。ザンザスも一目見たその瞬間はその男がただの餓鬼にしか見えなかった。


だが、ザンザスは気づいた。


男の飄々とした態度。そして僅かに目を細めて笑っていることに。ザンザスを目の前にしてこんな態度をとれるような輩は少ない。イタリア一とも呼ばれるボンゴレの最高暗殺部隊であるヴァリアーに所属する自分の部下でもこんな態度をとるような輩はどこを探してもいないことだろう。
だからこそザンザスはこの男が、ただの男ではない、ということに気づくことができた。

そのことに気づき自然とあがる口端をザンザスは抑えることができなかった。


―――面白そうだ


下げていた頭をあげてこちらを見上げる男。本当に見た目だけなら、ただの一般人にしか見えない。しかし、ここは最高暗部隊のヴァリアーでありヴァリアーに入隊を許されたということはそれなりに実力がある、ということになる。ましてや、ザンザスを目の前にしてこの態度。決して役に立たないことはないだろう、とザンザスは眼を細めて目の前の男を見やる。
真っ赤な瞳。その瞳の奥には上手く隠された狂気が先ほどから見え隠れしている。本人はザンザスに気付かれていないと思っているかもしれないが、ザンザスにはその瞳に隠されたこの男の残虐な狂気を感じ取っていた。

にっこりと微笑んでいるように見せているその表情。それは出来の良い仮面のようだとザンザスは思う。



「よろしくお願いします」



礼儀正しくそう言って述べた男は、ザンザスの瞳をまっすぐに見つめた。自分をこうして見つめる奴なんて珍しい、とザンザスは感じながら「使えなければ捨てる」とたった一言、低い声色で言い切った。
この男が普通の男であったならここで怯えきっていたに違いない声色で紡がれた言葉。
だが、男は怯えることなく、ましてや逃げることなんてせずにまっすぐとザンザスを見上げたまま微笑みを深くした。


「俺が使えることぐらいザンザスさまなら分かるでしょう?」


クスクスと笑いながらも、はっきりと男の口から発せられた言葉に、周りにいた男たちは驚き呆然とし、男を信じられないものを見るかのような目で見つ、この男今この場でザンザスに始末されるんじゃないかと心配している輩までいた。
しかしそんな中でザンザスだけは笑った。周りにいた男たちは珍しく笑うザンザスを目にし、さらに呆然とした表情を浮かべる。

あのザンザスさまが――

ザンザスの目の前にいる男以外のその場にいた人間が間違いなく同じようなことを思っただろう。まさか、あのザンザスさまが笑うなんて。
男は笑い続けるザンザスを気にした様子もなくさらに言葉をつづけた。


「もしもザンザスさまが俺を使えないと思ったら……」


その時は、どうぞ俺を捨ててください。まぁ、そんなこと絶対にないと思いますけどね。自信満々と言った様子で紡がれた言葉にザンザスは、この男が愚かだとは感じなかった。
この男ではなくもし他の人間がそんなこと言おうものなら愚かだと思い、言った瞬間に捨ててやろうとザンザスは思ったことだろう。だが、この男確かに言うとおり、ザンザスがこの男を捨てることは多分、ないに違いない。

瞳の奥の狂気。

その狂気が表へと出たとき確かにこの男は強さを発揮してくれることだろう。いや、この男の強さはそんな狂気が無くても計り知れないものを感じる。男のその強さは確かにこのヴァリアーに必要な強さであり、面白そうなこの男に興味がわいたのも事実、だ。
捨てるには惜しい。そうザンザスに思わせた男はただ笑みを浮かべたまま、だった。

ザンザスは踵を返す。ひらり、とコートの裾がなびかせながらザンザスは男に「男、名前は?」と聞いた。


「吾郎……、吾郎です」


告げられた名前をザンザスは頭の中で反芻する。そしてそのままザンザスは振り返ることなく歩き出した。周りにいた男たちも歩き出したザンザスへとついていき、吾郎はその後ろ姿を見送った。

(挨拶は上手くいったみたいだな)

そんなことを考えながら吾郎はザンザスの背中が見えなくなったところで近くの物陰へと視線をやれば物陰から、ベルフェゴールが顔をだす。
いつから見ていたか、なんてこの男にとっては無粋な質問だろう。どうせ、はじめから見ていたにきまっている。いつものように前髪に隠れて瞳は見えないが見えている口端はあがり、ベルフェゴールが笑っていることだけはわかった。


「ボスに気にいられたみたいじゃん」
「俺ってば誰とでも仲良くなれる超良い子だから」


吾郎がそう言えば、どこが、と言いながらベルフェゴールは笑う。どんなに良い子であってもザンザスと仲良くなれる人間なんていやしないんじゃないだろうか、と二人につっこんでくれる人物は残念ながらここにはいなかった。にっこりとわらった仮面をかぶった道化師はついにその姿を現した。


さぁ、ショーの開幕だ





(2009・03・10)



きゆこさまに描いていただいたヴァリアーバージョンの吾郎のイラストに我慢できずに描いてしまいました><自己満足な話だと思いますがお付き合い頂けると助かります……!


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