この前、真田先生が唇を落としたのは私の口の端だった。それもぎっりぎりの瀬戸際。ほぼ唇に分類されるような場所に落とされた唇は私にとって生まれてきて初めて感じる感触で、それでさえ私には耐えられないくらい恥ずかしいことだった。
けれど、私よりも真田先生のほうがたえられなかったらしい。あの後真田先生は土下座をしながらも顔を真っ赤にさせたまま勢いよく倒れしまうという神業を見せてくれた。もちろん私が焦ったのは言うまでもない。焦ったと同時にやっぱりか、と思ってしまったことはこの際頭の隅にでも置いといておく。普段狼たちを目の前にして顔を真っ赤にさせている真田先生を知っている私にとっては思わず納得してしまったのだからしょうがない。
焦った私は横になった真田先生の顔のすぐそばに膝をつけて真田先生の顔を覗き込んだ。眉を寄せてうなっている真田先生は何回呼んでも返事をしない(いや、武田先生とは無意識ながらつぶやいてはいたから大丈夫とは思ったけど!)でも私よりも体の大きい真田先生を保健室に運ぶなんてことは無理な話で、さすがにに泣きそうになってしまった。
けれど、泣いてもなにも始まらない。制服の裾で零れそうにになった涙を拭い誰か呼ばなければ、と思い教室を飛び出した。
……そして、幸か不幸か教室を飛び出したすぐそこに壁に耳をついた伊達先生と猿飛先生がいた。
この人たちは一体なにをしていたんだろうか?一瞬だけ倒れた真田先生のことはさておき、呆れたような目で見てしまった私をだれもせめることはできないだろう。
そもそも!いつの間にって話だ!
先ほど確かにこの二人は真田先生が来る前にでていったはずなのだ。それに真田先生だってこの二人を教室の前で見かけていたら話しかけないわけがないだろう。まぁ、今回ばかりは先生たちのこのでばがめ的な行動に助けられたようなものだったから文句はいわなかったけれど。
「あー、旦那ったら」
「真田もついに大人の階段上ったと思ったらこれかよ?」
倒れた真田先生を目の前にしてこの言葉。そう言いつつも真田先生の傍らに膝をつき声をかけている猿飛先生はまだしも、伊達先生なんて片手を額にやり、本当に残念そうにしている。っていうか、大人の階段ってなんだ。親父か!きっと残念なことにもうすでに発想が親父化していることにきっと伊達先生は気づいていないんだろう。これからは、今までよりも伊達先生を見るときに軽蔑した目で見てしまいそうだ。
「よいしょっと」
猿飛先生が真田先生を背負い歩き出す。それについて保健室まで行ったけれど、結局真田先生はその日目が覚めることはなかった。保健室のベッドで横になる真田先生を見つめる私に伊達先生がいちゃいちゃするのは次のお楽しみだな、なんて私を見て意地悪くほほ笑んだけれど(そしてその笑みがこれまた見る人が見れば綺麗に感じられそうな笑みで)教育者としてあれは本当に良いのだろうか?教師と生徒との恋を黙認だなんて、そりゃ教育委員会なんかに言われても困るけれど、凄く協力的なのも相手が伊達先生だけに何かうらを感じてしまう。
とは言え、結局真田先生とこうして通じあえたのも伊達先生のおかげといっても、不本意ながら過言ではないので私は心の中で猿飛先生と伊達先生にお礼をいった。
そして、二週間経った今でも真剣に伊達先生と猿飛先生の、教師のあり方を真剣に考えている。壁に耳をつけて中の様子を窺うような格好をしていた二人。今思い出してもあの恰好はなかなか間抜けな恰好であった。
まともな教師求む!
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