「Hey!」
「……」
「おぉー、伊達先生いらっしゃーい」
思わず言葉を失った。ドアをあけた人物は、青いジャージが今日も素敵な伊達先生だった。なんで、伊達先生がこんなところに、とは一瞬思ったけれど、猿飛先生の様子を見る限り猿飛先生がメールで呼んだのが伊達先生だったんだろう。
いやいや、でも、なんで?首を傾げる私を横目に、伊達先生は教室の中に入ってくると私に向かって「俺が一肌抜いてやるぜ!」と言い放ってくれた。
すみません、意味がわかりません。思ったよりも冷たい視線を送ってしまった私を誰が責められようか。
「ってことで、今回は伊達先生に協力してもらおうと思って」
「ってことで、の意味が分からないんですけど」
猿飛先生に視線をむければ、アハーと笑みを向けられた。そんな笑みは要らないんで説明してください。と、口に出そうとしたのだけどそれよりも早く伊達先生が口をひらいた。
この先生、黙るってことを知らないと思う。しかし、止めようと思って止まる人ではないのでそのまま伊達先生の言葉に耳を傾けた。
「。お前が、真田から告白されたのは猿から聞いたぜ」
「はぁ、」
猿飛先生。そんな事、勝手に話しても良いんですか?と視線だけで猿飛先生に訴える。一応教師と生徒だということはこの人たちの頭の中にあるんだろうか。
「大丈夫、大丈夫。伊達先生だけにしかまだ言ってないから」
(まだってなんですか!)
まだ、ってことは、これから他にも言う予定があるということじゃないんだろうか。しかし、私の疑問には答える気がないのか、猿飛先生は私から目を背けた。
ちょっと!そこ!口笛吹いてごまかさない!
「なのに、お前ら色々無駄に考え込んでるらしいじゃねぇか」
「はぁ、」
「それで、この俺が一肌脱いでやろうってわけだ。真田の奴には借りもあるしな」
悪い笑顔で言い切ってくれた伊達先生。あまりにも悪い笑顔に背筋に冷たいものがはしたのはこれから起こるであろうことに嫌な予感しかしないからだ。猿飛先生や伊達先生が一肌脱いでくれるというのは心強いし、協力してくれるその気持ちは嬉しい。しかし、そんなニヤニヤとした悪い笑顔を浮かべられると、なんと返して良いのか分からない。
「別に礼なんていらねぇよ」
まだ何も言ってない。その言葉はどうやら伊達先生に届かなかったらしい。少しだけ自分に酔ったようにも見える伊達先生に私は苦笑を浮かべるしかできなかった。
「お前も自分のハートに素直になるんだな」
(伊達先生先生にハートっていう単語似合いませんよね)
先ほどから思ったことが口に出せずに少しだけむず痒い気持ちで一杯だ。痒いところに手が届かない。その言葉が今の私には一番しっくり来る気がする。
伊達先生は自分の言いたいことを言い終わったのか、今まで私に向けてた視線を今度は猿飛先生へとうつした。猿飛先生はその視線をうけて、自分の手の中にあった携帯を開く。
「よし、じゃあ、やってやりますかね」
先ほどとは違い、ボタンを数回押したかと思えば猿飛先生は携帯を自分の耳へと移動させた。静かな室内にはプルル、と言う音だけが響く。数回のコールの後、猿飛先生の携帯から聞こえて来た声に私に心臓は脈打った。
「佐助か?」
知恵熱というのはあながち嘘ではないらしく、少しだけきつそうな声が聞こえる。いつも元気そうな真田先生からは想像もできない声に知らないうちに眉が寄っていた。しかし、猿飛先生は何を思ったのか、いきなり「だ、旦那!」とまるで焦ったかのような声をだす。こんな声、いきなり出されたら真田先生も驚いてしまうんじゃないだろうか。
知恵熱も、熱には違いないのだから安静にさせてあげないといけないんでは、と、猿飛先生に声をかけようとしたところでいきなり後ろから口が塞がれた。ムガッ、と女の子らしくない声が私の口から零れでる。
思わってもみなかったことに、驚きながら視線を後ろにやれば私の口を塞いでいたのは伊達先生だった。伊達先生は猿飛先生の携帯に視線をやりながら、ニヤッとさらに微笑を深くする。正直に言って、色々な意味で恐くてたまらなかった。
「どうしたのだ、佐助?!」
「どうしよう、旦那!ちゃんが、伊達先生に!」
猿飛先生の焦ったような声に、向こうからも驚愕に満ちたような声が聞こえる。そして、その言葉に意味が分からない言葉で返す猿飛先生。確かに伊達先生に後ろから口を塞がれるという、教師が生徒にこんなことして良いのか、みたいなことをされているけれどここまで焦る必要はないと思う。
それにこんなことされたのは猿飛先生が一番最初に焦った声を出した後だ。意味が分からずに、ただただ戸惑いながら猿飛先生を見つめる。
「殿がどうかしたのか?!」
「それが……」
そこまで言って猿飛先生がニヤッとした笑みをうかべて、携帯を伊達先生へと向ける。あ、やっぱり嫌な予感しかしない。
「よぉ、真田。は俺がもらったぜ」
この人たち、馬鹿だ。
私から出るのは言葉にならない声だけで、ただただうな垂れることしかできなかった。
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