どこの学校でもバレンタインというのはやっぱり男子生徒も女子生徒も色めき立っているらしい。放課後にいつものように風紀の手伝いをしに来た並中でも、見かける生徒は告白が成功したのかのカップルになり立てのような人たちを数組見かけた。自分とは無関係の事だな、と少しだけ涙を流しそうになったのも事実だが、嬉しそうに微笑み合うカップルにいつまでも二人でお幸せに、と思ったのも紛れもない事実だ(私にもいつか来るのかな・・・・・・うん、だけどね、来ない気がするのは自分の周りにまともな男がいないからなのかな!)そんな事を考えながら応接室に行けば、応接室の前には今応接室から出てきたばかりだと思われる草壁さんがいた。
「こんにちは、草壁さん。雲雀さんいます?」
「いや、今委員長は留守にしていらっしゃる」
「あぁ、そうなんですか!」
少しだけ雲雀さんが留守にしているという言葉に、喜んでしまった(いや、ほら、あの人って文句しか言えないじゃん?)(バレンタインまで、そんな文句聞きたくないって言うか、いや、いつでも聞きたくないのは確かなんだけどね!)草壁さんはそんな私の様子を見て、少しだけ笑いを零しながら「お前も、正直だな。だが、委員長も悪いお方ではないぞ」と言った。
別に悪い人でないことはもう私だって嫌と言うほど分かりきっている。それに、別に雲雀さんを嫌い、と言うわけではない。だけど、人間、最初に植えつけられたイメージを覆す事は難しいことで、私は今だ雲雀さんと初めて会った時の恐怖を拭えることはできない(あれは、平凡な女の子にはつらいんですよ、草壁さん・・・・・・!)まぁ、今となっては、それも良い思い出、と思えないこともないんだけど。いや、だけど、さ、ほら、嬉しそうに不良とかを咬み殺している雲雀さんを見ると、あ、この人本当に大丈夫かな!なんて思うことは仕方がないことだと思う。
「いや、別に雲雀さんのことは嫌いじゃないですよ。ただ、ね、ほら雲雀さんが居ると仕事してても煩いですし、ねー」
「・・・・・(まぁ、その気持ちも分からなくはないが)」
「あっ、そうだ、草壁さん!これ、どうぞ」
そう言って私は思い出したかのように鞄の中に入っていたチョコレートを草壁さんへと手渡した。草壁さんは一瞬驚いた顔をしたけど、今日が何の日か気付いたのか、「ありがとな」と言って受け取ってくれた(草壁さん、優しい!)
「そうか、忘れてたが、今日はバレンタインだったか」
「そうですよー」
「・・・・・委員長は今年も大変だろうな」
「どういう意味ですか?」
私は草壁さんの言葉に首をかしげた。バレンタインなんて雲雀さんには無縁のものだろ。だって、雲雀さんは確かに顔はとてもかっこ良い。だが、性格があんなのだ。モテるとは言っても、雲雀さんに直接チョコレートを渡そうものなら「群れるな」とただ一言言って女の子にも関わらず咬み殺してしまうだろう。そんな事分かりきっているのに、女の子がチョコレートを渡すとは思えない(いや、まぁ、殴られれるのが趣味だって女の子なら、渡しに行くかもしれないけど!)なのに、どうして雲雀さんがバレンタインと言う乙女の日に大変なんだろうか?むしろ、無関係の間違いだろ。
「委員長の下足箱には、毎年山の様にチョコレートがいれられているんだよ」
「・・・・・・」
「いや、そんなありえるわけない、と言う目で見るな。これは紛れもない事実だ」
草壁さんの言葉に開いた口が塞がらない。だ、だって、ひ、ひ、雲雀さんだよ?!あの、雲雀さんだよ。そんなチョコレートが下足箱に入ってるなんて・・・・・・!だって、チョコレートが下足箱って少女漫画の王道だし、開けた瞬間ドサドサーっておきるあの伝説の場面でしょ?!下足箱がまるで二次元空間になるという伝説の!・・・・・・って、本当にそんなことがあるわけない、か。それに、そもそも食べ物を下足箱に入れるのってどうかと思うんだけどなー(だって、靴入れるところにいれるんだよ?!)まぁ、だけど、雲雀さんって自分の教室に行く事なんて考えられないし、机に入れるなんて事もできないんだろう(そもそも、雲雀さんって何年何組?!)
「ま、まじですか。世の中には物好きな女の子がいるものですね」
「・・・・・・(俺としては委員長のことをそんな風に言えるお前のほうが珍しいがな)」
「それで、雲雀さんはそんなチョコレートをどうするんです?群れるな、とか言って咬み殺すんですか?」
「お前はチョコレートを咬み殺せると思うのか?(は一体どんな目で委員長を見てるんだろうか)」
「いや、思いませんけど、でも、雲雀さんが素直に、「僕が素直に何?」」
私の言葉を遮るかのように現れた雲雀さんに、私は思わず声を上げそうになった。この人、現れるたびに私の台詞にかぶっているような気がするのは私だけだろうか・・・・・・(いや、多分勘違いじゃないな。雲雀さんのことだ。わざと私の言葉を遮るように言ってるんだろう)
「な、なんでもないですよ!!ほら、雲雀さん仕事しましょ!仕事!」
「あぁ、その事だけど、今日は特に仕事ないよ。もう、終わったから」
「は・・・・・?」
雲雀さんの言葉に固まる。もしかしなくても、仕事は終わったって言ったよね。私がこんなバレンタインの日に(本命に渡す男の子がいないとしても!)わざわざ並中まで来たのは、仕事をする為だけだったのに!あぁ、それなら携帯にでも連絡してくれたら良いのに。いっつもくだらない事で連絡してくるのに、大事な事は連絡してくれないんですね、この男は。雲雀さんはそんな私の気持ちを知ってか知らずか、草壁さんのほうを見ると「草壁は、裏庭の方に寝ている奴らがいるからその始末をしていて」と、草壁さんに言った。草壁さんは素直にそれに従い歩いていく。遠くなる背中を見て私はため息を、つきたくなった。
「それならそうと早く連絡して下さいよ・・・・・もう、何これ虐め?」
「ごちゃごちゃ煩いと咬み殺すよ」
「(何でも咬み殺すと言えばすむと思いやがって!)」
だけど、咬み殺すと言うたった一言でもすんでしまうのが雲雀さんだ。現に私はその一言で何も言えなくて、私はただじとーと雲雀さんを睨んだ。その効果があったのかは分からないけれど「・・・・・・・・まぁ、紅茶ぐらいは淹れてあげるから」と、ため息を吐きながらまるで私を小さい子供扱いするかのごとく言った(ため息をはきたいのはこっちなんですけどね・・・・・!)しかし、断るのも何なので(いや、だって応接室の紅茶凄い美味しいし)(って言うか、雲雀さんが淹れる紅茶は全部天下一品だから!)大人しく雲雀さんの後ろに続いて私は応接室へと入った。そこで、目に入ったのが何かが一杯に入った袋だった。
「(・・・・・何あれ?)」
一体何が入っているんだろうか、と思いながら私はいつものように応接室にあるソファーへと腰をおろした。雲雀さんが紅茶の準備をしてくれている間、私はそれを見つめる。そういえば、結局雲雀さんは女の子達に貰ったチョコレートをどうするんだろうか。捨てるとしたら、最低最悪だと罵ってやりたいと思う。だって、チョコレートといったら女の子の気持ちがすんごくつまったものだし、確かに雲雀さんにとっては迷惑なものかもしれないが(いや、さすがの雲雀さんでも本命の子に貰ったらやっぱり嬉しいと思うけど・・・・・いやいや、雲雀さんの本命って、まず雲雀さんが恋愛って考えられないよ)それでも、女の子の気持ちを無下に扱うのはどうかと、思うわけであって、
「はい」
「あ、ありがとうございます!」
カタン、と目の前に置かれる紅茶からは良い香りがただよう。さすが、雲雀さんの淹れてくれた紅茶だ。雲雀さんは私の目の前に腰を下ろすと、一口紅茶を飲んだ(なんだか、やっぱり顔が良いとさまになるよなー)なんだか、顔だけだったら雲雀さんがチョコレートをもらえるのも納得ができる。だけど、大事なのは中身だよ、世の中のお嬢さん方。ね、顔これでもトンファーとか振り回しているんだよ?性格すんごく悪いんだよ?(まぁ、たまに、本当にごくまれに優しいところもあるけど、さ!)でも、雲雀さんの優しさなんて、わかりづらいものだから、遠くから見ているだけの女の子達はきっと知らないだろう。
「雲雀さん、あれ、なんですか?」
「あれって、何」
「いや、だから、あの大きい袋のことですよ」
そういって、私がさっきから気になっていた袋を指差せば雲雀さんの視線を自然とそちらの方を向いた「あぁ、あれ」と雲雀さんは言うと、私が思っても見なかった言葉を吐いた「チョコレート」と。まさか、これが草壁さんに聞いた、あの下足箱に入っていたと言う伝説のチョコレートなんだろうか。だとしたら、雲雀さんは女の子の気持ちを無下に扱ってはいないと言う事?(まさか、雲雀さんがちゃんと回収しているとは思いもしなかった!)(雲雀さん、ちょっと見直しましたよ!)そう思いながら、私は静かにそのチョコレートの袋を見つめたまま雲雀さんの淹れてくれた紅茶を一口、口に含んだ。
「(じゃあ、いらなかったかな・・・・・)」
あれだけチョコレートを貰っているなら、もうチョコレートなんていらないだろう。いや、最初から渡す気なんてまったくなかったんだけど、(群れるなとか言って咬み殺されると思ってたし)一応チョコレートを準備はした。ほら、草壁さんのついでと言いますか、うん、まぁ、極まれにお世話になってるから、そのお返しもしたかったって言うのもあるけれど、だけど、こんなにたくさんのチョコレートを雲雀さんは貰っているわけだし、私なんかにチョコレートを貰っても迷惑なだけだとおもう。ま、帰ってから自分で食べれば良いか。うんうん、草壁さんに渡せただけでここまで来た甲斐があったってものだし。
「雲雀さんが貰えるなんて思ってもなかったんですけどねー、やっぱり人間顔ですかね?」
「それ、僕に喧嘩売ってる?咬み殺されたいの?」
「いや、売ってないです。全然喧嘩売ってないです。むしろ、雲雀さんに喧嘩売れるような奴がいたら見たいぐらいですから」
「・・・・・」
なんだか、雲雀さんの顔がどんどん不機嫌になっていってるんですけど、これって自分の勘違いじゃないですよね?!(私の馬鹿!いらない事ばっかり言いすぎなんだよ!)雲雀さんはそっぽを向くと黙って紅茶を飲んだ。なんか、生きた心地がまったくいたしません。なんと言いますか、これ、もう、あれですかね。バレンタインだからと言って甘い雰囲気を期待した私が馬鹿だったんでしょうか。いや、この人とは甘い関係ではないので甘い雰囲気は絶対にありえないといっても過言ではないんですが、この雰囲気は本当まずいです。何とかこの状況を打破するものはないんですか?!・・・・・・・駄目だ。私に思い浮かぶわけが無い。あぁ、こんな時ぐらい何か思いついてくれれば良いのに「それで、。さっき草壁に何を渡してたの」いきなりの雲雀さんの言葉に私は我を思い出し、雲雀さんの方を向いた。いつの間にかそっぽを向いていた雲雀さんがこちらを見ていて少し驚いた。
「あー、えっと、チョコレートです、はい(群れてるとか言って咬み殺されないかな・・・・)」
「ふーん」
どうやら、咬み殺されることはなかったらしいが、って言うか、雲雀さん私が草壁さんにチョコレート渡すところからいたんですか(やっば、変なこと言ってないよね?!・・・・・って、言ってる!言ってる!雲雀さんに対して失礼な事一杯言ってる・・・・・!)それに草壁さんにはチョコレート渡したのに雲雀さんに渡さないのも、どうか、と思われるんですよね。だけど、と思いながら視線がたくさんのチョコレートが入っているだろう袋へとうつる。チョコレートを渡した所で、迷惑と思われるのは絶対に嫌だった。
「あのですね、雲雀さん」
「何?」
「えっと、あれですよ、あれ」
「あれって何?」
「だから、あの、」
「早く言わないと咬み殺すよ」
不機嫌そうに眉をひそめて言う雲雀さんに私は、思わずひぃ、と声がでそうになった(こ、恐いんですけど・・・・・!)
「いや、えっと、あのですね、チョコレートを準備したんですけどね、いや、でもいりませんよね!あんだけチョコレートもらってるし、いりませんよね?」
恐る恐るといった表現が一番似合うように言いながら、私は鞄の中から昨日一生懸命作ったチョコレートを取り出す。綺麗にラッピングされたそれを持ったまま、雲雀さんを見れば少しだけ目を見開いて驚いた表情をしていた。どうせ、いらないって言うんだろうと思いながら雲雀さんの言葉を待てば雲雀さんは、「・・・・・それ、君が作ったの?」といった。どうやら、いるかいらないかの私の質問には答えるつもりがないらしい。
「あ、はい(お前の手作りなんて食えるか!って思ってんだろうな・・・・・!)」
「もらう」
「あー、やっぱりいりませんよねー・・・・・って、えぇ?!」
「だから、貰ってあげるって言ってるんだよ」
言い方には多少ムカつくところがあるけれど、貰ってもらえるというのなら、と思い私はチョコレートを雲雀さんに手渡した。「美味しくなくても、怒らないで下さいよ」と言えば雲雀さんは嫌な笑みを浮かべながら「君には始めから期待してないよ」と言う。じゃあ、貰うな、と言う言葉を飲み込んだまま、私は、再びもう冷めたであろう紅茶に手を伸ばした「」と名前を呼ばれて顔を上げる。先ほどよりは機嫌が良くなったような気がしないこともない、雲雀さんがそこにいた。
「な、なんでしょうか?」
先ほどとはうってかわって機嫌の良さそうな雲雀さんに疑問を抱きつつ(ぶっちゃけ恐いです!)私は、紅茶をおいた。雲雀さんがいつもの嫌な微笑じゃなくて、なんだか綺麗に微笑んで一瞬だけ、いや、ほんの一瞬だけ、とてもかっこ良いとおもってしまった。普段の雲雀さんからは想像できないような笑顔に少しだけ顔が熱くなるのを感じる(下足箱にチョコレートを入れた女の子の気持ちが今、ほんの少しだけ分かった気がします・・・・・・)「バレンタインもたまには悪くないかもね」とても雲雀さんの口からでたとは思えない言葉に私は多少、驚きながらも、少しだけ嬉しそうに私のチョコレートを見ている雲雀さんに頬が緩んだ気がした。
君がいるから特別になる
(2008・02・15)
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