休みの日は綱吉くんと二人きりでどこかにでかけるようになり、放課後は一緒に帰るようになったりと、綱吉くんと付き合いだしてたくさんのことに変化があった。 けれど、出された課題は放課後にしていた習慣は綱吉くんとつき合いだした今でも変わることなく続けている。初めは放課後に綱吉くんを足止めしてしまうことに悪い気がして課題は帰ってからやろうと、思っていた。
でも、「俺がもっと一緒にいたいから」といってくれて結局、課題は放課後に残ってして帰ることに落ち着いた。
綱吉くんは、たまにとてつもなくこちらが恥ずかしくなるようなことをあっさりと言ってしまうからとても困る。そのままの気持ちを言ってくれているというのが分かるからこそ、嬉しくもあり、やっぱり恥ずかしい。
私はそう思っていてもなかなか口に出すことができないのに。
あぁ、でも。変わらない放課後の習慣に変わったことが一つだけある。
今までは一人でやっていた課題を綱吉くんと一緒にするようになったことで教えあいながら、というよりは、教えてあげる方がおおいけれど一人でやっていたときよりも何倍も、比べようもないくらいに幸せな時間になった。
ドキドキだってとまらないし、説明に戸惑ってしまうときもあるけれど。
それでも、私にとっては大切な時間にかわりがない。
そんな大切な時間は、綱吉くんとつき合いだして格段に増えた。一人で過ごしていた休日も。放課後の道のりも。綱吉くんがいるだけで幸せな時間だと思ってしまう自分は、自分で思っていたよりも単純なのかもしれない。
向かい合わせにした机に広げているのは今日数学で出された課題。そこまで多くなかった課題に、綱吉くんよりも早めに終わった私は窓の外へと視線を向けていた。
もう既に校舎内に生徒はほとんどのこっていないんだろう。教室には綱吉くんがペンを動かす音しか響いていないし、たまに吹奏楽部の楽音が聞こえてくるくらいで生徒の声はほとんど聞こえてこない。 先ほどまで騒がしかった廊下からも、足音一つしなくなっていた。
とはいっても、ここから見えるグランドには部活に励んでいる生徒がいて、数人見知った生徒の姿もあった。
(そういえば山本は野球部だっけ)
放課後になった瞬間、嬉しそうに教室からでていった山本を思い出す。たぶんきっと奴の頭の中には今私たちがやっている課題のことなんで、既にないんだろう。山本のことだから間違いなく明日は宿題を忘れてくるに違いない。
けれど、どこか要領のよい山本のことだから明日の朝にやっても十分間に合いそうだけど。
野球部の集まりの中、バッドを振り回す山本は今日も絶好調のようだ。山本の打ったボールはどんどん距離を伸ばし、ここが野球場ならホームラン級だったんじゃないかというくらい、高くそして遠くに飛んでいく。思わず、ボールを視線で追えば、その先に持田先輩の姿を見つけた。
最近は委員会もないし、久々にみた持田先輩。
思えば、持田先輩は剣道部だった。あの見た目、言動からはとてもとても剣道部に見えないのだが、どうやらがんばっているらしい(それでも中学の頃に比べれば、だけど)グランドで一人剣道着姿で走っている持田先輩。 持田先輩のことだから何かをしでかして走りこみさせられている可能性のほうが大きそうだ。あの人はくだらないことで周りを怒らせるプロだから。どうせ、また何かしでかしたんだろう。
持田先輩のことだし、と考えながらそのまま持田先輩を見ていれば剣道着の裾にでも足をとられたのか、持田先輩はグランドの中央で派手にこけた。 まったくもって、ある意味期待通りの人だ。
周りの視線を集め居心地悪そうに立ち上がる持田先輩を見ていれば、笑いがこらえられずいつの間にか頬がゆるんでいた。もしもこれが綱吉くんの前じゃなくて持田先輩を目の前にしていたら、爆笑してしまっていたに違いない。いろいろな意味で持田先輩は私にとって気を使わない先輩である。ほんとに色々な意味、で。
(中学のあんな姿を見たら、気を使うのも馬鹿馬鹿しく思えちゃうって)
ハゲという言葉には人一番敏感な持田先輩は私にとって、先輩であり、先輩じゃないのかも。
「…?」
「あっ、な、なに?!」
「なんだか、嬉しそうだけど、何かあったの?」
人の不幸を喜ぶようなことはだめだと分かっている。それでも、あの持田先輩のこけっぷりを思い出せば笑いをおさえることができない。ましてや普段かっこつけていることを知っているからこそ、笑わずにはいられなかった。
手をとめてシャーペンをおいた綱吉くんが首をかしげる。どうやら、グランドを見ながらにやにや笑っている私を不振に思ったらしい
(は、恥ずかしい…!)
綱吉くんにへんなところを見られていたと思うと、恥ずかしくてたまらない。誰だって、好きな相手に変なところは見せたくないものだ。 それに私の場合もう何回もそんなところを見られてしまっている気がするし(泣いちゃったところとか見られたし!)、これ以上変なところを見られてしまったら困る。どんなに綱吉くんが優しいからって、さすがに変なところばかりは見せられない。
けれどやってしまった、と思っても時既に遅し、こちらをまっすぐに見つめてくる綱吉くんと視線を合わせることも出来ず私は口を噤んだまま、うつむいた。
そんな私に綱吉くんは視線をグランドのほうへと向けた。
「グランド、見てたでしょ」
「え、うん」
静かに言われた言葉に顔をあげて、綱吉くんを見る。綱吉くんの視線はグランドへと向けたままで、私も同じようにグランドへと向けた。いつの間にか立ち上がっていた持田先輩はグランドを再びゆっくりと走っている。やる気があるのか、ないのか、剣道着だから走りにくいとは思うけど、あれはどうかと思う……持田先輩、まじめに部活やるようになったんじゃなかったの?
「持田、先輩?」
綱吉くんの声がわずかに低くなった気がするのは私の勘違いなのか。
怒ったのかな?とは思っても本人にそれを直接聞くことなんて出来ずに、私は綱吉くんの質問にただただうなづいた。
「持田先輩があまりによいこけっぷりしたから、」
「そう、なんだ」
「今度からかってやろうかな、なんて思って」
あはは、と笑みをうかべる私とは反して綱吉くんの眉間にしわがよせられる。普段は笑っていることのほうが多い綱吉くんにしては珍しい表情だ。困ったように眉をよせて笑うことはあっても、こんな風に不機嫌そうな表情を綱吉くんはしない。
今のどこかに綱吉くんを不機嫌にさせるようなことに思い当たる節もなく、私は笑みをうかべるのをやめてまっすぐに綱吉くんを見つめた。
「持田先輩、か」
ボソっと吐き出されたのは名前。その声は変わらず、低く、持田先輩。あなた一体綱吉くんになにをしたんですか、と聞きたくなるような声色だった。
持田先輩と綱吉くんの接点と言えばやっぱり中学時代のことしか思い出せない。とはいっても、持田先輩はと言えば綱吉くんには未だに変な対抗意識を持っているようだし(綱吉くんは全然相手にしてないけど)持田先輩が変な迷惑でもかけたんだろうか。それもありそうなことではあるけれど、基本持田先輩は綱吉くんに近寄らない。トラウマやら、色々持田先輩本人も葛藤があるらしい。
「持田先輩がどうかしたの?」
「あー、いや、そんなことはないんだけど」
言いづらいことなのか綱吉くんは私と視線をあわそうとしない。しかし、決心がついたのか、まっすぐ綱吉くんがこちらをみた。
「少しだけ持田先輩に妬いちゃうなぁ、なんて」
「え?」
「あはは、俺な、なにいっちゃってんだろうね!」
焦ったように片手を前につきだし、眉を寄せながら微笑む綱吉くんの顔は赤い。そして、たぶんきっと私も同じように赤くなっていると思う(綱吉くんのがうつっちゃったんだよ!)
でも、笑みが抑えきれない。
だって、こんな風に言われて嬉しくないわけがない。
だって、綱吉くんも私と同じ、なんだ。
綱吉くんが京子ちゃんと話す度に不安になってしまうのは今でも変わらない。綱吉くんのことは信じている。でも、やっぱり暗い方へ暗い方へと考え込んでしまうことがあるのも事実で、たまにいつかまた綱吉くんは京子ちゃんを好きになってしまうんじゃないか、なんて思ってしまうことがある。二人で話しているところを見るとよっぽど自分よりお似合いなんじゃないか、って。でも、そんなこと綱吉くんには言えなくて。
それに綱吉くんはどんどんかっこよくなるから、ほかの可愛い女の子だってほおっておいてはくれない。
そんな風に思っていることは綱吉くんの重荷になってしまうとずっと思っていた。
でも、綱吉くんも私と同じ不安を抱えてくれていたんだ。
好き。
思っていても恥ずかしくて口に出せないほうが多いその言葉。それを今なら素直に言えそうな気がした。いや、言いたい、と思った。
綱吉くんに私がどれだけ綱吉くんのことが好きなのか、大好きなのか知ってもらいたい。自分の気持ちを押しつけるようなことだとは思いながらも私は我慢することができずに、綱吉くんに視線をあわせて少しだけ身を乗り出してはっきりと紡いだ。
机の上に置いていたノートに皺ができていたけれど、今は気にしていられなかった。それよりも、もっと。もっと大切なことがある。
「綱吉くん、大好き」
こんな一言じゃおさまらないくらいに好き。好きすぎて困ってしまうくらいに、好き。心臓が自分でも制御できないくらいに好き。
「うん、」
私の言葉に綱吉くんは一瞬目を丸くしながらも次の瞬間にはとても、嬉しそうに、笑った。それがたまらなく嬉しくて私も笑みを返す。
ちょっとずつ。
「俺も大好き」
恥ずかしそうに、それでも告げられた言葉に私はもう一度同じ言葉を彼に送った。
だけを、見て?
(2010・03・30)
ゆんゆんへ!
自分は持田先輩を輝かせ隊を主張。
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