私達の後ろに伸びた影が重なるか重ならないぐらいの距離を保ちながら、夕暮れに染まる道を私と綱吉くんは二人並んでゆっくりと歩いて帰る。付き合いだしてから、これは私達のなかでは当たり前のことになっていた。それでも、まだまだ私はこの二人きりの状況には慣れない。いや、まぁ、正直、綱吉くんと一緒に帰れるのは嬉しい……のだけど、以前より近くなったこの距離に緊張してしまうのは毎回のことで、綱吉くんの手がたまに私の手をかすめてしまった時にはその緊張も半端ないものへと変わってしまう。思わず何を言って良いのか分からなくなるし、会話の途中であっても、言葉が詰まってしまうことだったある。
「?」
――今だってそうだ
ただ少しだけ綱吉くんの手が私の手の甲に当たっただけなのに、異常に反応してしまう自分が憎い(あぁぁ、もう!私の馬鹿っ……!)思わず詰まる言葉。それを心配して綱吉くんがこちらを振り向く。落ち着け、と言われて落ち着けるわけがないこの状況に私は静かに頭を抱えた。
付き合う前は二人っきりなんてどうってこと、なかったはずなのに。いや、あの時は、ただただ綱吉くんと二人っきりになることは苦しかった。まさか、綱吉くんが私を好いてくれているとは思ってもいないで、二人っきりの状況なんて望んでいなかった。
でも、今は望めはすぐに綱吉くんと一緒にいられる。綱吉くんと一緒にいると幸せな気分になれる。なのに、二人っきりになると綱吉くんにそれを伝えることもできない。私は綱吉くんに心配させてばかり、だ。
「大丈夫?」
「あ、うん、全然大丈夫だよ!」
本当は大丈夫じゃないなんていえるわけがない。すぐ近くにある綱吉くんの顔は、やっぱりかっこ良くて私の心臓にはとても悪い。って言うか、悪すぎる。だけど、離れて、なんていえるわけがなくて、私は自分の手を顔の前に出し、なんとか綱吉くんの顔を隠した。離れてほしいわけじゃない。ただ、離れてもらわないと私の心臓がもたない。
自分の真っ赤になっているであろう顔を隠しながら「大丈夫だから」ともう一度綱吉くんに告げる。
「そっか、なら良かった」
そう言って微笑む綱吉くんの優しさにまた私の心臓はドクンとはねた「……うん。ありがとう、綱吉くん」と言えば、より一層綱吉くんの微笑みは優しいものへとかわる。あぁ、好きだなぁ、と思えるこの瞬間がとても心地良くて、また、綱吉くんに悪いことをしてしまったと後悔の念が私に押し寄せる。
再び歩き出した時には、学校をでたときよりも、私と綱吉くんの二人の影は伸び、空にはいくつかの星が見え隠れしていた。弾む、と言うほど弾んではいない会話は私が作り出しているものだけど、その会話さえ心地よく感じられるのはこの会話の相手が綱吉くんだからなんだろう。
一緒にいるだけで、心地よいなんて、綱吉くんの存在は偉大だとつくづく感じる。
「いつも、送ってくれてありがとうね。綱吉くん」
「俺がと一緒にいたいだけだから」
少しだけ恥ずかしそうに言う綱吉くん。だけど、言われた私はもっと恥ずかしい気持ちになった。でも、綱吉くんがそんな風に言ってくれることが嬉しくてたまらない。
「……でも、私よりも綱吉くんのほうが襲われる可能性が大きいと思うんだけど」
「いやいや、絶対にそれはないから!」
はっきりと断言する綱吉くんに、私は心の中でまたまた〜なんて思ってたりした。でも毎日家まで送ってくれる綱吉くんには今でも、綱吉くんを私が送った方が良いんじゃないの?と言うのに、綱吉くんは私にそれをさせてくれない(本当に私なんか襲う人なんて一人もいるわけがないのに……!)だけど、そっと横を伺うように見れば綱吉くんの横顔はとてもかっこ良くて、その横顔を見ればさらに綱吉君の方が危ないと思えてくる。私、綱吉くんに送ってもらえるのは嬉しいけど、綱吉くんが誰かに襲われるのは絶対に、嫌、だ。
「綱吉くん、」
「何、?」
「私、綱吉くんが襲われたりしたら嫌だからね!」
「えぇ?!ちょ、ちょっと、何言ってるの?!」
「だって、綱吉くんかっこ良いから、絶対みんなほっておかないと思うんだって!私なんかより、絶対に危ない!」
私の言葉に綱吉くんは私から視線をずらすと、ハァとため息を吐いた。なんだか、私が変なこと言ってしまったような気分だけど、でも、私は変なことなんて一つも言ってない。これは綱吉くんの周りにいる人なら絶対に感じてることだと思う。獄寺くんなんかは絶対にそう思ってるに違いないと思うし……って、私、何普通に綱吉くんにかっこ良いなんて言っちゃってんの?!
先ほどの自分の言葉を思い出し、少しだけ恥ずかしくなった。まだ、私は綱吉くんに直接、好きだとかかっこ良いなんて言うのには照れてしまうし、恥ずかしさがある。いや、友達に言うときにもそれはある。私のかっこ良い発言に綱吉くんは気づいているのか気づいては分からないけど、少しだけ間をおいてから「だって可愛いから、危ないよ」と小さな声で言った。その一言にやっと落ちついてきた心拍数があがる。
「褒めても何もでないからね、綱吉くん……!」
半ば心拍数を上げた綱吉くんにまるで八つ当たりのように睨みつけるように言えば、綱吉くんは少しだけ焦ったように「お、お世辞なんか俺言えないから!」と首を横に振りながら伝えてくる。
そんなこと分かってる。綱吉くんがお世辞なんかをいえない人だということは。だからこそ、性質が悪いんだ。綱吉くんが言ってること一つ一つが私を思っての本音だとわかってしまうからこそ、綱吉くんの一言一言に翻弄されてしまう。それが綱吉くんが何気なく言った一言であっても、一緒だ。
「ねぇ、」
私の名前を呼ばれ、気づいたときには既に、私の手を綱吉くんの手が握っていた。思っても見なかったことに驚いたような顔で綱吉くんを見れば照れたように笑いながら「手、握っても良いかな?」なんて私に聞いてくる。そして、やっぱり嫌?と不安そうに聞いてくる綱吉くんは策士じゃないかと思う。そんな嫌なわけないのに。
私は首を横にふり、綱吉くんの顔をしっかりと見て、本当は恥ずかしくてたまらなかったのもこらえて「綱吉くんだから嫌じゃないよ」と言っていた。それを聞いて嬉しそうに笑う綱吉くん。私も、嬉しくなって笑っていた。
いつの間にか、もう私の家はすぐそこまで迫っている。もうすぐこの手を離さないといけないかと思うと寂しいな、なんて思っていれば、綱吉くんが私の手を握る手が少しだけ強くなっていた。
「……の手暖かいや」
「綱吉くんの手も暖かいよ」
いつもより近い二人の距離。心臓はいつも以上にドキドキと音を立てていたけれど、いつも以上に心地よくていつまでも綱吉くんのこの暖かさを感じていたいと思った
「……俺の手は全然暖かくないよ」
笑った綱吉くんの顔が寂しそうに見えて、私は綱吉くんの手を握る手を強める。こんなに綱吉くんの手は暖かいのに、どうしてそんなことを言うんだろうか。そんなことを思っていれば綱吉くんは私が握る手を強めたのに気づいたのか、少しだけ驚いた表情をすると「ありがとう、」と言った。いつも、彼は私が何かする度にお礼を言う。彼は私の何にお礼を言っているんだろう。そのあと、すぐに分かれた私は綱吉くんに何も聞くことができずにただ家へと帰っていく綱吉くんの背中を見つめた。
ありがとう、。私にはそんなこと言われる覚えはないというのに、彼のこの言葉はもう口癖のようになっている。だけど、何にありがとうなのか、何故か私に綱吉くんに聞くことができなかった。
伸びる影、縮む距離
(2008・05・19)
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