騒がしい公園の中、そんな中で彼女はひっそりと誰にも気付かれないような場所で泣いていた。それを見つけた俺はいつものようにすぐさま彼女へと駆け寄っていく。足音で誰かが近づいたことには気づいたんだろう。肩だけがびくりとはねる。だけど、彼女は顔をあげようとせず、ただ近づかなければ聞こえないほどの小さな嗚咽をこぼしていた。
泣くな、と言えば彼女はこちらをただただ茫然と見上げ、俺をうるんだ瞳でまっすぐに見つめてくる。目の周りはこすりすぎたせいか少し赤くなってて、たまらず土の上にそのまま座り込んでこちらを見上げる彼女の瞳に俺は手を伸ばす。それだけでまるで洪水のようにあふれてきていた彼女の涙はすぐにとまる。
目も赤く、鼻も赤くなってしまっていることに眉をひそめながらも、もう一度泣くな、と声をかけた。
「くにみつ」
今まで泣いているのがまるで嘘だったかのような笑みで、は俺の名前を呼ぶ。満面な笑みをうかべたに、俺も笑みを返せば、彼女の笑みはさらに深まる。
これは、が泣いたときの毎回のやり取りだった。
小さい頃の、忘れられない大切な俺の彼女だけしか知らない秘密のやり取り。今ではもうすることのなくなった、懐かしいやり取り。
とてもとても泣き虫な幼馴染をあやすのはいつも自分の役目だった。小さい頃の彼女は多分きっと毎日のように泣いていたんじゃないだろうかと思うくらい、泣いている思い出しかない。そしてどんなに誰が何をしても泣きやなかった彼女の涙を唯一止めることができる自分だった。
彼女の両親でも、仲の良い友達でも、好きな先生でも止まることのなかった涙、その涙を俺だけがとめることができた。
だけど、それがいつからかは俺の目の前では泣かなくなっていた。泣きそうになっても、唇の端をかみしめて泣くのをこらえる。
その瞳からは涙がこぼれることはない。
泣いたら泣いたで泣くな、と思うはずなのに、泣くのを我慢するくらいなら泣けば良いと矛盾したことを思ってしまう。でも、きっと彼女にとったら泣くことよりも泣くのを我慢するほうがきついんじゃないだろうか。唇をかみしめる姿は、見るたびに痛々しく感じる。
だから、が泣くのを我慢しないでほしい。泣いたら、俺の手でぬぐってやるのに、と思ったのも、もう数えきれない。
だけど、いつの間にか俺の手では彼女の涙を止めることができなくなっていたようだ。
「、大丈夫か?」
「うん、大丈夫。大丈夫だから、」
大丈夫と言いながら彼女の瞳からは未だに涙がとまらない。
泣くな、泣くな。
そう思いながら必死に彼女の瞳に手を伸ばす。しかし、どんなにぬぐっても彼女の瞳からこぼれおちる涙は止まるそぶりさえ見せない。小さい頃なら、すぐにとまったはずなのに。なぜ止まらないんだ。なぜ、俺の手でとめることができないんだ。と思っても、いつまでも目の前のお前の涙は止まらない。
もう俺の手ではお前の涙をとめることができないのか?言葉にできない問いかけがぐるぐると心の中で駆け巡る。
「ごめんね、国光」
俺の名前を呼びながら、彼女はただただ謝るだけで涙の理由を語ろうとはしない。俺の名を紡ぐ前に、その理由を語ってはくれないのか。
俺が今、一番聞きたいのはお前が泣いてる理由なんだ。
俺はどうすれば良い?俺には何ができる?
お前が泣きやむんだったら、何でもしてやる。
いや、でも。
理由を言われたところで俺は何もできないんだろう。何でもしてやるなんて、言っても、俺には何もできない。俺はもうすぐ彼女の傍から離れてしまう。離れ離れになってしまう俺に何ができるというんだろうか。
それでも、この先彼女の涙をぬぐうのが自分以外の人間だと思うと悔しくてたまらないなんて身勝手なことを思ってしまう。傍にいてやることもできないのに、泣くな、なんてわがままな自分の思い。
彼女の涙をぬぐうために延ばした手が空をかく。
小さい頃、が泣くたびに涙をぬぐってきた。ずっと、ずっといつまでもお前の涙は俺がぬぐってやる、と思っていたのに。
今のこのありさまはなんだろうか。
とまらないお前の涙が、痛くてたまらない。
まるで俺なんてもういらないと言われたような錯覚まで起こしてしまいそうだ。そんなの自分の思い違いだとは分かっているのに。
「?」
お願いだから泣かないでくれないか。
これから俺はお前の傍を離れてしまう。だけど、こんな風に泣かれてしまっては一緒につ入れていきたいと思ってしまう。彼女には彼女の進路があると分かっているのに、一緒にいてほしいと思ってしまう。
「大好き、だよ」
その言葉に俺は再びに手を伸ばした。でも、それはの横をとおり、背中へと回る。抱きしめた体は小さい頃と比べて、大分華奢で自分との違いが感じられた。あの頃は自分とまったく同じように感じていたのに、とこみ上げてくる気持ち。それでもの体温は、この暖かさは今も変わることがない。
の息をのむ音が聞こえる。でも、離れたくない。離したくない。
「好きだ、」
お前が何を言おうと俺がドイツに行くことをやめることはないだろう。俺には俺の道があり、お前にはお前の道があるのだから。それでも、今は違う道を歩もうともその先の未来は一緒にいたい、だなんて俺は馬鹿なんだろうか。
お前が応援してくれれば何でもできる。お前が応援してくれるからドイツに行こうと思った。
「すまない」
こんな我儘を言う俺を許してほしい。
だけど、俺のいないところで泣くんじゃない。お前の涙を止めるのは俺の役目なんだ。
俺の背中に回す手はとても小さくて、頼りない。でも、今の俺にとってはそれで充分だった。腕の力をぬいて、から体をはなす。
真っ赤になった瞳、鼻だって赤い。それでも何よりも愛おしく感じ、自然と表情が緩む。
「泣くな」
小さいころから何回も繰り返した言葉を紡げば、先ほどまで溢れて止まらなかった涙はぴたりと止まった、こちらを見上げてくる表情が小さい頃と重なる。あぁ、やっぱりお前は何もかわっていない。
泣き虫なところも。この暖かさも。
そして、その笑みも。
「国光」
小さい頃の秘密のやり取り。笑みを浮かべたに俺も笑みを返す。
「」
ずっとずっと、海を超えてもお前を思う。誰よりも大切な女の子。泣き虫でなお前、を。
消えた涙の行方
(2009・09・02)
手塚短編の続き?というか手塚視点の話。以前、手塚視点で読みたいと言われたので書いてみたんですが……ちょ、どこが手塚?みたいになってしまい申し訳ない限りです。シリアスな甘さを目指したんですが、私には無理でした。す、すみません!
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