私の幼馴染は頑張り屋さんだ。多分他のどんな人よりも頑張りやさんで、いつのころからか私にとって彼はかなり遠い存在になっていた。
隣に立っているにもかかわらず彼の見つめる先は常に遠い。
私なんて見ることもなく彼の視線はいつも外の世界へと向けられていた。遠い遠いところを見つめる彼に、私を見て欲しいなんて、言えるわけがない。そんな我侭なこといえるわけがない。
それに彼の視線が外へと向けられているからこそ彼は彼でいられるんだろう。卒業が間近にせまり皆が最後の追い上げをしている中で彼だけは落ち着いて目の前の現実ではなく遠い未来のことへと思いはせているようだった。
早々に大学進学を決めた私。そして、早々とドイツへと行くことを決めた国光。
彼と共にある時間はもう残り僅かだ。
担任の先生との大学のことで話した後、私は急いで教室へと戻った。ドアをあけた先、本に視線を落としていた人物がまっすぐに顔をあげこちらを見つめる。
「遅かったな」
「大学のことでちょっとね」
苦笑交じりに答えながら、国光に「待たせてごめんね」と謝る。眼鏡をあげ読んでいた本を鞄へとなおす仕草はとても優雅で、思わず見とれてしまいそうになる。
しかし国光の机の端に置かれた本をみると一気に現実に戻されたような気がした。
一冊のドイツ語の辞書
慣れない言葉に戸惑ってまで彼がドイツに行くことに意味があるのだろうか。そんなこと国光を応援していることになっている私が思ってよいことではない。
でも、そんなこと思ってしまうのは彼に遠くに言って欲しくないという思いも私の中に確かにあるからで、でも行かないで、と私が言ったところで彼の意思が変わるわけがない。
彼は頑張り屋さんで、そして一度やると決めたことはやってしまうある意味頑固者なのだ。
近づいてきた国光の手が私へと伸びる。暖かいこの手ももう少しでなくなってしまのか。そう思うと涙がポロポロと零れてきてしまそうになって、鼻の奥がツン、とした。
大好きなのに。それなのに彼は遠くに行ってしまうのだ。
「、大丈夫か?」
「うん、大丈夫。大丈夫だから、」
大丈夫だからお願いだからその手をこちらへと伸ばさないで。その手に縋りつきたくなってしまうから。その手をもう離したくないと思ってしまうから。
国光は私が縋りついて離れたくない、と言って周りの目を無視して大泣きしたら私を包み込んでくれる?
どうせ、包み込んではくれないんでしょう?
国光、と名前を呼んでしまえば私の瞳からは涙が零れだしていた。あぁ、困らせたいわけじゃないのにね。ごめんね、国光。私が泣いても君を困らせてしまうだけなのにね。それでも、この涙はとまらないの。君が好きだから、大好きだからその分だけ涙が零れだしてしまうの。
目の前で眉をさげて、どうした?と言って私の涙をぬぐってくれる君。
小さい頃から泣き出してしまった私をあやすのは国光の役目だった。お母さんでも、お父さんでも駄目。国光だけが私の涙をとめることができたのに。今は彼が私の涙を拭ってくれてもその涙が止まる気配はない。
拭っても拭ってもでてくる涙。
国光でもとめられない涙があったんだなぁ、なんて今思ってしまうのは不謹慎なのかもしれない。
それでも、これからは私の涙と拭ってくれるのは国光じゃないんだ。そう思うとどうしても涙がとまらなくなってしまう。
「ごめんね、国光」
困ったような表情。その表情からは若干の焦りの色も伺える。元生徒会長、の手塚国光がこんな表情をするだなんてきっとあまり知っている人はすくないことだろう。うろたえているように見える国光が少し可笑しくなって私は泣きながら笑った。
ごめん、とだけ繰り返しながら私は彼の手をやんわりと自分から離した。
あれほど離したくないと思っていた国光の手。でも、離さないといけないということを私は分かっている。彼の手はこれから多くの今まで以上の栄光を掴み取ってくるんだろう。
私の手ではなく、ラケットを掴んで。
国光の手をとる。私の手とは違い、筋肉がしっかりついて、たこもあるその手。暖かいその手は私だけの手ではない。もしかしたらこれから先、私以外の女の子の涙を拭うことに使うかもしれない。
それは少し嫌だけど。
でも、私は結局彼の手が大好きなのだ。彼の手が私の涙を拭うよりも、ラケットを握っているときのほうがすきで、この手を握りこんで、彼らしくもなく感情を表にだして、勝った喜びに浸っている時が何よりも好き。
そんな大好きな彼は彼がドイツに行くことでしか見続けることができない。
「?」
だから私は彼と離れ離れになってしまったとしても私は彼を応援し続けるんだろう。彼が彼である限り、手塚国光はテニスをやり続けるのだから。私は手塚国光という一人の人間が大好きで彼がラケットを手に持ったあの日、私は楽しそうにテニスをする国光に惹かれたのだから。
「大好き、だよ」
ずっとずっと、海を超え君を思うよ。誰よりも大切な幼馴染。頑張り屋さんな君、を。
掌へと消えた
一粒の涙
(2009.01・08)
短編初書き手塚です。何だか急に切ない手塚の話を書きたくなったのですが、び、微妙ですね…!短編は(いや、連載もですが)短編の方が書くのが苦手です。最近小説を書いてなかったのでリハビリ、と思いながら書いたんですけど、手塚ファンの方々すみませんでしたぁぁ!
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