観月はじめ、と言う人物に興味がわいたわけではなかった。ただ周りからの情報から小さな好奇心に火がついて、私は観月はじめがどんな人物なのかを少しだけ知りたいと考えるようになっていただけで……クラスも違う。きっとこれからもその人物を深く私が知ることはないと思っていたのに、どうしてこんなことになったんだろうか。私はことの発端を思い出しながら観月はじめがいると聞いたテニスコートの前ではぁ、と息を吐いた。


私はことの発端になった木更津を遠めににらみつける。それをあいつは知ってか知らずかこちらに向かって笑顔を返してきた。







ことの発端は実にくだらないことだった。友達がいつものように観月はじめという人物の噂話をしていた。そのとき、私はある一言を言ってしまったんだ。この一言さえなければ私は今この場所にいなかったことだろうと思うと、私は唇をかみ締めただ悔しがることしかできない。どうして私はあの時あんな事を言ってしまったんだろうか。本当に。こんな放課後、周りのミーハーな女の子に囲まれ、興味のないテニスを見ることなんて私はしなくても良かったはずなのに。さっさと家に帰り、英語の宿題にでもとりかかっていたはずなのに。





「一回、その観月はじめって人見てみたいな」

「じゃあ、見に来れば良いよ」





私の一言にそう返事を返したのは友達でもなく、クラスメイトの木更津だった。女の子の会話に口を挟むなど、今考えれば言語道断。だけど、それが許されるのが木更津なんだろう、と思う。

私はその後ろから聞こえてきた木更津の声にゆっくりと振り返った。そこには笑顔でこちらを見ている木更津の姿。そして、もう一度私と目があい、彼はゆっくりと「今日の放課後にでもおいで。どうせ、いつも暇なんでしょ?」と、さりげなく嫌味を混ぜた一言を私に言い放った。もちろん私だって否定をした。そこまで気になる人物でない観月はじめを見に行くほど、私には暇が……ないわけでないけど。それに、別に私はわざわざ自分から観月はじめを見に行こうと思うほど見てみたい人物なわけじゃない。だが、私の意見はほぼ無視の形に近かった。放課後、半ば強制的に私はテニスコートへと連れてこられてたのだから。それも、木更津は私にどの人が観月はじめなのかを教えずに自分は意気揚々とテニスに取り掛かった。テニスコートから中の人物を見る。一体、私にはどの人が観月はじめなのかは分からない。







観月はじめ、のうわさを思い出す。かっこよい、とかクールだとかの良いうわさもあるが、悪い噂もちらほら聞く。と言うか、もしかしたら悪い噂のほうが多いかもしれない。それでも、観月はじめがこの学校の女子の話題にあがるのはその見た目にあるらしい。私としては悪い噂がある人によく恋心なんて抱くことができるな、と思ったりするところがあるけれど木更津はどうやら仲が良いみたいで、木更津と仲が良いということはそこまで悪い人じゃないじゃないのかとも思ったりする。木更津は何だかんだ言って人を見る目はあると思うから。





「(だけど、本当誰が観月はじめなんだろう)」



そんな噂だけで見つかるわけがないと思いながら、私は少しだけテニスコートを離れそばにあった水のみ場で、もう一度大きくハァと息を吐いた。時刻は5時前。帰宅部の私にはもう遅い時刻だと言っても過言ではない。このまま帰ってしまおうかという気持ちもあるけれど、ここまで来たのに観月はじめを見ずに帰ってしまうのはもったいない気がしてならない。もう少し何かヒントでもくれれば、観月はじめが誰か私にも分かったと思うのに。まったく、やってられない。明日、木更津には文句の一つか二つでも言ってやろうと思いながら、水のみ場からテニスコートを見据える。ここからじゃ、中にいる人の顔なんてはっきりも見えないから本当に誰が誰かなんて分からない。でも、あのミーハーな集団の中に戻ることは躊躇した。







「どうしました?」

「え、あ、はい?」

「さっきからテニスコートの方を見ているようでしたが」





突然かけられた声に振り返ればそこには制服をしっかりと着こなし髪の毛には緩いウェーブのかかった男の子がいた。かっこ良い人だ、と素直に感じられるその容姿に私は僅かな時間目を奪われた気分だった。でも、すぐに現実に戻る。そんな長い時間まじまじと見ていては目の前の人物に失礼に決まっている。私はその男の子の質問を頭の中で反芻して、すぐに答えをだした。





「少し見てみたい人物がいて」と。馬鹿正直に答えてしまったと、言ってしまってから思った。初対面でこんなことを言う女なんて馬鹿丸出し、目の前の男の子だって良い印象をうけないだろう……って、私は何を考えているんだろう。別に初対面の男の子に良い印象をうけなくても関係ないはずなのに。だけど、目の前の男の子は嫌な顔せず、ただ、そうなんですか、と一言返してくれた。それだけのことだったのに、私の胸はなぜか熱くなってしまった。こんなにかっこ良い男の子と話すことなんてめったにないし、多分そのせいだろう。





「それで、その見てみたい人物とは?」

「あー、えっと、その」


答えにつまる。観月はじめを見にきました、なんてさすがに見知らぬ人にいえるわけがない。




「あれ、。観月が誰か分かったんだ」


いつもこいつはいきなり!とは後ろから突然声をかけてきた人物である木更津を私はとっさににらみつけた。それも、観月が誰か分かったんだ?だって。何を言ってるんだよ木更津は、と思っていれば「あぁ、僕がその見てみたい人物だったんですね」と目の前の男の子が言った。私はその一言の思わずえ、と声を出す。その様子を木更津が笑いながら見ていた。






「なんだ、分かったわけじゃなかったんだ。そいつだよ、観月は」




木更津の言葉に私はもう一度観月はじめ、と言われた人物を見た。確かに見た目は私が目を奪われるほどかっこよい。これなら確かに噂になるのもわかる。だけど、私が聞いていた観月はじめは初対面の私に優しく話しかけるような人物ではなかったと思うのに。まぁ、所詮は噂だったからそれが本当のことかなんて私は知らないけど。







「えぇぇぇ!」

「うわぁ、観月ってば叫ばれてるじゃん」

「うるさいですよ、木更津。君はさっさと部活に戻りなさい」





観月、くんに向かって驚きを隠しきれない私には嫌な顔をせず観月くんは木更津に早く部活に行くようにと、木更津をにらみつけながら言った。木更津はそれに大人しく従いテニスコートの方へと戻っていく。そのときに、何か不可解な笑みを残すことも忘れずに。私は、この空気に気まずさを感じながら観月くんを改めて見た。まさか、本人だったとは!こんな偶然なんて、なかなかないに決まっている。って言うかあってたまるか!という気持ちの方が大きい。失礼なことをしてしまったと思った私は、「ごめん」と、一言口にしていた。





「何故、謝るんですか?貴女が謝ることなんて別に何一つないと思いますけど」

「いや、なんとなく……」

「なんとなく、で謝られた方がこちらとしては不愉快ですよ」






少しだけ(いや、かなりだよ!かなり!)きつい観月くんの一言に、私はムッと眉を寄せた。でも、本当のことだから何も言い返すことはできない。確かになんとなくで謝られても相手は良い気持ちはしないだろう。いや、だけど、その言い方はないんじゃないの?やっぱり観月くんは噂どおりの人だったんだ。さっきは、私の馬鹿みたいな一言にも嫌な顔をしなかったらよい人かと思ったけど、そんなことなかったのかもしれない。胸が熱くなったので絶対に勘違いに決まってるよ!


目の前の観月くんは、そう言ったあと、少しだけ笑みを浮かべた。胸が熱くなったのは勘違いだったと自分に言い聞かせたばかりだったのに、私の胸は再び熱くなるのを感じた。




「しかし、貴女が僕に会いに来てくれたのは純粋に嬉しいと思いますよ」




ふんわりとあまりに観月くんが嬉しそうに笑いながらいうものだから、私は馬鹿正直に顔を真っ赤にしてしまった。そんな私に、少しだけ照れたような顔を見せながら観月くんは「では、部活がありますので」と言って歩き出した。しかし、その足をとめて、観月くんがこちらを振り返る。私はそれを呆然とした顔のまま見つめた。






「……僕が貴女が会いにきてくれたのを嬉しいと思った理由が気になったらテニス部の部室にでも来て下さい」





待ってますよ、さん。と言うと観月くんは再び踵を返し歩き出してしまった。これって、どういうことなんだろう。と思うよりも先に「僕に感謝してよね観月」とフッと私の後ろから木更津が現れ事に心臓がドキッと思いっきりはねた。口から心臓がでるっていうのは中々上手い表現だと思う。実際に今の私は心臓が口からでそうになるくらい驚いた。驚いた私の顔を見た木更津はクスクスと笑うと(結構、嫌な笑い方だった)「今からでも部室に行けば」とテニス部の部室の方を指差した。木更津の言葉に素直に従うのは癪ではあったけれど、観月くんの言葉が気になった私はテニス部の部室の方へと向かっていた。テニス部の部室を訪れたときの観月くんの顔を想像すると、少しだけ可笑しくなった。












(2008・04・16)

石田ボイスにときめきが隠せません

もしかしたら続くかもです。予定は未定。