あまり学校での思い出はない。俺にとっては、学校なんてものは意味をなさなかった。
生徒も教師も、俺にとってはどうでもよいものだと、もう歩くことは最後になるであろう廊下を歩きながら、スクアーロはふと思った。この校舎で誰一人、彼の記憶には残らないのではないか、と言うぐらい彼はこの学校に対して無関心だった。
学校は彼にとって面白くも何ともない、なぜ、まわりの生徒はこんな場所で笑えるのだろうかと疑問に思えるほどつまらない場所であった。
彼が今、面白いと感じられるのは強いものとの戦いだけ。自分より強いものがいない学校なんて面白くもなんともない。そう、だからこそ彼はこの校舎を去り明日から最強暗殺部隊であるヴァリアーに入隊するのだ。
しかし、そんな彼の記憶に残るであろう人物もいた。
それはやけに色っぽく青い瞳とブロンドの髪が艶めかしい女でもなく、ましてや、小難しい公式や、言葉を教えるような教師でもなかった。
それは、ただ一人の自分と同い年の金髪の髪をした青年であった。そして、学校で通うであろう最後の日に、また新たに彼の記憶に刻まれるであろう人物が一人増えた。
それは、ただ一人の東洋人の女だった。これと言って、目立つような女でもない。ただの、本当にただの東洋人の女であった。
気に食わない奴がいた。弱いくせに正義感にあふれる奴。見るだけで虫唾が走るような性格の奴だった。
名前は確か、ディーノといったか。もしかしたら、裏世界では跳ね馬と言ったほうが有名かもしれねぇが。だが、どんなに気に食わない奴だと言っても、俺の記憶の中にはそいつの名前と顔ぐらいだけ。何が気に食わなかったのかなんていうことは分からない。ましてや、奴と話したことなんて一回も無いはずだ。なのに、俺はそいつが気に食わなかった。
それは、きっと奴の性格が俺は嫌いだったからなんであろう、とスクアーロは思った。
そして、自分が通った教室のドアをあけてあることを思い出した。そいつの近くにはいつも一人の東洋人の女がいた。
名は確か・・・・・・知らない。知っているのは、その女が自分と同じクラスだった、と言うことだけだった。
「スペルビ・スクアーロ」
そして、そいつは今、俺の名前を口にした。その声には、俺に対する恐怖も、ましてや跳ね馬の名を紡ぐ時のような愛しそうな声でもなかった。
別に跳ね馬を呼ぶように俺の名を呼んで欲しいとは思わねぇが、何か気に食わなかった。
しかし、そんなこと特段気にすることなんてなかった。俺はどうせ明日からこの学校には通うことはない。
跳ね馬も、この女もただの過去の背景でしかない。ただ、気に食わない男の女がこの女であったと言うことだけだ。俺が特段、気にする必要もねぇ。
「あなた、明日からヴァリアーに入隊するのね」
名も知らない女が、言った。今まで話したことのない奴から話しかけられるなんて、いつもなら煩わしいことなのに、何故か俺は素直に「あぁ」と答えた。きっと、弱いであろうこの目の前の女に剣を下ろすことが、面倒くさかったのであろうと、俺は自分に言い聞かせた。女はそれ以上何も言わなかった。ただ、視線を外し、朱色に染まる窓の外を見ていた。
その表情が、綺麗だった。訳ではない。
だが、何故か俺の瞳はその光景をしっかりと目に焼き付けていた。ずっと、俺はその女を見ていた。
「たくさんの人を殺すのね」
ボソリ、と女が呟いた。俺はそれのどこがいけないのか、と思った。
「お前も、いずれそうなるだろぉ」
マフィアの子供がたくさん通う学校。その中で、マフィアにならない可能性のほうが低かった。だからこそ、俺はこの女もいずれマフィアになるのだろうと、思った。
スクアーロの言葉に女はただ一言「えぇ」と答えた。その瞳にはこの学校の生徒が持っているであろうスクアーロに対する恐怖の念もなく、ただ少しだけ悲しそうな瞳で言った。スクアーロはその瞳が気にいった。自分を怯えずに見てくる、女のその瞳が、気にいった。
だが、その瞳でいつも見られているであろう、金髪の男が気に食わないとも、思った。
スクアーロは時計を見た。時刻は、ある男との約束の時刻に刻一刻とせまっていた。そもそも、彼がこの学校に来たのも別に思い出に浸ろうなんて思ったわけではない。ただ、学校を辞める上での書類関係でこの学校に来ただけ。本来なら、もう来なくても良い場所であった。
なら、何故彼はこの教室に来たんだろうか。それは、スクアーロ自身にもよくわからなかった。ただ、校門から入ってきたときに、この教室からこちらを見下ろす女の視線に気付いたから。
きっと、その女が自分が気に食わないと思っていたあの男といつも一緒にいる東洋人の女でなかったら、彼はこの教室を訪れることはなかっただろう。
しかし、彼はそんな気持ちにまだ気付いていない。彼は自分がこの教室に訪れたのは、ただの気まぐれ、だと思っている。
「スペルビ・スクアーロ」
再び目の前の女が俺の名前を紡ぐ。その声を、俺だけのものにしたいと、何故か思った。きっと、その声が、俺に怯えるような声でもなく、他の女のように俺に媚を売るような声でもなかったからそう思ったんだろう。女は、そのまま続けた。
スクアーロは、刻一刻と男との約束の時間が迫っているにも関わらず、女の言葉を待った。彼が、何かを待つことは珍しいことであった。
「貴方はきっと、学校を去ることに心残りなんてないんでしょうね」
可笑しなことを言う女だと思った。だが、俺は「あぁ、あるわけがねぇ」と答えていた。
そうだ、こんな学校に心残りなんてあるわけがねぇ。媚を売る女。俺に怯える弱い男。口だけの教師達。こんな奴らしかいない場所になんの心残りができると言うんだろうか。むしろ、やっとこの学校に通わなくて良くなると思うと、すがすがしいものさえを感じる始末だ。
目の前の女は俺の言葉にゆっくりと微笑んだ「そう」と、ただ一言を言って。
俺はその言葉を聞いて教室をでた。あの女が何を言いたかったのか俺にはわからなかった。そして、約束の時間はもうどんなに急いでも間に合わないであろう
このつまらない場所で最後に話す女が気に食わないあの男の女とは。それも、あんな可笑しな言葉を言う女とは、と俺は歩きながら思った。
たが、この学校で最後に話す奴がこいつで良かったとも思った。変に色目を使う女でもなく、親の権力をたてにするような奴でもなく、この名前も知らない女で
女もいずれマフィアになるのだろう、と思うと何故か自然と口端があがるのが分かった。あの女がマフィアになるのであれば、一般人でいられるよりもずっとまた会える確立は高くなる。もしかしたら、その時は跳ね馬の正真正銘の女になっているかもしれないが。それでも良いと思えた。あの女にまた会うことができるのならば。
それに、俺には今はまだあの女より自分の野望の方が先だ。
そうは思いながらも野望が叶えば、すぐにでもあの女を自分のものにしてしまいたいと、思った。
「!」
後ろで、跳ね馬の声が聞こえた。女の名前は、と言うのか、とスクアーロはゆっくりと自分の心の中で反芻して刻み込んだ。跳ね馬が、その女の名前を呼ぶのは気にくわないと思いながら、スクアーロは学校をあとにした。
彼にとって関心なんてなかった学校。去ることに何一つ心残りなんてなかったそんな彼に一つだけ心残りができた。
それは、と言うただ一人の東洋人の女だった
嫉妬と言う名のつく感情
その感情に未だ彼は気付いていない
(2008・02・05)
スクアーロVSディーノちっくに