なんでここに。と思ったときは、既に遅かった。私と彼が進む方向はどうやら一緒らしく、私はボンゴレの屋敷の長い廊下で彼と言う壁にぶち当たった。ゆらゆらと黒ともいえない、青ともいえない、後ろで一つに結ばれた長い髪が左右に揺れる。
あぁ、どうしよう。この先にはボスの部屋しかない。と言う事は、彼もボスの部屋に行くんだろう。私だってボスの部屋にこの書類を届けに行かないといけない。彼と進む方向が同じ。だけど、私は彼に会いたくない。私はどんな大きな壁より大きな壁に進むべき道を阻まれたような気分に陥った。あぁ、どうしよう。彼に、私が彼の後ろにいることに気付かれたくないと思い、歩幅をゆっくりにする。ボスに早くこの書類を届けたいと思うけれど、彼と言う壁がそうはさせてくれない。私は少しもどかしさを感じながら、視線を落としゆっくりと歩いた。本当に少しずつボスの部屋に近付いていく。私と彼の足の長さを考えれば、すぐに彼は私の目の前からいなくなってしまうだろう。早く、私の視界から消えて。






しかし、私は彼に気付かれてしまった






彼がゆっくりとこちらを振り返った。私はその彼の動作に体が強張るのを感じる。
あぁ、どうしよう。彼の長い髪がその動作により、フワリとまるでそこに風が舞い上がったかのように揺れた。こちらを振り向いた彼と視線が絡みある。あぁ、どうやら彼は初めから私の存在に気付いていたらしい(私の願いなんて初めから、)驚いた表情一つもせず、ゆっくりと私を見て微笑む。まぁ、気付かれるはずがないことには私だって気付いていた。ボンゴレの霧の守護者である彼。在る物を無いものとし、無いものを在る物とする誰もが憧れる能力を持ち、戦闘能力も高い。そんな彼が、私ごときの気配を察する事なんて容易にもないことだったんだろう。だけど、それが分かっていたとしても私は彼に、私の存在を気付かれたくはなかった。そんな私の気持ちなんて、本当はしっているはずなのに彼は歩き始める事もせず私が彼の隣に並ぶ事を待っている。目的地が一緒なら、そこまでご一緒にと言う事だろうか。そんな気遣い、いらないのに。それでも、私は彼の微笑んでいるのになんとも威圧感のある瞳に逆らう事ができずに、彼の横へと並ぶ。あぁ、どうしよう。







、お久しぶりですね。ボンゴレのところに書類を届けるところですか?」


「それは、この先にはボスの部屋しかなく私が書類を持って歩いているところを見れば分かるとは思いますけど」


「クフフ、そんな冷たい言い方しなくてもよろしいじゃないですか」


「そんなつもりはないですよ。六道さんはどうしてここに?」





あぁ、本当は話したくも無いのに。わざと冷たい言い方をして、わざと六道骸を遠ざけようとしているのに、彼はそんな事おかまいなしに話しかけてくる。背の高い、彼の横に並ぶ、自分がとてもちっぽけな存在に見えて、私は横の六道骸を見ずに真っ直ぐ前を見すえて歩いた。あと、ボスの部屋まではどのぐらいで着くだろうか。頭の中ではそんな考えで一杯だった。






「僕は任務です」


「・・・」







私は彼の答えに何も応えなかった。六道骸の答えなんて初めから分かりきっていたことなのだ。彼がボンゴレの屋敷を訪れるときは絶対に、彼に任務があるときだけでしかない。他の守護者がこのボンゴレの屋敷で暮らしているにも関わらず、彼は別の場所で暮らしている。最も、その場所がどこかなんて私は知らないし、興味もないのだけど。それにしても、ボスもこんな男に任務を任せるなんて一体何を考えているのだろうか。こんな男に任せるぐらいなら、私が行くのに。いや、実際私は戦う才能なんてほとんどないからそれは無理に等しいのだけど。
あぁ、私に戦う才能があれば。そうすれば、ボスもこんな男に任務を任せることなんてしなかったと思うのに。そして、彼がこのボンゴレの屋敷に来る事なんてないはずなのに。そう、どんなに彼が霧の守護者としてボンゴレの中でも高いランクに位置していたとしても。









「そういえば、君は僕の事を六道と呼びますが、僕としては骸と呼んでいただいたほうが嬉しいんですが」


「私は貴方を喜ばせようなんて思っていませんから」






何も言おうとしない私に、彼はまた話しかけてくる。
あぁ、本当は話したくも無いのに。私が六道骸の事を六道と呼ぶのは、彼のことが嫌いだから。いや、他の人も名字で呼ぶことはある。だけどそれは、出会って間もない人やそこまで仲の良くない人に対してだけだ。六道骸と出会って、長い月日がたった。会話をしないわけでもない。それでも敵か、仲間とも分からない彼に、私は仲間と認めたわけじゃない。優しいボスは、もう六道骸の事を仲間と思っているかもしれないけど、私はそんな事今まで一度も思ったことが無い。敵か、仲間とも分からない彼に、私は心を許したくないのだ。任務はちゃんとこなすし、早い。だけど、あの微笑の裏に何を考えているのかわからない。あのオッドアイで何を見つめているのかわからない。彼の全てが、わからない。分からないことだらけ。だけど、私は知ろうとはしない。彼を知るのは恐い。何故、恐いのかは私にも分からないのだけれど。








「別に名前ぐらい良いとおもうんですけどね」


「私が嫌なんです。だって、六道さんは敵か、味方かどちらか分からないですから」






あぁ、どうしよう。少し言い過ぎたかもしれないと思えば、彼はもっと微笑を深くした。少しだけ表情が瞳が冷たくなったような気がしないことも無いが、だけど私が言った事はあくまで事実で言いすぎたなんてこと無いかもしれない。あぁ、あとボスの部屋まではどのぐらいで着くだろうか。先の見えない廊下に私は、少しだけ恐くなった。彼と二人きりでいる状況が恐くなった。彼の存在が恐くなった。そして彼の瞳に、吸い込まれそうな自分が恐くなった。








「確かに、僕がマフィアを怨んでいる限り、いつ敵になるかはわかりませんね。クフフ、ボンゴレにもぐらいの敵対心を持って欲しいものです」



「・・・ボスはお優しい方ですから」



「えぇ、ボンゴレはマフィアのボスにしては優しすぎます。しかし、君もまた優しすぎる」








私の、一体どこが優しいというのだろうか。六道骸本人に対して私は貴方が、味方だとは認めないと言ってるようなものなのに、こんな事いう女のどこが優しいというのだろう。優しいと言うのはボスのような方のことを言うのだ。私をここまで導いてくれた、ボス。彼は私の尊敬すべき人である。だから、彼の守るボンゴレは私も守らなければならないと思って私は今までボスの敵となるようなものは排除してきた。その中に、優しさなんて感情一欠けらもなかった。








「私のどこが優しいというんですか」


「ボンゴレの為に自分を犠牲にしているところでしょうか」





彼の言葉に、私は足を止める。
あぁ、どうしよう。この男は、本当はすべて知っている。私の、心の奥をすべて。私は、六道骸にいつ裏切られるかわからないと言う現在の状況の中で、自分の気持ちに蓋をした。六道骸に恋する気持ちを。もしも裏切られた時、尊敬すべきボスの為に、そしてこのボンゴレを守る為に、六道骸とちゃんと敵対できるように自分の気持ちを殺したのだ。これ以上、好きにならないよう。これ以上、近付かないよう。これ以上、彼の瞳に囚われてしまわないよう。いや、尊敬すべきボスの為、このボンゴレの為なんてすべて嘘だ。私は自分が彼に裏切られた時、悲しまないように行動しているだけなのだ。すべては、自分のエゴ。








「おや、どうかしました?何か心あたりでもありましたか?」


「・・・別に」








本当はわかってるんだろう。なのに、こんな意地悪い質問をしてくる。嫌いだ。嫌い。
六道骸なんて大嫌い。いつかボンゴレや私を裏切るのに。なのに、私の気持ちをとらえて離してくれないなんて。六道骸なんて、大嫌いだ。だけど、お願いだからボンゴレを裏切るなんてしないでいつまでも味方で、仲間でいて欲しいとも思う。そうしたら、私も自分の気持ちに素直になることができるのに。その恋の行方が、叶わないものだったとしても、この想いを貴方に伝える事ができるのに。それさえもできない。自分を犠牲にするしか、貴方との距離を保つ事ができない。自分を犠牲にするしか、ボンゴレを守ることができない。あぁ、どうしよう。彼が恐い理由が分かってしまった。私は、六道骸に裏切られてしまうのが恐いんだ。








「では、これだけは覚えておいてください」






もうすぐでボスの部屋だと言うのに。これ以上、この男といたらもっと好きなってしまいそうで恐いのに。だけど、私は目の前の男をはっきりと見た。これだけ彼と至近距離で話のは久しぶりだった。彼の長い髪が、風もないのにまたフワリと揺れた。彼の瞳が、私を見つめた。その全てに、私のすべては捕らえられた。視覚も、聴覚も、感覚と言う彼を感じる事ができるすべてが、彼に捕らえられた(もう、もしかしたら後戻りなんてできないのかもしれない)私は息を飲んだ。本当は瞳を閉じて、彼の瞳から逃れてしまいたい。だけど、彼の瞳からはもう逃れられないような気分だ。彼がニッコリと私の目の前で笑う。私の目の前にある、彼の唇が、ゆっくりと言葉を紡ぐ。













「僕はボンゴレを裏切る事があっても、だけは裏切りませんよ」










彼が、そっと私の耳元で呟く。
あぁ、こんな事言われたら私はどうすればよいんだろう。期待なんて、もうとっくの昔からしている。だから、彼に近付きたくなかったのだから。こんな事言われて、私は自分の気持ちを抑えられるほど、大人ではなくて、この言葉の意味が分からないほど、子供でもなくて、一体、私はどうすればよいんだろう。誰に聞いたって答えなんて、教えてはくれないだろう。だけど、私は問う事しかできない。お願いだから、ボス早く部屋から出てきてください。今なら、まだ間に合うから。ボスの顔を見れば、ボンゴレを守らなければならないと言う使命を思い出すことができるから。だけど、そんな願いも届かず廊下には私と、骸しかいなかった。フワリ、とまた彼の長い髪が風もないのに舞い、まるで彼の長い髪で私はとられられたかのような気分に陥った。





あぁ、どうしよう







(もうどうしようもないのだけれど)























10年後骸さん登場記念!

(2007・11・03)