Mukuro
「バイバイ」
この圧倒的な力の前で僕は無力で結局何も出来ずに、傷つけられた右目からは血が止まることなく流れている。白蘭はそんな僕を見ながら僅かに口端を上げると、言葉をつむいだ。
「君がそんなんじゃ、彼女はすぐ僕の手に堕ちるよ」
―――そんなことさせてたまるか。
彼女は、僕のものだ。誰にも渡しはしない。しかし、そんな事を思ったとしても今の僕のこの状況ではどうしようもなかった。本当は彼女を誰にも渡したくないのに、僕は何も出来ない。
あぁ、なんて僕はこの男の前で無力なんでしょう。
白蘭を見すえて、僕は彼女の姿を思い出した。君は今の僕の姿を見て悲しんでくれるんでしょうか?僕の心配をしてくれるんでしょうか。今まさに殺されようとしているのに君のばかり考えているなんて、
「(僕はよっぽど馬鹿なんでしょう、ね)」
君ももしかしたらこの目の前の男と同じように僕を馬鹿だと笑うのでしょうか。だけど、覚えていてほしい。
僕がこんな状態になっても、いつも君を想っていることを。
僕は自分の死よりも、君に忘れられてしまう方が悲しいということを。
「白蘭。君なんかに彼女は堕ちませんよ」
「・・・強がりかい?」
「いえ、彼女は、」
ズキンと右目がうずく。片膝をつき何とかその痛みに耐えるが、右目から流れる血はとまらない。いつか彼女が言ってくれた言葉が頭をよぎる
――まるで骸さんの瞳は血の色のようですね
現に彼女の言葉どおり僕の右目は真っ赤に染まっている。右目の視界は真っ赤に染まり、思い出す彼女の姿も真っ赤に染まっているかのような錯覚を覚えさせられた。
「彼女は、誰の手にも、堕ちません(もちろん、僕の手の中にも、)」
自嘲地味にその一言を告げれば、僅かに白蘭の顔が歪んだ。この男にも取り乱すことがあったのか。なんとも、彼女の存在と言うのはそれだけこの男にとっても大きいものらしい。
「(クフフ、彼女も厄介な男ばかりに好かれたものです、ね)」
遠い場所にいる君が僕のこの怪我を少しでも悲しんでくれるというのなら、僕はこの命が尽きるまで君をこの男から守る。
君が、この目の前の男より僕を好きだといってくれるのなら僕は、
―――この男に絶対に負けるわけにはいかない
君を想う気持ちは目の前の男には負けない。だから、
Byakuran
「彼女は誰の手にも堕ちません」
言われなくてもそんな事分かっている。彼女が誰かの手に堕ちるなんて事は絶対にないと言うことは。ましてや、ボクの手に堕ちるだなんてことは万が一の確率でありえない。
こんなこと口にしたら正ちゃんなんかは面白いくらい驚いてくれるだろう。
こんな弱気なこと言うなんてボクらしくない。
それでも彼女が僕のものにならないのは明らかな事実
そんなこと他人に言われなくても自分が一番わかっているのだから
あの子は、ボクがどんなに頑張ったところでもう振り向いてはくれないことなんて。笑顔をまた向けてもらえるだなんてこと、絶対あり得ないことだと言うのはわかりきったこと。
ボクは彼女にそれだけの事をしたんだ
今さら後悔なんてしていない。それにこの目の前にいる人間を殺すことに戸惑いなんてまったくない。
だけど、たまに思い浮かぶ彼女のあの顔に胸が痛む。ボンゴレのボスを呼び出して、無惨に殺したあの日から彼女には会っていない。僕が知っているのは今の彼女が10年前の自分と入れ替わっているということだけ。これも実際に見たわけではなく正チャンから報告されたことだ。
「」
目の前の男が微かに彼女の名を呼ぶ。それだけのことが悔しい。この男には彼女の名を呼ぶ資格がある。だけど、ボクには……
そんな資格はない
騙していたのはボクなんだ。近づいたのだって好奇心だった。なのに、なんだこの様は。こんな気持ちボクは知らない。知りたくもなかった。君はボンゴレの人間。そう君は敵、だ。
(だからもう一度君の笑顔が見たいだなんて)
そんなこと思うことさえボクは許されない
(2008・11・01)
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