XANXUS
「じゃあね、ザンザス」
その一言にザンザスは自分の意思とは関係なしに、眉がピクリと少しだけ動いた。女はそんな事に気付かなかった。いや、気付いたとしてもその事はあるわけがないと感じた。女は多くのお客でにぎわう喫茶店は、彼に似合わないと感じた。今はそんな事考える余裕なんて本当は無いのに。
別れ話でこんなことを思うなんて自分は馬鹿なんじゃないかとも思った。
「あぁ」
ザンザスは、それだけしかいわなかった。いや、これ以上何もいえなかった
「ねぇ、ザンザス。私のこと、一度でも私だけを見てくれたことはあった?」
女はマフィアの世界でも、それなりに地位の上のマフィアだった。財も権力もあった。だからこそ、女はザンザスが自分を相手にしてくれたと思っていた。ザンザスは彼女の言葉に何も言わなかった。
彼女はうっすらと笑って、あぁ、やっぱり私はザンザスにとっては愛する女じゃなかったのかと感じた。
女は立ち上がる。
さよなら、と言う言葉は飲み込んだ。ただ、最後にザンザスと彼の名前を呼んだ。ザンザスは、彼女が歩き出しても何も言わなかった。
女は喫茶店をでて、涙が出そうになった。自分の家が憎くなった。だけど、それがなければ彼と会うことも、相手にされることもなかったの事実。本当に愛していたからこそ、自分から別れを告げた。
愛されなくてもよいと思っていたのに、実際に愛されないのはとても悲しかった。そして、寂しかった。
「ザンザス」と最後になるであろう彼の名前をつむいだ。
「お前から名前で呼ばれるのは嫌いじゃない」
後ろから、もう聞く事はないであろうと思っていた声が聞こえた。
Tunayosi
「ボス」
柔らかく微笑むその顔が好きで、好きでたまらない。ボスなのに、どこかボスらしくなくて、だけどいざって言う時はとてもボスらしいボスが好き。でも、そんな事、彼の部下である私が言葉にすることなんてできない。
彼なら微笑んで、私が傷つかないように断ってくれる。その後も、きっと私に優しく微笑んでくれる。そんな事、分かりきっていること。
「どうしたの?」
「いえ、ボスが疲れてるんじゃないかと思って、」
紅茶を持ってきました、と言えば一段とその優しい微笑みは、深くなった。ボスのその微笑を独り占めしたいなんて、思ってしまう私は我侭。「ありがとう」と、私から紅茶を受け取るボスは私のこんな気持ち何一つ知らないで私にずっと微笑んでくれたままだ。
本当はボスなんて、呼びたくない。本当は、貴方を名前で呼びたい。
京子さんや、ハルさんのように(嫉妬が、いつも私の心の中を蝕む)
「では、失礼しますね」
頭を下げて、部屋を出ようとすれば、ボスに掴まれる腕。どうしたんだろうと、顔を上げれば、先ほどの微笑みではなくて、いつかリボーンさんに見せてもらった、中学生の時のボスの表情
。駄目ツナなんて呼ばれてたときの私がまだボスと出会ってなかった頃の表情に今のボスの表情は似ていた。まるで余裕のなさそうな、そんな表情。
私はこんな表情のボスを知らない。いつも余裕そうなボスの表情しか知らない。声がどもるボスなんて知らない。知らないボスに少しだけ、私は頬が緩むのを感じた。掴
まれた腕は熱を帯び、ボスの暖かさが私に伝わってくる。
「――好きだよ」
ボスの声が、私の中にスッと入ってきて、私はその言葉に呆然とした。一瞬優しいボスの事だから、ファミリーの一員として言ってくれたのだと思った。だけど、ボスの頬は赤く染まっていて、少しだけ恥ずかしそうに微笑んでいて、
「君には名前で呼ばれたいんだ」
一気に湧き上がる感情。ボス、ボスと言って、ボスの服を掴めば、耳元で「そうじゃなくて、綱吉って呼んで」と囁かれる。その声が、あまりに妖艶で、こんなボスの声を聞いたのも初めてだった。
私が、名前で呼べば、彼はとても嬉しそうに微笑んだ。
名前で呼んで
(やっと告白できたのかよ、駄目ツナ・・・・・本当こういう事に関しては成長してねぇよな)
(う、うるさいよ、リボーン!)
Reborn
多くの女が俺に言い寄ってくる中、俺の目にとまったのは何処にでもいるような、それはとても平凡な女だった。
自分とは住む世界が違うとは思ってもこの気持ちに嘘はつけなくて、何度も俺はお前の所に通った。エスプレッソが好きだと教えれば、俺の為にエスプレッソを淹れてくれて、始めは美味いとはとても言えなかったが、それでも俺は、俺の為にお前が何かをしてくれることが大好きだった。
そう、大好きだった、んだよ。俺はお前のことが、
(お前はきっと鈍いから気付いてなかったと思うが……)
銃を握り締めて、今日も人を殺す。最強のヒットマンと呼ばれる俺に敵う敵なんてあまりいない。そして、敵を全員倒し、明日にはまた姫のところに行こうと思った矢先、顔をあげればそこには、
お前が、いた。
(なんで、こんな所に、)
死体の中に佇む俺を、買い物帰りなのだろうか、荷物を握り締めた姫が怯えたような表情で見てくる。その瞬間、すべてが、今まで姫との間に築き上げたものすべてが壊れたような気がした。
「――マフィアだったの?」
声が震えている。俺を見てくる目も、昨日までの優しい目をしてはいなくて、
(一体、どこで間違ったんだろう)
もし、お前に初めて会った時にマフィアだと伝えとけばこんなことにはならなかったんだろうか。いや、もしそんな事を伝えればきっとお前は俺の為にエスプレッソを淹れてはくれなかっただろう。
じゃあ、マフィアの俺がお前に近付いた事が間違いだったんだろうか。
―――だけど、俺はお前を愛していたんだ。俺がマフィアだったとしても、お前が普通の女で、俺と住む世界が違ったとしても、俺はお前を愛してる。
なぁ、だから……俺を愛してはくれないか?
(住む世界が違うなんて始めから分かっていた事)
(それでも、俺はお前とこれからも一緒にいたいんだ)
お前がマフィアの俺でも愛してくれると言うなら、一生をかけて大切にするから、
(2008・11・01)
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