どうして、と言う声はでなかった。目の前でヴァリアーの人たちと一緒にいる奴は確かに私の兄である人物で、何故かいつものように女子用の制服を身にまとってそこにいるわけではなく、他のヴァリアーの人たちと一緒とコートを身にまとっている。そして、手には刀。

これは本当に私の兄なんだろうか、と疑問に思いつつも、彼の口からはっきりとつむがれる「」と言う名前は確かに私の名前であった。



「では、両者フィールドに」



チェルベッロの声。だけど、私は足を動かせずにいた。その場にいたツナ達だって目の前で微笑んでいる人物に動揺を隠しきれてない。だって、まさか守護者の対戦で私の兄がでてくるとは予想できただろうか。
いや、予想できるわけがなかった。私の兄がマフィアに、それもヴァリアーに所属してたなんてこと私はこれぽっちも知らなかったんだから。

「両者、前へ」もう一度響いたその声に私はハッとして、数歩前へとでる。
目の前にはすでに、戦闘準備に入ろうとしている吾郎。後ろから「」とツナの心配そうな声が聞こえた。私はそれに何か言葉を返す余裕なんてそのときすでになかった。


「・・・っ、なん、で吾郎がここに」
「なんで、ってそれはこっちの台詞だろう?なんでがここにいるんだよ」
「私はツナの、守護者、だから」


「俺だってそうさ。まぁ、俺はザンザス様の守護者だけどな」


ザンザス、という名前を吾郎が紡ぐ。あまりの違和感に私は少しだけ眉を寄せた。吾郎は、いつもと変わらない。
浮かべるその笑顔でさえ、今日の朝、見た笑顔とまったく変わらない笑顔だった。今から、戦いが始まろうと言うのにその余裕。そして、実の妹との戦いだというのに変わらない態度。私は初めてそのとき、彼の本質を垣間見たような気がした。


「始め」


その言葉の後、一瞬の出来事が私を襲った。いつの間にか私の腕には血の線が入っている。もちろん流れている血は紛れもなく私の血であり、同時にはしる痛みに私は表情をゆがめた。
その様子を、その傷をつけた張本人は見つめてくる。私は始め、と言う言葉を聞いても動けなかった。兄である吾郎と戦えるわけがないと思っていた。そして、それは吾郎にも言えたことなんじゃないかと思っていた。だけど、それはただの勘違いで吾郎は戸惑いもせずに私に一つの傷をつけた。こちらを向いて、吾郎は一言言った。



「兄妹なんて、マフィアの世界じゃ関係ないんだ」



マフィアの世界じゃ、兄妹だって敵になることがありえるんだ。と、吾郎は言った。
じゃあ、なんで、そんなつらそうな顔してこちらを見てるの。兄妹なんて関係ないといったのは吾郎なのに、吾郎の表情は今まで見たことがないくらいつらそうにゆがんでいた。


「だから、そんな世界お前には似合わない」

「お前は表の世界に戻れ」


次々と紡がれるその言葉。その間も、私の腕からは血がしたたりおちている。痛い、と思うのだけど、それよりも、その傷をつけた吾郎のほうが私より痛そうに見えた。吾郎は私がマフィアになることで傷つくことを恐れているんだ。それを自分の身をていして私に教えようとしている。もう前のような兄妹に戻れないかもしれないということを知りながら。
でも、私はその言うことは聞けない。どんなに兄である吾郎の言葉であろうとも。


「悪いけど、兄さんの言葉は聞けない。私にも、守りたいものがある、から」


その瞬間に私は走り出していた。もちろん吾郎を傷つけることなんてしない。できるわけがない。ツナが骸さんと戦ったときに使った動きを思い出しながら、私は吾郎の首を叩き落していた。それを同時に崩れ落ちる吾郎の口からはまた「
」と私の名前が紡がれていた。



私はそっと、彼をささえてただ一言、「ごめん」と言う言葉を口にしていた。





(2008・11・01)
もしもな世界
主と吾郎がそれぞれ守護者だったらな話