「すみません」
急にかけられた言葉に、私はゆっくりと振り返った。学校からの帰り道、閑静な住宅街で声をかけてきた少年は、とても綺麗な少年で、私は振り返った瞬間、少し驚いた(う、うわぁ、すっごい美人さんだ・・・・!)私と年はそんなに違わないであろうと思われるのに、その年にしては整いすぎている顔、落ち着いた声は、とても私と同じくらいの年代の少年とは思えないもの。しかし、驚くのはそこだけじゃない。独特な髪型、右と左で違う目の色には、もっと驚かされた。左右で目の色が違う人なんて、初めて見た私にとっては、それは異質、と感じられて仕方が無いものだった。
「なん、ですか?」
私はゆっくりと言葉をつむぐ。なんとも言えない、その少年の顔。微笑む姿は傍から見ていれば、それは絵になるような、表情である事には違いないのに、私にとっては少しだけ恐いものだった。私、美形な人はあんまり好きじゃないけど、美人さん系の美形は好きな、はずなのに、と思っても、何故恐いと思ってしまうのかは分からない。もしかしたら、この少年が幼い容姿にしては落ち着きすぎていることが、他の私の周りにいる人たちと違って恐いと、思ったのかもしれない。だけど、初めて会った人に恐いなんて、思うのは失礼ということは分かっている。私はなるべく普通に接しようと、深呼吸を数回し、自分を落ち着かせた
「すみません、すこしみちにまよったみたいなんですが、みちをおしえてもらえませんか?」
「あ、はい、いいですよ」
「ありがとうございます」
にっこりと微笑む少年の顔に対して、恐いと思ってしまったことに罪悪感が募った(なんだ、普通の少年じゃないか)この少年はどうやら迷子になってしまったらしい。聞かれた場所を教えてあげれば、また微笑み私にお礼をいってきた。あぁ、とても礼儀がなっている少年だ。この年にして、ここまで丁寧な話し方ができるなんて、すごい。私も見習わなくてはいけないなぁ、と考えていれば、その少年はその場から歩きだすことはせずに、「もしよろしければ、きみのなまえを」と、私に言った。私の名前なんて聞いてどうするつもりだ!と思ったけど、その少年がさらに微笑を深くするものながら、言わなければならないような気になって、私はその少年に自分の名前を告げた。
「・・・・ですけど、」
「というんですか。ぼくは、ろくどう、むくろといいます」
「(さっそく、なまえよびー!)ろくどう、むくろ?」
「えぇ。むくろ、とよんでいただいてかまいませんよ」
ろくどう、むくろ。なんとも珍しい名前だ。親は一体何を考えてこの名前をつけたんだろうか。本人には失礼だから言えないけれど、この名前では後々生活をしていくうえで不都合なことがでてくるにちがいない。少し、可哀想だと思ってしまった。この少年、この先この名前をつけられたことを後悔しないかな?だけど、親だって頑張って考えてこの名前を考えたんだと思うから、親に文句言ったりしたら駄目だよ!へっ、こんな名前やってられるか!なんて言って、グレないでね、少年!と勝手に少年の未来を想像していれば、むくろ(・・・・さん?くん?どっちだ?)が口を笑った。
「クフフ、・・・・かわいいなまえですね」
「(あれー、いまのげんちょうかなー?)」
笑ったと思えば、出てきた言葉はクフフって・・・・・・!いや、まて、落ち着こう私。まずは深呼吸だ。よし、すこし落ち着いたぞ。とりあえず、クフフってなに?もしかしなくても、笑い声って考えても良いのかな?で、でも、クフフなんて笑い声の人今まで生きてきた中で一人としてみたことが無いんだけど!!(珍しい、とかいう問題じゃない!)まぁ、人間生きていればクフフって笑う人間に出会う事だってあるよな。それに、もしかしたら外国では笑うときはクフフって言うのが普通のことかもしれないし、そうだよ、この少年、もしかしたら外国の人かもしれないじゃないか。日本語が上手すぎる気もするけど、生まれた時から日本にいたっていうパターンかもしれないし、うん、そうだ!!クフフって、普通の笑い声なんだ!!半ば無理やりといっても、良いくらいに自分を納得させて、私はむくろ、さん(結局、さんって呼ぶことにしたんだよ)の方を見た。
「それに、なまえのようにかわいらしいひとだ」
「(かわいいって、わたしが?!)いやいやいや、そ、そ、そんなことありませんよ!」
「クフフ、そんなことありませんよ。げんにぼくはいま、と、」
「(・・・・わたしとなんだ?)」
むくろさんが言葉をとめる。私は必死にその言葉の先を考えるけれど、まったくもってわからない。むくろさんは私と何がしたいんだろうか。あれか、さっきむくろさんが聞いてきた場所に行きたいとか?う〜んと、考えれば、目の前にいるむくろさんは、柔らかく微笑んだ。もしかして、私、笑われてる?でも、誰だってあんなところで言葉を止められたら気になるだろ。そうだ、なんで私が笑われないといけないんだ!むしろ、私は迷子になってる、むくろさんを笑ってやりたいよ!
「ちょっと、なんですか!ひとのかおみて、わらわないでください!!」
「すみません、あまりにも、かんがえこむがかわいくて」
「か、かわいくないですから!!(うわぁぁ、鳥肌がたつ!)」
「そう、はっきりといわなくても、」
「もう、わたしとなにがしたいんですか!はっきりといってください!!」
可愛いと、普段言われなれてない言葉を沢山言われて、私は少し鳥肌が立ってしまった(うわぁぁぁぁ!)それに、もう考えるのが面倒くさくなってしまった私ははっきりと、むくろさんに聞いた。私と、何がしたいのかと。一体、どんな答えなんだろうと思って、答えを待って入れば、その答えは私の予想をはるかに上回っていた。
「けっこん、ですかね」
「うえぇぇ?!」
・・・・・けっこん?も、も、もしかして、今、むくろさん、私とけっこんしたいって言わなかった?はは、そんなまさか私の聞き間違いだよね?そうだよね、私の聞き間違いだと自分に言い聞かせていれば、むくろさんは、また独特の笑い方をしながら「ぼくはとけっこんがしたいです」とはっきりといった。この年で、電波なんて本当に可哀想だと、思った。だって、結婚だよ。私達、初対面だよ?普通言わないよ。私、さっき恐いと思っていた理由がいま分かった。きっと、私はむくろさんが、変な人だということをなにかしら感じ取っていたんだ。まさか、こんな電波な人がいたなんて、と思いながら、冷たい目でむくろさんをみれば「おやおや、」といって、肩をすぼめていた。何がおやおや、だ(すっごくムカつくんですけど・・・・!)
「ちょっとしたじょうだんですよ。そこまでおもしろいはんのうがかえってくるとはおもいませんでした」
「・・・・(このひと、うざいな)」
「って、そんなつめたいめでみないでくださいよ!」
世の中には言ってよい冗談と、言ってはいけない冗談があるということを、むくろさんは知らないらしい。まったく、常識知らずのぼっちゃんって奴か!と思っていれば、再びむくろさんは、「」と私の名前を呼んだ。むくろさんと、しっかりと目があう。先ほどまで微笑んでいたのに、その顔はいつの間にか真剣みを帯びているものに変わっていた。本当に、この顔つきといい、落ち着きといい、私と同年代には思えない(だけど、急になんでこんなに真剣に・・・?)そして、左右の瞳を見つめていれば、また少し恐いと感じた。
「、いつかあうひまでぼくのことをけっしてわすれないでください」
「・・・・・」
「ぼくもきみのことをぜったいにわすれませんから」
はっきりと言い切るむくろさん。まるで、またどこかで会うことがあるようなむくろさんの言い方。だけど、むくろさんが言えば、私とむくろさんはまたいつかどこかで再び出会うような気がした。正直、こんな電波な人とまた会ってしまうのか、と思ったりもしたけど。どうか、その時までにはむくろさんの電波が治っています様に、私は静かに心の中で願った(いや、もう治らないかもなぁ・・・・・)だけど、私と、むくろさんはいつ、どこでまたあうんだろう。考えてもそれはわからなかったけど、数週間後とか、数ヵ月後とかではなく、何年後か、と言うような遠い未来だと、なんとなく感じた。
遠くに人影が見えたと思ったら、そのひとは「骸」とむくろさんの名前を呼んだ。むくろさんはその声に振り向けば、「もう、ランチアがきてしまいましたか」と呟くと、私の方をふりかえった。あきらかに年上に見える人を呼び捨てにするなんて、と思ったりもしたけれど、今はそんなことはさほど気にならなかった。
「では、。Arrivederci・・・・・」
そう言うと、むくろさんは私に背中をむけて、歩き出した。遠くなる背中を見つめながら、私はむくろさんが言った言葉の意味を必死に考えたけれど、わたしには分からなかった。日本の言葉ではない、どこかの言葉。少しだけ気になった私は家に帰って調べる事にした。もし、調べても意味が分からなかったとしても、いつかむくろさんに再び会えたときに聞くこととしおう。ふと、そこで考える。またあえるひまで。その日まで、私はむくろさんのことを覚えていられるんだろうか。遠くなって誰も見えなくなった道を私はしばらくの間、見つめたままだった
あるひ、であったしょうねんはとてもおかしななしょうねんでした。だけど、
とてもきになるしょうねんでもありました
(2007・12・15)
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