私は私のものであり、誰のものでもない。
そんな当たり前のことあえて口に出さなくてもみんなわかっているものだと思ったがそんな常識をこの人たちに求めたことがそもそもの間違えだったらしい。 こんなことなら恥を忍んで、最初に大声で叫んでおけば良かった、と思ったときには既に遅く、私は凄く面倒くさいことに巻き込まれてしまっていた。
そもそもの発端は立海メンバーが何の連絡もなしに部活の終わった後に氷帝に遊びに来た?いや、茶々を入れにきたことから始まる。
私は会いたくもなかったのだけど、さすがにそんなこと幸村さんに言えるわけもなく(呪い的な意味で)だからといって、他のメンバーにも言えるわけもなく(常識的な意味で)氷帝メンバーが着替えに行っている間、私はひきつった笑みをうかべながら、適当に話にうなづいていた。
しかし、それがいけなかったらしい。
幸村さんと柳さんと、仁王さんの見事な話術によりいつのまにか立海へとマネージャーの手伝いを行くことになっていて、そのとき丁度良く、いや、この場合はタイミングが悪く、氷帝メンバーが着替えからでてきてしまった。
前門の虎、後門の狼というのは間違いなくこういうことを言うに違いないと思わず思ってしまったくらいに見事な四面楚歌だった。
味方だっていないことはなかった……が、頼みの綱である柳生さんはジェントルマンを語るくせに、私がすがる目で見てもそっと目をそらしたし、ジャッカルさんは口パクで「ごめんな」と言いながら、助けてくれることはなかった。
言葉より態度で示してください。
この時の私にとって、とても切実な願いであった。
というか、できれば立海でマネージャーの仕事云々の話がでたあたりで、助けてくれよ、と思わなかったこともなかった。けれど、まぁ、それは私が話を聞いていなかったことも原因にあるので、二人だけを責めることはできない。
ジャッカルさんと柳生さんに助けを求めた後はもちろん氷帝のまともなメンバーにも助けを求めたのに、即座に首を横に振られてしまった。
ひどい!信じていたのに!と、思わず泣き出しそうになった私に優しい言葉をかけてくれる人はこの場には誰一人としていなかった。
こんの、薄情者たちめ!
「別に良いじゃないか、一日くらい。ねぇ、真田?」
良くない。良くないですよ、と心の中で幸村さんに言うが幸村さんには通じない。 話を振られた真田さんは申し訳なさそうな表情をしながら(見る限りただ眉を寄せて怖いだけだが)視線を僅かに下げた。
「幸村しかし、」
「別に良いよね?」
「あ、あぁ…」
真田さんが弱すぎる…見た目はおっさ、いや、ちょっと年相応に見えないくらい貫禄があるというのに、幸村さんの言うことに対して逆らえない真田さんはみているこっちさえかなしい気持ちにさせた。 負けないでくださいね、と自分の方がかわいそうな状況にいるにもかかわらず、同情してしまう。
でも、きっと真田さんでなくても幸村さんに逆らえる人はなかなかいないだろう。
あまりにも爽やかな笑みは見る人によっては凄く綺麗なものに見えるだろうけど、私には悪魔の高笑いのように見えた。
幻覚?
いいや、現実である。
実際私の中でまともな部類に分類されている人たちは顔を青ざめて、幸村さんをみているし、ただでさえ空気やその他もろもろが読めない切原でさえおびえたような表情で幸村さんに視線をやっていた。
中には笑顔で幸村さんをみていた人もいたけど。
この人たちは切原とは違い、空気がよめないわけではなく、あえてよんでいないんだろう。なんて、迷惑な。
しかし、実際に空気を読めない人はいた。
俺様何様跡部様の跡部部長である。いつもなら跡部部長がしゃべりだしたらほぼ絶望、というか、どうせまたろくなことを言わないのだけど今回の跡部部長はひと味違った。
「自分のところのマネージャーくらい自分のところで見つけやがれ」
(跡部部長!)
あの幸村さんを相手にしても、まったく物怖じした様子もなくきっぱりと跡部部長が言い切る。丸井さんへと羨望のまなざしを送るジロー先輩の隣でかっこよく言い放ったそんな跡部部長に私もジロー先輩のような羨望のまなざしを思わず跡部部長に送ってしまった。
……しまった。なんたる、一生の不覚。
しかし、今の跡部部長は今までみたことがないくらい、というか、私は初めて跡部部長をかっこいいと思った。今の跡部部長の言うことなら聞いてあげたいと思えたくらいだ。
常々某学校のちょっと頭がかたいところはあるけれど心根は優しい眼鏡な部長がうらやましくてうらやましくてしょうがなかったけれど、今だけは跡部部長も部長として見えてしまうから不思議である。
たぶんもう一生来ないであろうけども。
たぶんというか、絶対こないであろうことはわかりきっているけども。 それでも、今だけ、本当に今だけは跡部部長が部長らしくとても頼りある部長のように見えた。
「そう簡単に言うけど、なかなかみたいな優秀なマネージャーっていないんだよ」
ほめられた!だけど、すごく嬉しくない!言われたあと一瞬は普段誉められ慣れてないせいか思わず、そ、そんなことありませんってば!と照れてしまったけれど、これは幸村さんの戦法なんだろう。私を煽てて、自主的にマネージャーのさせようという作戦に間違いない。
そんなことを思いながら訝しげな視線を幸村さんに送れば、幸村さんからニコッと俺は潔白なんだぜ的な笑みを向られた。
無理だ。信じられない。
今まで何回もだまされたり脅されたりしている私にはあまりにも幸村さんのその笑みは真っ黒に見えた。
「幸村の言うとおりだ。俺たちも一応努力をしているんだが……」
「みつかんねぇだよ、な?」
柳さんの言葉に続けて、丸井さんが言えばジロー先輩がずっと丸井さんにやっていた視線をこちらへと向けてくる。すごく、嫌な予感しかしない。 だって相手は丸井さん信者であるジロー先輩だ。今の丸井さんの言葉にジロー先輩がよからぬことを思いついたなんて、考えなくてもわかってしまう。
にこにことした表情のままのジロー先輩と目が合い、思わず可愛らしい笑みに私の頬もゆるみそうになるがここで油断してはいけない。
今のジロー先輩はろくなことを考えていない。
「、」
ゴクン、と唾を飲み込む。ジロー先輩に名前を呼ばれることがここまで恐ろしく感じることが今までにあっただろうか。
無視したい。しかし、ジロー先輩がどんなにろくなことを考えていたとしても私にジロー先輩を無視することなんてできるわけがなかった。無念。
だけど、私にもできることが一つだけあった。
「ちょっとくらい立海「あーあー、何もきこえませーん!!」」
「…それは少し無理があると思うぞ」
「そういってやんな若。あいつはあれで一生懸命対抗しようとしてるんだよ」
無理矢理ジロー先輩の言葉をさえぎれば、日吉から哀れみの視線をいただいた。 宍戸先輩がしてくれたフォローも逆に私の心をえぐってくれた気がしたけれど、あまり気にしないでおく。
…本当はすごい、切ない気持ちになったけど!いや、でも、こんなことでもしないとジロー先輩の要求ならすんなりと頷いてしまいそうだから仕方がない。
そう、仕方がないんだ。私だって本当ならこんな子供っぽいことなんてしたくはなかった。
恥をすてた私の行動にククッと、笑い声が聞こえ私はそちらへと視線を向けた。口元に手をやり笑い声をあげた滝先輩は、なんだか、とても…いやな感じしかしなかった
。
一通り笑ったのか笑い声がやみ、私の視線に気づいた滝先輩は「じゃあ、」といって口を開く。
「勝負で決めるなんてどう?」
「勝負ですか?」
いきなりの滝先輩の提案に皆の視線が滝先輩にあつまった。鳳が首をかしげながら問えば「うん、このままじゃ平行線だし、それに」といって、それはそれは艶のある綺麗な笑みで滝先輩がほほえんだ。
「そのほうがおもしろそうでしょ?」
最悪な理由だ。
だけど、それに意義を申し立てる者なんてこの中では私だけしかおらず、その上幸村さんや跡部部長なんてノリノリでその話にのってしまい……逆らえる者なんて誰一人いなかった。
もちろん、私だって。まだまだ命は惜しい。
***
じゃあなんで勝負するか?サッカーか?卓球か?それともバドミントンでもやるか?いや、ドッチなんかもありだな?というとてもテニス部の会話だとは思えないような会話を私は遠く、青くすんでいる空へと視線をやりながらぼんやりと聞いていた。
もうすでに心の中はあきらめ、という文字でいっぱいいっぱいだ。
期待することには疲れました、とリストラされたサラリーマンのような気持ちになってしまうのもとめられそうにはない。
それになぜかちょっと、勝負だ勝負、とあの人たちがうきうきしているように見えるのは私の勘違いなんだろうか? 私が立海のマネージャーの仕事をやるかやらないかの勝負じゃないの…?なんて疑問は何のその、あの人たちは私の存在なんて一切無視して純粋に勝負を楽しむ気のようだ。
いつもなら味方にまわってくれる日吉も下克上だ、とつぶやきながら生き生きとした表情でメンバーの中に紛れている。
まったくもって、誰一人としてまともな奴はいないのかよ!!って、私が叫んでもきっと私の言葉は誰にもとどかないんだろう…いや、それはいい。
正直なところ自分の話が聞いてもらえないことにはイヤでもなれた。
だけど、やはり面倒ごとにまきこまれるのだけは慣れた(とは思いたくないけど)今でも、断固お断り願いたい。
まぁ、今の状況を見る限りでは、それも無理そうで今回もまた涙を飲むような結果になるのはわかりきったことではあるけれど。
えぇい!もうクリケットでも、相撲でも良い!さっさと勝敗をつけて今日はもう家に帰らせろ!
そう言いたい気持ちを抑えながらテニス部のまとまりから二、三歩距離をとって見守る。
この人たち本当にバカだよな、と純粋に心の奥底から思った。
「いやいや、サッカーだろぉい」
「正直殴りあいでも良いんじゃないんですか」
(いやいや、殴り合いはダメだろ。)
咄嗟に心の中で、日吉の提案につっこんでおく。 日吉の奴、この機会に応じて確実に先輩たちの一人か二人やるつもりなんじゃないんだろうかと思わずにはいられない。それに、その提案に面白そうだね、とほほ笑む幸村さんは確実にこの場にいる数人をやるつもりだ。
特に真田さん、今すぐ逃げてください。
あまりの会話内容の酷さに、私はひっそりと頭をかかえた。いつもテニスコートの周りにいる女の子たちに問いたい。
本当にこの人たちを追っかけて、青春時代を無駄にしていないのか、と
頭をかかえながらこのまま現実逃避でもしてやろうか、と思っていた私の肩に手が置かれ私はゆっくりと振り返った。バカな会話は今も続けられてるようで、視界のはしに跡部部長がふんぞりかえっているのがちらっと見える。
先ほどまでちょっとでも尊敬していた私の記憶がなくなればよいのに。
ガンガン、とどこにでも良い。頭を押し付けて先ほどまでの数分間の記憶を本気で消したくなった。
「滝先輩と、柳さん?」
振り返った先には思ってもみなかったコンビがいて私は目を丸くいて二人を凝視する。 そんな私に滝先輩は口の前で人差し指をたてて「しー、」と小さい声でささやき(そんな姿もとても可愛らしく見えてしまう自分の目が憎らしい!)柳さんもまた小さな声で言葉を紡いだ。
「今のうちにぬけだす」
「え?」
思ってもみなかった言葉に私は、戸惑いの声をあげる。柳さんの言う抜け出す、とは一体どういう意味なんだろうか。 純粋に考えればこのメンバーをおいてどこかに行く、という意味なんだろうけど、あの人たちをここに置いたまま抜け出すなんてこと確実に無理だ。
それに、できているんならもうすでに私がしている。しかも、もともと勝負だなんだと言いだしたのは紛れもなく滝先輩である。
考えても分からず素直に「どういうことですか?」と小さな声で呟けば柳さんのかわりに滝先輩がこたえてくれた。
「彼ら、今は話に夢中になってるからさ。それをまんまと出し抜いて帰っちゃおうかと思ってね」
「はぁ、」
「さりげなく彼と一言二言加えて話題を盛り上げてこちらへの意識をそらして……まぁ、要するに彼と、共謀戦線を組んだんだよ」
共謀戦線?
いつのまにそんなものを作ったんだろうか。滝先輩と柳さんのことだから、誰にもバレずにそんなものを作っていそうだけど、はっきりいって抜け出した後のことを考えると怖くてたまらない。
しかし、
「今なら逃げきれる確率99パーセントだ」
何を根拠にその確率を導きだしたのか問いただしたい、けれど柳さんの一言は今の私にとってはその確率はとても魅力的な数字だった。
そりゃ、あんな大人数を相手にするよりも滝先輩と柳さんと抜け出して、二人の相手をするほうが断然楽に違いない。 後が怖いとはいっても、やはり今の自由には変えられなかった。
前門の虎、後門の狼
みんなだまされちゃってバカだよね、といった滝先輩の顔は今までにみたことがないくらい良い笑顔だった。 なんとも異色な二人に両手をとられ、あれよあれよと言う間に言い合うメンバーをおいて、その場からつれさられていた。誘拐です!おまわりさん!……なんて、いや、すいません、嘘。嘘ですからそんな笑顔でこっちをみないでください滝先輩。柳さんも、ノートを開かないでください。
(2010・02・18)
大変お待たせしてすみませんでしたー!今回はいつもとは違った面子をオチに使おうと思ったので、滝と柳にしてみました。この後のことは、皆様のご想像にお任せします……多分碌な事にはならなかったと思いますが(笑)メンバー全員がだせなかった上に全然VSものではなく本当に申し訳ございませんでしたぁぁぁ!
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