「きょうちゃん、きょうちゃん」と、小さい頃の私は必死でその人の名前を呼ぶ。何故、そんな必死に呼んでいるのかは分からないのだけれど、私の呼んだ声に振り返った少年は、それはそれは優しい顔でこちらを振り返り「」と優しく私の名前を呼んだ。私はそれを聞いて、自らも笑顔を浮かべる。



そして、私はもう一度、彼の名前を―――






呼ぶか!・・・・・・・って、ゆ、夢か」





あまりに懐かしい思い出となっていた夢を見た。そして、それは何も知らなかった小さい頃の夢。私はだからこそ、許されていた事実を思い出しハァと息を吐いた。








けたたましく鳴り出した目覚まし時計に手をやり、その音源を遮り時間を確認すれば普通の女子中学生が起きる時間にしてはいささか早い時刻が表示されていた。しかし、とても、非常に、本当に、マジで、残念すぎることながら、この時刻が私の起床するいつもの時間であり、一日の活動を始める時間でもあった。眠い、とは思っていても二度寝することは絶対に許されない。



部活の朝練と、弁当作りというものが私を待っており、まぁ、朝練くらいサボっても別にどうってことはない。うるさい先輩達をやり過ごせばよいだけだし、それか仮病でも使えばよいだけのことなんだけど、弁当作りにいたってはそうはいかない。自分だけの弁当だけならまだしも、私にはあと二人分の弁当作りが待っており、仮病なんて使ったところで通用する相手でないことは今までの数年間で嫌と言うほど思い知ってしまった。





「(なんで、私が……)」





と、思うのも仕方がない話ではあるけれど、一人は自分の兄の分ではあるし、もう一人の分はお隣さんから頼まれたのだからしょうがない。正しくはお隣さんの母親から頼まれたのであるけれど。そんなお隣さんのことを考えながら、制服に着替えた私は階段を下りる。どうして、私のお隣さんがあの人なんだろう。かっこ良い幼馴染が欲しかったなんてわがままは言わないから、せめて普通の幼馴染が欲しかったと思う。いや、私と彼の関係を幼馴染なんていったら私は殺されてしまう、な。

うんうん、それに私自身があの人を幼馴染と認めたくないので、ここはただのお隣さん、と言うことにしておこう。言っておくけれど、これでもかなり譲歩した答えだ。本当は、近所の人とでも言ってやりたい(と言うか、そんな人知らない!と言ってしまいたい)












三人分の朝食をテーブルに並べ、つくり終わった弁当も同じようにテーブルの上に置く。朝からよく頑張ったと自分を褒めていれば、ガチャリと玄関のドアが開く音がした。もちろん、誰が入ってきたかなんて分かりきっている。ただのお隣さん、がやってきたのだ。





「やぁ、おはよう」



「……おはようございます、雲雀さん」




時刻はやはり普通の中学生が学校に行くにしては早い時間に、しっかりと黒の学ランを着こなし左腕には風紀の腕章をつけている雲雀さん。そう、彼が私の隣の家に住んでいる悪の化身……ただのお隣さんである、並盛中の風紀委員長の雲雀恭弥、だ。不良の頂点と言われる彼も朝は弱いらしく、少しまだ眠りから覚醒されてないらしい。しわの寄った眉間の間が、いつもより深い。



しかし、それでも自分の朝食が置いてある席に座ると意外にも礼儀正しい雲雀さんは「いただきます」と手を合わせて何故か私の家にある彼専用の箸に手を伸ばした。私はそれを横目で見ながら自分の席へとつく。恐れ多く、雲雀さんの隣や前へと座れるわけもない私の指定席はいつの間にか雲雀さんの斜め前になっていた。




「おはよっ、恭弥!!」



「おはよう、吾郎」



「えっ、ちょ、声小さっ!もっと元気良くしろよー」



「……」



「あれ、恭弥にいたっては無視?無視って酷くない?





朝からうるさい吾郎は今日もまた、何故か着なければいけない学ランを着ずにセーラー服を身に着けている。もうツッコミは疲れたと思い、吾郎がセーラー服を着ていることにはツッコミもせずにただうざったい吾郎の挨拶に言葉を返した。雲雀さんが先ほどよりも眉を寄せ、吾郎を一瞥してから味噌汁をすすり、ボソッと「朝から君のテンションはうざいんだよ」と雲雀さんにしては珍しくまっとうなことを言っていた。しかし、それを口にすれば吾郎がさらにうざくなるのは分かりきっていたので、私も同感です、と心の中で雲雀さんに返していた。





「恭弥、冷たすぎだろー!さっき、には挨拶してたの聞いてたぞ?」



「・・・君、いつからいたの?」



「えっと、が味噌汁を作り終わったぐらいか?」



「お前、何がしたいんだよ」





女の子にしては汚い言葉遣いだが、許してやって欲しい(きっと言葉遣いが悪いのは私の斜め前にいる少年のせいだと思われる。お前、とは言わないけれど、すぐに殺すと言うのはどうかと思う)それに、吾郎も吾郎だ。いたのなら早くこちらに来ればよかったし、そもそもどこにいたのか教えてくれ。どうやら雲雀さんも気づいてなかったらしく、少しだけ目を丸くしていた。


どれだけ存在感がないんだ、吾郎。あの雲雀さんに気配を悟らせないとは我が兄ながら、少し怖いなーと思いながら卵焼きを口に運ぶ。あ、この卵焼き美味しい。





「……それにしても、兄妹そろって違う学校に通ってるのも珍しいね」




「あ、恭弥もそう思う?俺も、さ、は青学に来ればよかったと思ったんだぜ?なのに、が氷帝に行くって煩くて……絶対、セーラー似合うと思ったのに



「あはは、吾郎と同じ学校だ何て死んでも嫌だから」



ひ、酷っ……!



「それなら、並中に来ればよかったじゃないか」





雲雀さんの言葉に口の中にあった卵焼きが喉をつまる。まさか、貴方がいるから行きたくありませんでした、なんていえる訳がない。言った所で、何処に隠してるのかも分からないトンファーが飛んでくることは目に見えている。もし、私が仮に並中に入学していたらきっと風紀委員長のお隣さんとして、みんなから避けられていたなんて考えなくても分かる。

ましてや、ただでさえ、他校に通っているのにも関わらず風紀の仕事をさせられているのに、同じ学校だったら今以上に多くの仕事を任せられていたのに違いない。「並中のブレザーも良いよな」と呟いている吾郎。お前の場合、女子の並中の制服だろ、と言うツッコミは心の中だけにして、今は雲雀さんへの答えを探す。






「……まぁ。別に僕は君らがどこの中学に行こうが興味はないけどね」



「そんなこと言って〜本当は恭弥俺達と一緒の学校に行きたかったんだ
咬み殺す……!






斜め前でトンファーを取り出す雲雀さんに顔を青くしている吾郎。あぁ、馬鹿な奴。と思いながら最後の一口を口に入れ、小さな声で「ご馳走様」と呟いた。まったく構っていられない。しかし、家が破壊されたらたまったもんじゃないから、家が破壊されそうになったらとめにはいることにしよう。そう思いつつ、食器を持って台所へと行く。

自分の食器は自分で洗う。これは、三人で食事をするようになってからの絶対的ルールだ。あの雲雀さんも、ちゃんとそのルールは守ってくれているから、私の苦労もそこまで……いや、かなり苦労はあるんだけど、あるんだけど、少しは軽減されているんだろう(と思いたい)



食器を洗い終わり、未だ無駄な言い争いをしている二人を横目に二階へと行き学校の鞄を手にもつ。今日は、平穏に暮らせるように、と柄にもなく神様にお願いをして、部屋を出た。しかし、悲しいことに神様にこのお願いをかなえてもらったことはない。可哀相すぎるな自分!





「いってきます」



音もなくドアをあけ、家を出る。あの二人に付き合っていたら私のほうが遅刻してしまう。それに、たまにあの二人が一緒に学校に行こうなんて言うからとても困る。お前ら違う学校だろが!と言ったところで吾郎にそれは通じても雲雀さんには通じない。遅刻?そんなもの僕には関係ないよ?なんて言われた時には、本当にこの人大丈夫なんだろうか、色々と心配になったくらいだ。


ましてや、僕は僕の好きなようにするさ、と普通の義務教育中の中学生なら絶対にいえないような言葉をさらっと言ったときは何故、あのお母さんとお父さんからこんな子供が生まれたのだろう、ともしかして雲雀さんって、養子?と不安になってしまった
「何、君先に行こうとしてるの」……あれー、幻聴が聞こえるんですけど。この声の持ち主はまだ吾郎と喧嘩をしているはずだと思っていたのに。それにまったく気配がしなかった。ドアのあく音も私の傍まで近寄ってくる足音も。しかし、相手は雲雀さん。そんなの朝飯前にやってのける(いや、まぁ、朝飯は食べたけど)



「ひ、ばりさん……吾郎は?」


「あぁ、吾郎なら咬み殺してきたよ」


「(吾郎……!)」


「それで、君に聞きたいことがあるんだけど」




それなのに、先に行こうとするなんて嫌がらせかい?と言われ、私は脳内でそんなこと一言も言ってなかったじゃないですか!と言っておいた。口にだすことはできない。というか、無駄、なのだ。これはもう十数年間一緒にいたことで分かりきったことだ。



「何ですか?」


「今日の放課後、並中の応接室に来れるよね」




聞きたいこと、ということは質問事項であるはずなのに、それはもう既に決定事項になっているんですけど!雲雀さんクエスチョンマーク忘れてますよ!と、思いつつ、今日の放課後の予定を思い出す。部活は確かなかったはず。だけど……





「今日は用事があるから、無理ですよ」




久々の休みなんだ。雲雀さんの手伝いでその休みを台無しにしてしまっては、と思って出た言葉だった。本当はやることなんてない。用事があるといえば雲雀さんも私に風紀の仕事を手伝わせることを断念させてくれるだろうと思っての言葉。しかし、その言葉に雲雀さんが断念してくれるだろうと安易に考えた私が馬鹿だった。



私の言葉に雲雀さんは眉を寄せ、とても不愉快だ、というのが表情から汲み取れる。子供のときから不機嫌になったときだけは分かりやすすぎるんだ、この人は。




「用事って、何?部活は今日休みなことはとっくに調べはついているんだよ」



(調べたのかい!)いや、他に用事があるんですよ」



「それって、その部活の奴らと?それとも、赤ん坊達との用事かい?」





赤ん坊達、といわれればすぐに誰のことなのかは分かる。私がツナ達と知り合いになったと思えば、実は雲雀さんもツナ達のことを知っていた。ツナ達が並中に通っているのだから当たり前か、と思ったりもしたけれど、どうやら理由は他にもあるらしい。もちろん、良い理由ではないみたいだけど。


もちろん、そのことが分かってからさらに雲雀さんと会うことが以前より増えた。というよりは咬み殺されそうになる回数が増えた、という言い方のほうが正しいかもしれないけれど。赤ん坊との用事といえば、雲雀さんも引いてくれるかな、と考え首を横にふった。そんなこと言ったら、それが事実となってしまう。あの赤ん坊に弱みをつくることはしたくない(それに、既に弱みばかりのような気もする……泣きそう!)




「……最近、そいつらとずいぶん仲が良いみたいだね」



「いや、仲が良いって言いいますか(部活の連中と、ツナ達はもうしょうがないというか、リボーンの策略でしょうがないんですけど、ね!)」



「それになんなの?昔はきょうちゃん、きょうちゃんって群れてきたくせに、今は僕に寄り付きもしないじゃないか」



群れたらあんたが咬み殺すんでしょう!それに、寄り付けるわけもない。確かに訳もなく咬み殺されたないと言う気持ちがないわけじゃないけれど、私と雲雀さんとでは色々と違いすぎる。雲雀さんは並中の風紀委員長で不良の頂点で、昔はそんなこと気にならなかったけど顔なんてそこらへんの人に比べたら凄く綺麗だし、私がとてもじゃないけど、馴れ馴れしく名前を呼んでよいひとでも、近づいてよい人じゃないと思う。


だから、幼馴染、だからって馴れ馴れしくできるわけがないと、してはいけないと私は思っていたんだ。




「なんだい、ひばりさんだなんて。昔みたいにきょうちゃんって呼べば良いじゃないか」



「……ひばり、さん」




「普通、ここは空気読んだらきょうちゃんって呼ぶだろ!」




「えっ、いや、それはやっぱり妥協できないというか」





それに空気読んで欲しいのはいつもの雲雀さんのほうです、と言う言葉は飲み込んだ。まさにその一言こそ、こんな場面で言えば空気を読んでないような発言ということは分かる。それに、今更、きょうちゃんと言われても、もう雲雀さんと呼ぶことになれてしまった私には雲雀さんのほうが言いやすい。しかし、そんな私の気持ちなんて雲雀さんに通じるわけも泣く雲雀さんは心底不愉快そうな顔をすると踵を返して歩き出した。久しぶりにあんな駄々をこねたような雲雀さんを見たな、と思いながら遠くなる雲雀さんの背中をみすえる。手には何も持っていない。どうやら今日も鞄を持たずに学校に行くらしい。




あの様子だと絶対に機嫌を悪くしていることはもう分かりきったことで(雲雀さん、このままじゃ1週間は機嫌が悪いままだな)さすがに、このまま学校に行くのも後味が悪いと思った私はハァと息を吐くと、久しぶりにきょうちゃん、と彼の名前を呼んだ。呼んだ瞬間に振り返った彼の顔は珍しく驚きをあらわにしている。




「きょうちゃん、やっぱり今日の用事はなくなりそうだから、並中まで行くね」



「……あぁ、待ってるよ、





小さい頃と何も変わらない笑顔を浮かべて、優しく私の名前を呼ぶ。彼は何も変わっていなかった。雲雀さんもきょうちゃんも何一つ違うところなんてない。優しい笑顔に優しい声。これは思い出なんかじゃなくて、今でも許されている事実、なんだ「じゃあ、放課後に行きますね、雲雀さん」といつの間にかいつもどおりの呼び方になってしまった私に、また雲雀さんは僅かに不機嫌そうな顔に戻った。だけど、それでもどことなくまだ機嫌はよさそうなのでセーフ、だろう。「放課後。なるべく早く来るんだよ」踵を返して歩き出した雲雀さんを見て、私も歩き出す。とりあえず、今日の放課後はゆっくり休めなのか、と思いながら、久々に見た幼馴染の優しい笑顔を思い出し、まぁ、良いか、と思っている自分がいて、少しだけおかしくなった。



















「って言うのは、どうだ?」



「いやいや、どうだ?じゃないよね?!何その話!」



「はは、ってヒバリと幼馴染だったんだな!」



ちげぇよ!




「ちょっ、落ち着いて」



「落ち着いていられるわけないじゃん。急に電話があったからこんな話聞かされるなんて、なんのいじめ?泣くぞ、コラ




「テメーが泣いたところでどうにもなんねぇだろうが」


「うるさい、獄寺!自分でも分かってるから、それは!」


「こうだったら面白いと思ったんだぞ」


「リボーンは面白くても私は面白くないよ!あの人と、となりの家なんて死んでも嫌だ……!!」


「(ヒバリさん凄い言われようだ……)」


「ワオ、赤ん坊に呼ばれて来てみたら、何君たち群れてるわけ?咬み殺すよ」


「ひぃぃ、すみません、ヒバリさん!!」


「とりあえず、逃げとくか?」


「何言ってやがる。ここは俺が
「ほらほら、獄寺早く行くよ。じゃあ、雲雀さんまた今度!」





「逃がさないよ」





もしもな世界パート2ー!







(今度、変なこと考えたら絶対リボーン許さない!)

、そんなこと言ってる場合じゃないって!早く逃げないと殺される……!)



















(2008・05・15)


雲雀に「空気嫁(ちょ、漢字変換)」を言わせたかったんです←

ひよこサマリクエストでもしも二人が幼馴染だったらでございますが、やっぱり微妙ですみません!(土下座)文章にまとまりもなくくだくだな展開となってしまった上に更新が遅くて……!苦情はもちのろんでお受けいたしますので、よろしくお願いします!いや、でも苦情はしてやらないで下さるとありがたいです(敬礼