私は今なんで笑いたくもないのに、笑って、自分の笑顔を知らない人に振りまいているんだろう。答えは簡単。今、私がバイトの真っ只中だからだ。知らない人に笑顔を安売りするなんて!どうせ笑顔を振りまくなら好きな人に振りまきたいわ!と思って少しだけ肩が落ちた。そんなのありえない。好きな人なんていないじゃん、自分。昨日だって店長に彼氏がいないなら今日大丈夫だよね?とか言われて、急遽シフトに入ったような奴なのに。あぁ、もう、折角今日は休みのはずだったのに!店長の馬鹿!なんだよ、自分は奥さんとラブラブだからって!ちくしょー、羨ましいんだよ!どうせ私は彼氏なんていないよ!今日も寂しく知らないおじさんとかに笑顔の安売りしちゃってるよ!と、店長に対する不満を募らせながら私はコンビニのレジでいつものようにバイトをする。並高ってバイトして良いのか悪いのかは知らないけど、家に帰っても暇だしバイトぐらいしかやることはない。友達と遊びに行ったりもするけど、毎日遊びに行ったりするわけでもないし、家でごろごろするよりもバイトをした方が良いだろうと思ってはじめたバイトも今日で半年ぐらいは経ったんじゃないかと思う。この半年間一回も知り合いがこのコンビニを訪れたことはなくて、私はだからこそこのコンビニでバイトを続けられるんだろう。私は知り合いに笑顔を安売りしているところを見られたくない派だから。




「いらっしゃいませー」




無言で入ってくる客にこれまた笑顔の安売り……顔を上げて見て見ればこの辺りでは珍しい黒の学ランに私は思わず叫びそうになった。別に黒の学ランであったとしても相手がリーゼントなら私は何も言わずにただその客が帰るのを笑顔で見送っただけだった。だけど、今自動ドアを開けてきたのは雲雀恭弥と言う男で、名前と顔しか知らない男ではあるけど、私は一瞬だけ固まった。これならまだ知り合いが来てくれた方が良かった。雲雀恭弥が来るなんて、この半年間一回もなかったのに。今は今日にシフトを入れた店長が憎い。さすがに、雲雀恭弥のお会計なんて私には恐くて出来るわけもなくこれはもう店長を呼ぶしかないと思った私はおくに行き、店長ーと叫んだ。だけど、店長から返ってきた言葉は「ごめん、さん!今、奥さんとラブラブ中なんだ」こぉの、店長くらすぞ?!あぁん?!何がラブラブ中だ。うらやましんだよ、ちくしょー!!わ、私だってラブラブしたいんだよ!って、今はそんな事よりこの場をどう乗り切るかだ。いや、もう、私はただのアルバイト。このさいフリーターで雲雀恭弥の存在なんて知らない人だという設定で、私は雲雀恭弥が牛耳る並高の生徒じゃない、と言う事で行くか!そうだ。それに、雲雀恭弥がいちいち生徒の顔を覚えてるわけがないし、うん、よし来た!



「ねぇ、さっさと会計してくれない?」



って、本当に来てたよ……っ!あぁぁぁぁぁ、もう、神様仏様、店長様様・・・・・あ、いや、店長は役に立たないから駄目だ。それよりも店長なんかよりもよっぽど、店長の奥さんのほうが役に立つしなー。ははっ、店長アルバイトからこんな事思われてるなんて思ってもないんだろうな「早くしてくれない?」「あっ、はい、ただいま!」いつもより5倍は頬が引きつる。お客様は神様です!いえ、むしろ咬み様ですよ、雲雀恭弥の場合!(って、意味が分からないからぁぁぁ!!)あまりの同様に雲雀恭弥の買った暖かいコーヒーを袋に入れるのも手が震える「120円のお買い上げです」と言ってでてきたのは1万円札「店長一万円入りまーす」なんで、こんな時に限ってお釣り出すのが面倒くさいのをだすんだよ、この馬鹿男ぉぉ!!



5千円札と千円札をレジから取り出して雲雀恭弥へと手渡す。さて、問題は小銭だ。小銭!手が触れた瞬間にきっと「汚い手で僕に触れないでくれる?」とか言って、咬み殺されるに違いない!!あぁぁぁ、やばいよ!やばいって、それは!レシートと小銭を持つ手がかなり震える。少しだけ触れた雲雀恭弥の手は冷たくて、暖かいコーヒーを買ったことが何となく納得できた。って、やばい!触っちゃったよ!雲雀恭弥の手にちょびっとだけだけど触っちゃったよ!!と焦る私を他所に雲雀恭弥はおつりを受け取ると、何も言わずにコンビニから出て行った「ありがとうございましたー」と精一杯の笑顔で言い、私はハァと息を吐いた。



「あれ、さんなんか用事だった?」



「店長の馬鹿ー!!!」



「え、え?!店長に対して失礼だな、アルバイトの癖に!」



あら、でも本当のことじゃない、と店長の奥さんも奥から登場。どうせ登場するなら、もっと早く登場してくれよな!店長のくせに!店長のくせに!キッと店長を睨みつければ店長の奥さんがゆっくりと笑って「ごめんなさいね、駄目な夫で」と言った。凄い言われようだけど、それでもこの夫婦がラブラブで、心の底から凄いと思う。これはきっと店長が巷で最近話題のエムだからなんだろう(そしてきっと奥さんはエスなんだろう)あぁぁ、明日から学校行くの憂鬱だ!と思いながら、私はその日一日ずっとこれまた笑顔を安売りしながら頑張った。時給700円。雲雀恭弥が来た時間だけ、時給一万円ぐらいにしてもらえないか店長に相談してみたいと思う。





***




次の日も、私はバイトを精一杯頑張っていた。いつものように笑顔を安売りして、少しだけ悲しくなる。ガーと自動ドアが開く音がして笑顔で「いらっしゃいませ!」と言う。そして、これまた固まる。はい、またのご登場です雲雀恭弥!店長ー!助けてくださーい!さすがに二日連続で雲雀さんの相手は無理だ!今日だって学校があってる間、応接室の前は通らなかったり、なるべく雲雀恭弥が出没すると言う噂の場所は行かないよう努力したのに、まさかこんなとこで会うなんて!!(とりあえず先生には並高はバイトOKって事は聞いたけどさ!)(それでも不安になるのが女子高生ってものだろ!)


てんちょうー、とまた奥にいるはずである店長を呼ぶ。



「ごめん、さん!今、奥さんとラブラブだか
「店長なんて死んじまえ!」



もうこんなコンビニなんて辞めてやる!な気持ちが私の中で芽生えた瞬間だ。いや、それよりも店長に死んじまえなんて言った時点で店長から辞めさせられてしまうかもしれない。自分から辞めるならまだしも店長から辞めさせられてしまうのはなんだかカッコ悪いような気がして気が気じゃない。あぁ、もう店長夫婦はラブラブしすぎなんだよ!いつもじゃんか!仕事しろよ、仕 事 ! カタンと言う音がしてレジの方を見ればそこには昨日のように雲雀恭弥が立っていた。あぁぁぁぁぁ、やばいぞぉぉぉ?!とは思ってもこのまま雲雀恭弥をお待たせする方がやばいに決まっている。はい、笑顔をつくって!スマイルはただですよ!とどこぞやのハンバーガーショップの店員のような事を考えながら、私は雲雀恭弥の前にたった。今日もコーヒー。それも無糖。コーヒーに砂糖なし、ミルクなしで飲めない私にとっては強敵なコーヒーだな、と現実を見たくなくて考えていれば、いきなり雲雀恭弥が「ねぇ」と話しかけてきた。ひぃぃぃ、スマイルはただ。スマイルはただ、と必死に自分に言い聞かせ、顔が崩れるのを何とか防ぐ。



「な、な、なんでございましょうか、お客様」


「君、並高の生徒でしょ?」




バ レ テ ル ー ! !いやいや、大丈夫だよ。大丈夫。先生だってバイト大丈夫だといっていたし、別にここで雲雀恭弥に私が並高の生徒であることがバレていたとしても関係ないじゃないか!そうだよ、こっちは趣味でバイトをやってるんだから!(最近の趣味、貯蓄)(本当に女子高生かよ!)「は、い、そうですけど」と言えば雲雀恭弥は「バイトは楽しい?」と聞いてきた。楽しい、と聞かれれば楽しい。店長は奥さんとラブラブしすぎだと思うけど良い人ばかりだし、笑顔の安売りなんてしてらんねぇぜ!って思うときもあるけど、子供がにこーと笑ってありがとう、なんて言ってきたときには思わずガッツポーズ決めちゃうし、多分楽しいと思う




「えぇ、楽しいです」


「そう」




そう言って、雲雀恭弥はきょうも一万円札を私の方へと差し出した。この人一体何枚、一万円札持ってるの?!何この非常識!坊ちゃんめ!と思いながらお釣りを渡せば、小銭を渡す時にまた手が触れてしまった。冷たい雲雀恭弥の手。私はずっと暖かいコンビニの中にいるから手は暖かい(あれ、手が冷たい人って優しい人とか言わなかったっけ?)(じゃあ、手が暖かい私って冷たい人なの・・・・・・?!)ありがとうございました、と笑顔を作って言えば雲雀恭弥は少しだけ私の前で止まったままだった。他にお客さんがいないから良いけど、これってレジに人が並んでる時にやられると迷惑だよなー、と思いつつもさすがに雲雀恭弥に邪魔になるんで、なんていえるわけもなく私はただ無駄に笑顔のままだった。店長ー、助けて!心の中で叫んでも店長は来ない!ちくしょー!まだ奥さんとラブラブしてんのかよ!



「僕もここに来るのは楽しいと思うよ」



「へ?」


がいるからね」




そう言ってコンビニから出て行った雲雀恭弥を私はぼけっと見ることしか出来なかった。私がいるから、ここに来るのが楽しい?おぉい、なんだかそれってこ、告白みたいじゃないか!って、いやはや、まさか雲雀恭弥がそんな告白なんて、ね!と思っていれば奥から店長がこちらをじとーと見ていた「さん、若いって良いね〜」やっと現れたと思ったらそれかよ、店長!本当、しんじまえ!そう思いながら店長をにらめば店長がにっこり笑いながら「さんにはバイト頑張って貰わないといけなくなったね」の一言。あぁ、頑張ってあげるさ!雲雀恭弥が来てくれるならね!(……って、私名前言った覚えないんですけど!)









(2008・03・07)