本当は嫌だなんて言えない
昼休みという短い時間の中に今まであったすべての出来事を話すなんてことはもちろんできるわけなくて、重要なところだけお弁当を食べながら花と京子ちゃんに話した。
だんだんと花の眉間にしわが寄っていっているのはみないふりをして(無駄なことだっていうのは分かってる!)(でも怖い!)、うつむき加減に話し終われば一番最初に待っていたのは花の怒鳴り声だった。
「馬鹿!」
普段の花からの馬鹿よりも10倍も20倍も威力がある。そんな花に私はお弁当を食べる手を止め、さらに小さくなることしかできなかった。
「そんなことで私が、私たちがあんたから離れていくわけないでしょ!!」
なんで、花はこんなにも私がうれしくなることを言ってくれるんだろう。
きっとほかの人にとったら、雲雀さんの妹になったという事実はそんなことですまされるはずじゃないはず。そりゃ、私はもう雲雀さんのよいところをたくさん知っている。
確かに怖かったけれど、今では優しい彼しか知らない。
けれど、花や京子ちゃんにとったら雲雀さんは怖い人という印象のほうが強いに違いない。それはほかの人にも言えたことのはずだ。並盛で流されている噂が嘘が真かなんて知らないけれど、あれだけの不良を従えていたら嘘だって真のように思えてしまうかもしれない。
ただ応接室に呼び出されただけでも周りの私を見る目には明らかな同情の眼差し。そのことからも容易に想像がつく。
だから、私は怖かったんだ。
大切な友達が離れていくことが。
本当は雲雀さんはそんな人じゃないんだよ、という言葉が届かないことが。
雲雀さんにはヒドいことを思っていることは自分でも分かっている。まるでこんな言い方じゃ雲雀さんの妹になったから友達が離れていくと考えているようなものだ。
でも、雲雀さんの妹になれたことがうれしくてたまらなかったのも事実で、今ではちょっと苦しいときもあるけれど、それでも本当に本当に雲雀さんの妹になれてよかったと思っている。だから、本当に雲雀さんのことだって分かってもらいたいと思ってしまう。でも、離れてしまったあとではそんな言葉も信じてもらえないかもしれない。
私はそれも、怖かったんだ。
今までの自分が馬鹿みたい。これじゃあ、花に馬鹿なんて言われてもしょうがない。だって、本当に私は馬鹿だったんだ。私の友達は最高に優しくてすてきな友達なんだよね。
でもね、そんなことだなんて言ってくれるのは花や、京子ちゃんくらいだよ。
ほかの子たちだったら間違いなく離れていくはず。
「……うん、ありがとう」
でてきた言葉はたった一言。でも、それだけでも花と京子ちゃんは笑みをうかべて私に笑いかけてくる。
事実を伝えたあとにこうして笑いあえるとは思ってなかった私はあまりのうれしさに感情をおさえることができない。
「ちょ、ちょっとあんた何泣きそうになってるのよ!」
「だ、だってー!」
「ふふ。はい、ちゃんハンカチ。」
「ありがとう京子ちゃん。花も、本当にありがとう」
泣きたくなるのもしょうがないよ。だって、こんなにもうれしいことってきっとなかなかない。素敵な友達だって世界中に自慢して回りたい!
***
結局あの後私の涙はすぐにはとまらなかった。花はしょうがないわね、と苦笑して、京子ちゃんは自分のハンカチで私の涙をふいてくれた。
それでさらに泣きそうになってしまった私はかなり涙腺がゆるくなってるんだと思う。でも、ずっと泣いているわけにもいかず、その場は我慢してなんとか涙をこらえて私はお弁当を食べきって屋上をあとにした。
「じゃあ先に教室に戻ってるね」
「はれてるようだったら保健室で氷もらってきなさいよ」
「わかった」
お弁当は花に預けて私はトイレへと向かう。さすがに泣きはらした顔のまま教室に戻るのははばかれたので(まぁ、あんまり変わってはないかもだけど!)トイレで顔を洗っていくことにしたからだ。二人はついてきてくれるといったけれど、もうすぐ授業も始まるしなんだか泣いたこともあって気恥ずかしいので二人には先に教室に戻ってもらった。
廊下には特別教室しかない階だからか人の姿は見えない。だから、油断していた。
自分の真後ろに人がいたことにも気づかなかった。
「ふっ?!」
後ろから口を手で塞がれ、すぐそばの教室へと押し込まれる。いきなりのことに反応が遅れ、反抗という反抗もできなず私はただただ怖くて仕方がなかった。
誰?どうして?
なぜ自分がこんな目にあってるのかなんて理由もわかるわけがない。でも怖いことだけは確かで先ほどせっかく京子ちゃんがふいてくれたのに再び私の瞳からは涙があふれそうになった。
「しっ。静かに」
「?」
う、うん?凄く聞き覚えのある声。これって、もしかして?いや、もしかしなくても?
耳元で聞こえた声に動きをとめれば、すぐに口元の手のひらがはずされて身も解放された。向かいあうように振り返ればそこには思った通り、
雲雀さんがいた。
何するんですか!とおもいっきり叫びたい。ほかにもいろいろ言いたいことはたくさんある。けれど、雲雀さんが先ほど静かに、といった言葉を思い出して何も言えなかった。
それにきっと雲雀さんのことだから無意味にこんなことをしたわけじゃないんだろう。何か意味があったに違いない(ほかにやり方はなかったのか、聞きたいところではあるけど!)
そしてきっと。
私が今ものすごく緊張していることだって雲雀さんは気づかない。先ほどまで私を包んでいた温もりが雲雀さんだと気づいて先ほどとは違った意味で、心臓がものすごい音をたてている。
雲雀さんだと分かった瞬間現金なものだ。
教室の前を誰かが通っている音がする。それが通り過ぎたところでやっとのことで雲雀さんが口を開いた。
「手荒なことして悪かったね」
「い、いえ……でもどうしたんですか?」
私の問いに雲雀さんは眉を寄せた。とても言いにくそうな表情に知らず私の体にも力がはいる。なんだか、とてもいやな気がする。だって雲雀さんがこんな表情することなんてなかなかない。
「君も聞いたかもしれないけど、今校内に僕と君の噂が出回ってるのは知ってるかい?」
噂。
たぶん花が言っていた噂のことだろう。私はゆっくりとうなづいた。それを見て雲雀さんは深く息をはいて、私から視線をはずした。
「そう」
雲雀さんの顔に影が出来て私からは雲雀さんの表情はうかがえない。
しかし、なんとなくではあるけれど雲雀さんが今どんな表情をしているのかが分かる。分かるからこそ、凄く怖い。きっと、今の雲雀さんは今まで私が見たことがない表情をしているに違いない。
いつもより幾分か低い声。それからは温かみは感じられず、どことなく突き放すような冷たい声のように感じられた。
「」
ゆっくりと雲雀さんが私の名前を紡ぎ、再びこちらへと顔を向ける。いつもとは違う雲雀さんの様子に目を合わせることができずに私は視線を下へと向けた。ドクリと大きく音を立てる心臓に、嫌な予感しかしない。
聞きたくない。
だけど、無情にも雲雀さんの口からはっきりとその言葉は紡がれた。
「当分、校内では会わないでおこう。放課後の風紀の仕事も手伝わなくて良い」
淡々と述べられた言葉。でも、私は思ったよりもこの言葉に驚いてはいなかった。
きっと、雲雀さんがこんなことを言うことはなんとなく予想ができていたんだろう。
だって、こんな噂がたてられて雲雀さんは困っているに違いなかった。ましてや雲雀さんが自分の、それも真っ赤な嘘な噂をそのままにしておくというのは考えられなかった。
(相手が私じゃなかったら違ったのかな)
もしも相手が私じゃなくてほかの女の子だったら、雲雀さんはどうしていたんだろう。こんなこと考えて苦しいのは自分だけのはずなのにどうしても考えずにはいられなかった。
とことん、私ってば花の言うとおり馬鹿なのかもしれない。自分で自分を追いつめるようなことを考えて、勝手に気落ちしていく。けれどそんな様子を雲雀さんの知られるわけにもいかず笑顔を作り頷いた。
あぁ、折角京子ちゃんに拭ってもらったばかりなのに。また涙が流れ落ちそうだ。
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(2010・10・04)
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