万年筆を手に取り、ここ数年でだいぶ慣れてきたイタリア語を書き綴っていく。イタリアに来た当初はまったくもってできなかったイタリア語も強制的に使っていればいつの間にかさすがに母国語とまではいかないまでにしても使いこなせるようになっていた。
それにボンゴレの屋敷内では比較的会話は日本語で、日本語が恋しいと思うこともない。
私の目の前に積み上げられた何枚、いや何十枚という書類。今朝、ツナから頼まれたこの書類の期限は残り一時間とちょっと。のこりも少なく、これなら時間の通りにツナへと渡せることができるだろう。
このまま残りも一気に書きあげてしまおうとと気合いを入れ直す。が、目の前から注がれる視線に私の手は、とまった。
気にするな、あいつはこっちを見てるんじゃない。書類を見ているだけで自意識過剰になるんじゃない、とは思いつつもリボーンに鍛えられてから敏感になった人の視線は明らかにこちらを凝視する勢いで注がれている。
これ絶対に自意識過剰なんかじゃない。奴は私を見ている。
「……」
無視をすれば良いだけ、とは分かってはいた。残りの書類も少ないとは言っても時間も残り僅かなのは事実で相手にしている時間なんてほとんどない。しかし、人からこんなに見られることに慣れていない私は視線が気になって仕方がない。こう言う時こそお得意の図太さを発揮したかったのだが、それも叶わず私はその視線に負けて手を止めてゆっくりと視線をあげた。
こちらをまっすぐに見つめている人物はいつものようにニコニコと効果音のつきそうな勢いで爽やかに笑みをうかべている。私の目の前のソファーに座り、ただただこちらを見つめているだけで何も言ってはこない。いつもはうるさいくらいくらいで獄寺に怒られるくらいなのに、静なのは静かなので逆にあやしいというか、気になる。
だからなのか、珍しく私からことばをかけていた。
「何、どうしたの?」
私の言葉に「んー」と間延びした言葉をこぼす。答える気がないのならこっちを見るな、むしろ仕事に集中できないから部屋から出て行ってもらいたい、とは思ったもののさすがに言葉にできるわけがないなぁと考えていたら、目の前の人物から思ってもみなかった言葉が返ってきた。
「いや、可愛いなって思って」
「……は?」
「真剣に書類見てるのが綺麗だったから、思わず見惚れちまった」
時計の音しかしない静かな部屋の中でその言葉は意外にも、大きな音となり、私の耳へと飛び込んでくる。
えぇい、ちょっと黙れ!とは言いたかったのだけど、思ってもみなかった言葉に、私はうまく言葉を紡げない。そのうえ言われた言葉に真っ正直に反応してしまい、顔に熱が集まるのを感じて頬が赤く染まる。それを見て、さらに目の前の人物は微笑みを深くして「やっぱり、可愛いのな」なんて陽気に言っている。
やめろ!これ以上言われたら私のほうが耐えられない。握りしめていた万年筆が書類に紡いだ文字はとても文字とは言えず、書きなおしは避けられそうになかった。
「い、いや、ちょっと、急に」
「急にじゃねぇよ?いっつも思ってることなのなー」
「黙って!本当黙って!」
思わずスーツの中に手をやり銃に手をかける。人と言うのは言われ慣れないことを言われるとここまで動転してしまうのか、とほんの少し落ち着いてきた頭の片隅ではそんなことを思っていた。可愛いという、言葉。吾郎になら今まで何回、むしろ数えきれないほど言われたことがある。しかし、やはり兄と、その、なんだ、好きな人に言われるのでは大違いだ。
目の前の人物は可愛い、なんて単語惜しみなく使うような人物だけど、何度言われてもそれになれることはない。言われる度に真っ赤になってしまうのはもう、仕方がないことだ。
さすがに銃はまずい、と思いなおした私は右手で再び万年筆をてにとる。
目の前でほほ笑む人物が憎らしい。何か言い返してやりたいが、どうせこいつはかっこいいなんて言葉も言われ慣れているだろうし、なんて言ったら一番効くかなんてこと私には分からない。
少しだけ睨みつければ、「俺は」と言いながら私の額へと手を伸ばしてきた。
「こんな可愛い嫁さんが持てて幸せだな」
あまりにも優しい笑顔で笑うから、目をそらしてくてもそらせない。そんな風に言わないでほしい。
むしろ、私のほうが何倍も何十倍も幸せ、なんだから。こんな見た目も中身もパッとしないのに、私を好きだと言ってくれて、私を選んでくれて、よっぽど私のほうが幸せだ。たくさん甘やかしてくれる君に、返せるものはほとんどない。照れて憎まれ口しか返せない。なのに、そんなにうれしそうに微笑まれたら憎まれ口でさえ返せない。
こんなに幸せで、私本当に良いのだろうか、とさえ思ってしまう。
君が言ってくれるだけ、好きという言葉は恥ずかしくて言い返せないけれど、好きという気持ちなら絶対に負けない自信が私にはある。
「私のほうがよっぽど幸せだ、よ」
「ん?」
「こんな、かっこいい旦那さんがいるんだからね」
僅かに笑いながら言えば、目の前の人物は目を丸くしてそのあとすぐに破顔させながら笑った。普段なら考えられない少しだけ赤くなっている頬にしてやったりと思ったのもつかの間、私の額にやっていた手で頭をくしゃくしゃしたと思えば、テーブル越しにこちらへと身を乗り出してきた。
何事かと思ってそのまま見つめている私の前髪を右手であげ、柔らかい感触を額に感じる。すぐにそれは離れ見上げれば、更に頬へと同じ感触が落ちた。
「本当、お前可愛いすぎ」
「…うるさい」
武はかっこよすぎ、と言葉を返す。それにもまた嬉しそうに笑うものだから、ムカついて頭をはたく。本当にかっこよすぎて、心臓が持たない。
乗り出していた体を元に戻して、こちらを見つめる顔にはもう既に頬の赤みは引いている。それに反して、私の頬はまだ赤いんだろう。額と頬に、まだ柔らかい感触が残っていた。
「ほら、書類。ツナが待ってるんだろ?」
「うん、」
言われて私はまたおもむろにに万年筆を握りしめなおしイタリア語を書き綴っていく。もちろん先ほど失敗した一枚ははじめから書きなおしだ。そのことにはため息が零れてしまいそうだったけど、そのため息はのみこむ。時計に視線をやって時刻を確認。残りは一時間。急いでやらなければツナに迷惑がかかってしまう。
(…よし!)
変わらず、目の前からは視線を感じたけれど今度こそ気にしないように、と自分に言い聞かせた。でも、やっぱり心臓がはねるのはとめられそうにはない。
(2009・05・15)
山本お嫁さんねた。なんだ、この甘さは・・・!自分で書いてて絶望した!
シチュエーションネタを頂いたので調子にのってかいてみましたが、武呼びになれません。たけし、たけし。やまもと、やまもと。うん、やっぱり山本のほうがしっくりときますね(聞いてないよ)
書くのは遅いですがキャラリクエスト、シチュエーションリクエストお待ちしておりまーす!
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