喧嘩をした。始まりはとても些細な喧嘩だったはずなのに、俺はあいつに思ってもないことを口にしていた。自分でも馬鹿なことをしてしまったんだと分かっている。だけど、そのことにあいつのあの傷ついたような顔を見るまで気づかなかった。相手が踵を返して走り去った後にはもう時すでに遅く、俺の伸ばした手から逃げるかのように捕まえられることはなかった。
見えなくなった背中に一つ舌打ちをこぼし、壁に拳を叩きつけてもこの重たい気をはらすことはできなかった。
先ほどのことを思い出してはぁ、とため息交じりに手にした書類を持ってドアをノックする。聞こえてきた声に気合いをいれなおした。10代目の前なんだ。しっかりしろ、俺。
そうは思っているにおかかわらずやっぱりどうしても先ほどのことを思い出してしまい、自然と眉間にしわが寄る。今は仕事中だ、と先ほどから何回自分に言い聞かせたことだろうか。ドアの向こうから10代目の声が聞こえて、俺はドアをあけた。手にした書類を10代目に渡して、部屋を出て行こうとした俺を10代目が制する。
少し話をしようか、と言って微笑む10代目を前に少しだけ泣きたい気持ちになった。
もし俺が10代目のような優しさがあればあいつを泣かせることなんてなかったんだろうか。あいつをいつも笑わせることができていたんだろうか。
俺が10代目みたいになりたいなんて、おこがましいにもほどがあるがそう思ってしまって仕方がない。あいつは10代目の前だったらいつでも笑みをうかべてるんだ。それがなぜか分からないほど俺は馬鹿ではない。
こちらを見上げてくる10代目は書類を机の上におき、「また喧嘩したんだってね」と口を開いた。
また。その言葉が果てしなく重い。
喧嘩したくてしてるわけじゃない。それにいつもは喧嘩といってもただの言い合いくらいで、最後は二人で笑いあって「俺たち馬鹿だな」くらいで終わる喧嘩だ。とはいっても、喧嘩にはかわりはないのかもしれない。
そんな喧嘩さえ数に含めるなら、俺とあいつは今まで出会ってから何回喧嘩をしたことになるのか。きっとその数は数えきれないくらいになるだろう。
「ねぇ、獄寺くんは……のこと好き?」
投げかけられた言葉に俺は一瞬の間もなく「当たり前です」と答えていた。その俺の反応に10代目は少しあっけにとられなかがらも噴き出して笑う。好きじゃなければ、喧嘩してもこんなに悩んでいない。
好きだから、苦しくて、好きだから、素直になれない。
「の前でもそのぐらい素直だとよかったのにね」
「……自分でもそう思います」
あいつを目の前にしたらこんなこと絶対に言えないのに、10代目の前だとすらすらと口にすることができる。一番伝えたい奴には憎まれ口しか叩けないのに。10代目に対してこんなこと言って恥ずかしさがないわけではないがあいつを目の前にした時の比なんかとは比べモノではない。あぁ、かっこ悪ぃ。
好きなやつに思ってもないことを言って怒らせて、本当に伝えたいことは伝えられないなんて小学生の餓鬼か。
素直になりたい。だけど、なれない。
好きなのに。好きだからこそ。
本当は今こうしてお前と話さなくて仕事に身が入らないなんてお前は知らないんだろう。いつも10代目10代目と言ってる俺が心の中で紡ぐ名前はお前の名前が一番多いことをおまえは知らないんだろう。
「あいつがいないと仕事も手につかないんですよ、本当は」
苦笑交じりに伝える。10代目に今渡した書類だって、いつもの何倍も出来上がるまでに時間がかかった。フッと顔にかかった横髪をみみにかけて、顔をあげれば10代目は「じゃあ」と言葉を紡いだ。
「じゃあ、捕まえておかないと。獄寺くんなら、大丈夫だよ」
それに獄寺くんにはがんばってもらわないと困るからね。と紡がれた言葉に俺は、「はい」と答えていた。今すぐあいつを捕まえてこの今の気持ちを全部伝えてしまいたい。好きだ、と。お前がいないと俺は駄目なんだ、と。10代目に頭を下げて、部屋を後にした。廊下をあるきながら、いろいろアイツへの言葉を考える。なって言ったらよいんだろうか、なんてどうせ今考えてもきっと考えていた言葉なんてあいつを目の前にしたら忘れてしまう。
その時俺自身が思ったことを伝えれば、それであいつはわかってくれるだろう。
俺がどれだけが好きなのか。
***
「だって、?」
ツナがギィと椅子を動かす。机の下にもぐっていた私はそれを見上げるように見ていた。今、出て行ったばかりの奴の言葉が頭の中を埋め尽くす。あぁ、どうしよう。私、馬鹿だ。あいつがどうも思ってない人間と一緒にいようなんて思うわけがない。
好きだなんて、数えきれるくらいにしか言われたことがないのにツナの前じゃ簡単に言って述べた。
それもなんだ、あの真剣なあの声。あんな風に言われて恥ずかしくならないわけがない。私は間違いなく顔が真っ赤になっているはずだ。どんな顔をツナに見せれるわけもなく顔を手のひらで隠したまま、机の下から「会いに行ってくる」とだけこぼした。
「ほら、早く行かないと今頃獄寺くんのこと探してると思うよ」
にっこりとほほ笑みながらいわれ、私はゆっくりと机の下から這い出た。立ち上がり、服をパンパンとはらう。先ほどのあいつの言葉を思い出し、うわぁぁ、と少しだけ叫びだしたい気持ちになった。恥ずかしい、恥ずかしすぎる。あいつあんな恥ずかしい奴だっただろうか。
あまりの恥ずかしさに声になららない声でうめき声をあげる私にツナは「二人とも素直じゃないんだから」と呟き、笑顔で私を部屋から追い出した。
私だって好きさ!
(2009・03・06)
獄寺でリクエストいただいたので書いてみました。この二人は多分、喧嘩しっ放しだと思います(笑)そして、ツナはいつもその仲裁役です。折角リクエストもらったのにすみません・・・・・・!
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