夕食後のツナの部屋。いつもは書類で溢れかえっている机の上には今はそれほど書類も溜まっていない。どうやら今日もツナは死ぬ気で仕事を片付けたらしい。さすが、ボス、と心の中でツナに賞賛の拍手をしながら私は目の前に座るツナの顔を見た。
眉間の間には皺。いつもならそこまで私が来ても笑顔で迎えてくれる彼。だけど、時々渋った顔をする時もある。今のように。
「……ねぇ、。部屋に帰らなくて良いの?」
「うん。今帰ったら、私確実に殺される」
「……一体何があったの。今日は雲雀さんから任務から帰ってくる日じゃなかったけ?」
「さっすが、ボス!詳しいね!」
「おだてても駄目だから。それで、何では雲雀さんが帰ってくるにも関わらずここにいるの?」
「いやぁ、この前電話した時にちょっと失礼なこと言っちゃって、さ」
「あぁ、」
「なんか、帰って来た瞬間にトンファーでぼこぼこにされてしまんじゃないかと思うと、怖くて……」
「それで、俺のところに来たってわけね。毎回俺のところに来るからなんとなくは分かってたけど」
「私、別にあんなドメスティックでバイオレンスな家庭を築き上げたかったわけじゃないのに……!」
ツナの口からため息がもれるのが聞こえた。だけど、私にとって心のよりどころなんてここではツナしかいなくて、ツナには申し訳ない気持ちで一杯なんだけど、それでも自分の部屋にはいれない、と言うことは自然とツナの部屋に行くしかない、と言う結論に至ってしまう。
もちろんツナも私がただ遊びに来ただけならため息をついたり、こんな眉間に皺を寄せたような顔もしない。でも、今回のような理由があるといつもこんな顔をしている。
私だって出来ることならツナを巻き込みたくないとは思うけれど、やっぱり怖いものは怖いのである。
「そもそも、始めから間違ってたと思うんだよ。付き合ってもないのに、結婚って可笑しくない?あの時ばかりは雲雀さんもついに頭が沸いたか、って思ったし」
「…、自分も今は雲雀じゃなかったっけ?」
「た、たしかにそうだけど!つい、この前まで雲雀さんって呼んでたのに、そんなすぐに変えられるわけないじゃん!!」
「結婚して、もう何ヶ月たつと思ってんだよ……あっ、もしかして今回もそれで雲雀さん怒らせたんじゃ」
「大当たりです」
いや、だって、だって、正直恥ずかしいって言うのが本音なんですよ!今までの関係を考えると、私と雲雀さんとで甘い雰囲気なんて私にとっては鳥肌もので。こんなんだから獄寺なんかには「お前ら本当に結婚したのかよ」なんていわれるのか?
だ、だけど、やっぱり、私には無理だ……!
「あぁ、やっぱり」
「どうしたの?ツナ?」
「……一体、これで、俺の部屋のドア変えるの何枚目になるんだろ、」
ボソリと呟いた瞬間に聞こえてくる足音。夜だと言うのに、音を響かせて近づいてくるそれに私の背筋はゾッとした。そして、ツナの表情「私、おいとましようか、な」と思い立ち上がった瞬間にツナの部屋の激しい音を立ててドアがぶっ飛んだ。
ごめん、ツナ。謝るのは私よりも、そのドアを零した人のはずなのに、私は心の中でツナに謝っていた。
「君は一体僕をどこまで怒らせれば気がすむんだい?」
そこには明らかに怒った表情をうかべる雲雀さん。私はそれに引きつった笑みを返すことしかできなかった。
「やぁ、沢田綱吉。これが今回の仕事の書類だよ」
「あ、ありがとうございます……」
雲雀さんが無造作に書類をなげる。大切な書類をあそこまで乱雑に扱えるのは多分、雲雀さんくらいだろう。ツナは、その書類を困ったような笑顔で受け取ると視線は雲雀さんが壊したドアの方に向かっていた。
「え、えっと、じゃあ、ツナ!私はもう寝るから、へ、へ、部屋に帰るね!」
「ちょ、?!」
「で、では、おやすみなさい!」
そう言ってツナの部屋をあとにしようと、すばやく雲雀さんの隣を走っていこうとした瞬間、お腹に手を回され私の体は宙を舞い、雲雀さんの担がれている状態だった。
「ひぃぃぃぃ」と零れる悲鳴に「もっと、女らしい悲鳴はだせないの」と言われる。
む、無理!そんな声、でるわけがない、と思いながら必死に「お、おろしてください!」と訴える。しかし、雲雀さんがそれに素直にしたがってくれるわけがなかった。
「じゃあ、僕達は部屋に戻るから」
雲雀さんが踵を返したことで、ツナの顔が見える。ツナに助けを求めようと、手を伸ばしたけれどツナはこちらを見ると笑いながら「おやすみなさい」とだけ言った。
裏切られた!あまりにショックな出来事に私は雲雀さんに担がれたまま少しの間呆然としていた。
「まったく……普通、夫が帰ってきたら一番に迎えるのが妻の役目じゃないの?」
「いや、雲雀さん、それは古、」
「恭弥」
「え、だから雲雀さ、」
「恭弥って言っただろ」
つい先日の電話でも言われた言葉を再び言われた「恭弥って呼ばないとずっとこのままだから」そう言われては、呼ばないわけにはいかない。なんと、脅しじゃないか。
私としては妻を脅す夫なんていてたまるか、という気持ちで一杯一杯だ。でも、おろして貰うためには言わなければならない。
「……きょ、恭弥さん、」
消えそうなくらい小さな声で言えば、雲雀さんは私をゆっくりとおろしてくれた。雲雀さんを見れば、昔より大分短くなった前髪から見える瞳はいつもより大分優しいものかのように見えた。
「最初から、素直にそう呼べば良いのに。君も強情だね」
「だって未だに私はひば、……恭弥さんと夫婦なんて、信じられないんですよ」
「もう僕達が結婚してどのくらい経つと思ってるの?」
「私と、恭弥さんの間じゃそんな関係ありえないじゃないですか。私と恭弥さんじゃ甘い雰囲気もないですし」
私が言えば、雲雀さんは少し目を見開いて驚いた表情を見せた「へぇ、そんな風に思ってたんだ」と小さな声で呟くと、私の腰に手をやり顔を近づけてくる。出会って10年経ったといっても、ここまで顔が近づいてくることはめったにない。
それに綺麗な雲雀さんの顔は間近で見れば見るほど心臓に悪い。
「じゃあ、僕と甘い雰囲気作ってみるかい?」
耳元で囁かれた言葉はいつもの雲雀さんに比べて、とても甘い声をしていた。
(2008・12・18)
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