ツナの部屋で、紅茶を飲んでいれば聞きなれた足音が聞こえてきて私はハァと息を吐いた。目の前で同じように紅茶を手にしていたツナもその足音が一体誰のものか分かったようでこちらを困ったように笑いながら見た。
一瞬、窓から逃げようかとも思ったけれど、さすがにこんな高いところから飛び降りるのは無理だろう。

今だけは、10代目が危険な目に合うかもしれませんから!と言ってツナの部屋を一階や二階くらいにしなかった獄寺が憎い。
いや、まぁ、あの時は私もその獄寺の意見に賛成だったんだけど。



「ここって、隠し部屋とかなかったっけ?」
「残念ながらここにはないよ」



ボスの部屋なんだから何があっても良いように、隠し部屋くらい作っておけよ、獄寺。何かあるなんてこのボンゴレじゃありえないことだけど、そのくらいの準備をしておくのが右腕の仕事だろ。とここにはいない獄寺に悪態をつく。
その間にも足音は段々とこちらに近づいているようで、すぐにけたたましくドアの開く音が聞こえた。こんな勢いで開けられていてはいつこの部屋のドアが壊れるか分からない。

ただでさえ、ここの部屋のドアは壊れることが多いというのに(不機嫌な時の雲雀さんとかのせいや、その他もろもろのせいで)


!」


私の名前を叫びながら部屋へと飛び込んできた吾郎。その様子を見る限りかなり焦って来たらしい。息は乱れ、髪の毛もボサボサだ。一体何事なんだ、とツナも私も驚いて吾郎のほうを見ていた。



「結婚しないで!」

「「……は?」」



私とツナの声が見事にはもった。

吾郎は何を言ってるんだろう。いきなり部屋に飛び込んでいたら、そんな爆弾発言とも思えるような一言を言うなんて。その前に、とても悲しいことにお付き合いしている人もいないのに、結婚なんて無理だろ。っていうか、無理だ。

また何か夢でも見たのか、と思い私は思わずため息を零してしまいそうになるのを抑える。


「ど、ど、どうしたんですか、吾郎さん?」


動揺しすぎでしょ、ツナ。そりゃ、動揺する気もわからないことないけど。正直、私も動揺してるけど、でも、どうせ吾郎のいつもの戯言に決まっている。まともに相手にするだけ馬鹿だ。


「だって、だって、だって……!」
「いや、泣いてたらわかんないから」
が、結婚なんて、」


涙声でボソボソと何かを言っている吾郎。その様子に苛立ちを覚えた私は「結婚なんてする相手いないから」と言い、吾郎をにらみつけた。吾郎はその一言に顔をあげて、こちらを見ると再び泣き出した。我が兄ながら面倒くさすぎる、男だ。



「嘘だ!だって、さっき雲雀が俺のところにわざわざ来ては貰うからって言ってったんだもん!!」
「だもんじゃねぇよ」


「ツッコむとこはそこー?!」



ツナの華麗なるツッコミに私は我にかえる。何故にあの雲雀さんが?それも、私を貰うってどういうこと?私と雲雀さんの関係なんて10年前から変わらず、部下と上司だ。
結婚なんてありえるはずがない。やっぱり、変な夢でも見たんだろう。
まったくそんな迷惑な夢みるなんて、一回吾郎の頭の中を見てみたい。それに、そんな夢を吾郎が見たなんて雲雀さんにバレたりしたら、私は八つ当たりを雲雀さんから受けるに違いない。あの人はそういう理不尽な人なんだ。


「また夢でも見たんでしょ。ほら、さっさと目覚めて」

「ちょ、なんで、こっちに銃口向けてるの?!これじゃあ、逆に永眠しちゃうよ!


、落ち着いて!」



笑みを作りながら、私は立ち上がり吾郎に近づいた。たまには吾郎にちゃんと言い聞かせておかなければ、またこんな夢を見られても困る。
吾郎は後ずさりながら「本当に雲雀が言ったんだって!!は貰うって!結婚するからって!!」雲雀さんに結婚なんて言葉は似合わないな、と思いながら吾郎が叫ぶのを聞いていれば、再びツナの部屋のドアが開いた。先ほどの吾郎の声量を考えれば、きっと今の言葉は聞こえたに違いない。

そう思うと私の顔は一気に青ざめたような気がした。



「何やってるの?」



ドアの向こうには立った今、名前がでてきた雲雀さんが眉間に皺をよせながら立っていた。これはどうやら八つ当たり決定なのかもしれない。私、悪くないのに、と思ってもそんな常識雲雀さんには通用しない。吾郎の戯言が耳にはいってなければ良いのだけど、深く刻まれたしわはいつも以上で、そんな事言ってられないような気がしてならない。
いや、本当神様。お願いだから雲雀さんに今吾郎が言ったことが伝わっていませんように。

そう柄にもなく祈っていたのに、吾郎は私の気持ちに気づくことなく雲雀さんへとつめよっていた。



は絶対にお嫁さんにやらないからね…!」


「「(この馬鹿ー!!)」」



私とツナの心の声がひとつになった気がする。あぁ、もう、と言いながらツナはため息をつきつつ頭をかかえた。私はもう雲雀さんと吾郎を直視できることなく窓のほうを見つめた。
あそこから飛び降りたら、私生き延びることができるかな……このさい、骨折くらいならガタガタいわないから、さ。
雲雀さんに殺されるくらいならそちらのほうが痛みもすくないだろうし、トンファーでぼこぼこなんて絶対見れたものじゃないし。そんなことを考えながらぼぉっと窓を見ていたら「…?」とツナから怪訝そうに名前を呼ばれた。


「ねぇ、ちょっと今何考えてたの?!」
「……あそこから飛び降りれるかなぁって」
「いやいや、無理だからー!!」


そんな無理じゃないかもしれないじゃん、と思ったけれどあまりにツナが必死の形相で私をとめるから窓から逃げることは諦めた。そっと吾郎と雲雀さんに視線をやれば、まだ二人で言い合っている。
この隙にどうにかにげきれるんじゃないだろうか。
そんな淡い期待をもっていれば、いきなり雲雀さんの視線がこちらを向いた。やばい、なこれは。吾郎の戯言です、といって弁解すれば命だけは見逃してもらえるかもしれない……みのがしてもらえると良いな……でも、あの雲雀さんだしなぁ。



「あ、あのですね、雲雀さん!これは吾郎の戯言でしてね、もう本当最近妄想癖みたいでして、だからですね、これは一切私は悪くなくて咬み殺すなら吾郎だけにしてもらいたいと言いますか、」

「俺、雲雀に負ける気しないしー…ゴフッ

うるさい、黙れ!で、ですね、今回だけは見逃してもらえないかなぁーと」



吾郎と雲雀さんのほうに近づきながら必死に弁解の言葉を紡いでいく。後ろから小さい声で「頑張れ」と励ましてくれている。
まったくもって随分弱いボスである。励ましてくれるくらいなら助けてくれてもよいのに、とは思うけれど彼も被害者であることには代わりはないし巻き込むのも申し訳がない。
余計なことを言おうとする吾郎の口を塞ぎ、さらに鳩尾に一発拳を叩きつけて引きつった笑みを浮かべながら雲雀さんの方を見る。
「そんなまさか雲雀さんがそんなこと言うわけないですからねー」言ったら言ったで鳥肌ものですしね、という最後の一言はのみこむ。じりじりと出口に近づいていき、よしこのままこのままと思っていれば目の前にいた雲雀さんがガシリ、と私の肩を掴んだ。

ヒィィィ、と思わず出てしまった声は聞かなかったことにしてもらいたい。


「言ったよ」
「は?……あー、えっと、」
「だから言ったよ、吾郎に」


君を貰う、ってね?と雲雀さんがまっすぐと私を見ながら言った。その瞬間部屋の時間、と言うか私とツナの時間だけとまった。


「……」


だって、あれは吾郎の戯言か寝言でそんなまさか雲雀さんが本当にいったことのわけがない。あれ、まさかこれさえも夢?と思って頬をつねっても痛い。もしや吾郎の戯言に雲雀さんものかっていて、私を二人で騙そうとしているんだろうか。
でも、吾郎の態度はそんな態度に見えなかったし、それにまず雲雀さんがそんなくだらないことをするとは思えない。

じゃあ、なんだ私を貰うって?雲雀さんのことだから部下として貰うという意味としても考えられないこともない。
部下として貰う……ありえるな。雲雀さんだったらありえるな。悲しきことにそんなこと言われなくても今でも随分雲雀さんにこき使われているけど。



「そういうことだから、は僕がもらうよ。ほら、さっさと行くよ
「あ、えっと……どこに?」



私が言えば壮大に雲雀さんの眉がゆがむ。は?一体何言ってんの?みたいな顔で見られて、私も良い気持ちはしないが雲雀さんの言葉の意味が分からない。
あれか?今すぐ私に財団のほうの仕事をしろとでもいうつもりなのか、この人は?
先ほどやっと徹夜明けで書類の処理を終わらせ、ツナと一緒に紅茶を飲んで一息ついていた私にまた財団の書類の処理をしろと?また何日も徹夜をしろと?


この人は本当に鬼か。鬼だろ。


「いやぁ、すみません、私徹夜明けなんでこのあとさすがに書類の処理は…」
「何意味の分からないこと言ってるわけ?時間はとらせないよ。」
「時間はとらせないって、じゃあ、どこに行くんですか?」



「婚姻届けをとりに」

ブッ



雲雀さんの言葉に思わず、何か言い返そうとしたがそれよりも早くツナが私よりも良い反応をしてくれていた。どうやら口に含んでいた紅茶を噴出してしまったらしい。
その気持ちも分からないことはないけれど、今ここで驚くべきなのはツナよりも私だろう。


「だーかーら、雲雀にはやらないって言っただろー?」
「君の意見なんて聞いてないよ。僕が貰うって言ったんだから、もうは僕のものだ」


「……」



雲雀さん、私の意見はすべて無視なんですか。そうなんですか。それにあの婚姻届けってどういうことですか。

聞きたいことはたくさんあるにもかからず、吾郎と雲雀さんの口げんかに割って入ることもできずに、私はただただ二人のやり取りに視線をやっていた。ツナは視線の端で噴出してしまった紅茶の片づけをして、こちらにはまったくもって関心をもっていない。
紅茶を拭くまえにやることがあるだろ!と言ってやりたい気持ちもあったが、高いこの部屋の絨毯に紅茶が染み込むのをただ見ているだけなんて私たち元庶民には無理な話である。
とりあえず、この二人のやり取りが鎮火したらちゃんと話を聞こうと、心に決めて私は紅茶をいれなおしに部屋にある給湯室へと向かった。もちろん、ツナの紅茶も淹れ直し私とツナはしばし騒がしいなかお茶を楽しんでいた。

どうせ、この二人のやり取りが終われば嫌でも私に災難がふりかかるのだから今ぐらい楽しんだってバチはあたらないだろう。




(2008・12・18)