冬の間の部活は日がくれるのが早いせいか、私達が部活を終え部室を出る頃にはもうあたりは真っ暗で空にはたくさんの星がきらめている。
吐く息も白く、防寒具なしの登下校は少々つらいこの季節、帰り道はいつも日吉が送ってくれていた。それはいつしか習慣化していて、部活がない日も、どんなに空が明るかったとしても最近は一緒に帰ったりしている。とはいっても、日吉とだけではなく、たまに岳人先輩や忍足先輩なんか、ついてきたりすることもある。
まったく日吉が新たな部長になり、新体制のもとテニス部が再始動したと言うのに変わらずあの人たちと顔を合わせることになるとは思ってもみなかった。
受験生があんなので良いのだろうか、と思うこともあるけれどどうやら皆話によると外部に行く予定はなく氷帝の高等部にいくらしい。
高等部でも顔を合わせると思うと今から少しだけ気が重かったりするけれど、これまた少しだけ嬉しかった。もし先輩達が他の学校行ったら寂しい、なんて思っていたのは絶対に秘密だけど。
「日吉ー、今日はどうする?」
茜色の夕日を背に、二人肩を並べて歩く。マフラーに顔をうめながら、日吉に聞けば日吉は「俺は別にどっちでも良い」と言った。
そういう答えが一番困るって言うのに、と内心思いながらしかしこれ以上日吉には何を言っても無駄だと言うことは分かりきっている。
部活がない日に日吉と買えるときはたまに本屋に寄って帰ったりする。たまたま本の趣味が一緒である日吉と本屋に行くのは結構楽しい。
「でも、今日寒いからなぁ」
「なら真っ直ぐ帰るか?」
「たまにはねー。スーパーも今日は寄らなくて良さそうだし」
「あぁ、分かった」
日吉と最初にスーパーに行ったとき、スーパーにいたおばさん達から何か見られているなーと思ったら、最近の若い子は〜、なんて言われて私も日吉も盛大に噴いた。
いやいや、そりゃこっちは最近の若い子だけども!
おばさんたちの想像してることなんて一つもないよ!と言いたくなったくらいだ。
大概私と日吉が一緒に帰る時に会話は少ない。まぁ、会話がなくても気まずくならないから別に良いのだけど、今日はりりんから日吉の面白情報を聞いていたので、私はそれを確かめずにはいられなかった。
前をみすえたまま、口をひらけば、吐く息は真っ白だった。
「日吉、りりんから聞いたよ」
「何をだ?」
日吉がこちらへと視線をやる。いつものように眉間の間には皺が刻まれている。
本当に日吉の眉間の皺が取れるときなんてあるのだろうか、と少し不安になった。いつもこんな顔していると、笑えなくなるぞ、と心の中で日吉に注意している。
もちろん日吉はテニス部内で数少ない常識人なのでこの声は聞こえてない。これが滝先輩や鳳だったら分からないけど。
「隣のクラスの可愛い子から告白されたらしいねー」
「……」
「それも日吉のタイプの清楚な女の子」
ニヤニヤとしながら言えば、日吉がうっ、と言葉につまった。日吉がこんな反応を見せるのは珍しい。いつもならサラッと受け流しているがやはり、こういう話には日吉も反応をしてしまうんだろうか。
よいね、青春。ちなみに、今の私とは無関係の言葉だ。
少しして日吉は参ったと言う感じでため息を一つ零した。
ボソッと「高崎の奴……」と言っていたがりりんの情報量は甘く見てはいけない。どこであんな情報仕入れてくるのかは知りたくもないけど。
「それで?断ったの?」
「あぁ。」
「えぇー、もったいない。この学園にいる数少ない清楚な女の子なのに」
テニス部の部活中のコートの周りを見れば、女の子が猛獣に見えてしまう。だからこそ、日吉のタイプの子なんて滅多にいないのに、そんな女の子をふってしまうとはなんとも、もったいない。
「テニスするのに邪魔だろ」
……この言葉を全国のモテない男子諸君に聞かせてやりたい。こんなにサラッとこんなことを言える男子なんて中々いないだろう。
確かに好きでもない人と付き合うのはどうかと思うけれど、こんな理由でフるなんてどれだけ日吉はテニスがすきなのか。いや、まぁ、それは普段のテニスに対する態度を見ていれば分かるけど。
それでも日吉だって、彼女の一人二人欲しいと思ったことくらいあるだろうに。
私は今が不本意ながら楽しいからそんなこと思ったことないし、自分の顔についてはちゃんと自覚があるからできると思ったこともないけど。そんなことを考えていれば、日吉がこちらを見るとニヤリと笑った。
あぁ、これは嫌な笑みだ。
テニス部の日吉のファンに教えてやりたい。こいつはただのSじゃない。ドのつくドSだと。
でも、数多い日吉のファンの中にはもしかしたらドMな女の子もいそう。だけど日吉のタイプは清楚な子だし、清楚な子がドMとか凄くいやだ。
「な、なに?」
「そういうお前はどうなんだ?」
「はっ?!いやいや、ありえないでしょ?」
「この前は忍足さんと噂になってたらしいがな」
「えぇぇぇ、ちょ、それ日吉どういうことー?!」
日吉の思ってもみなかった言葉に私は日吉の襟元を掴んだ。
それはそれは良い笑顔で紡がれた言葉は私をどん底に陥れるのには、一瞬でまさか忍足先輩と噂になるなんて思ってもみなかった。
何だかんだ言いつつ、レギュラー陣は美形だらけだから、ファンの子達の間では、そんな方達がこんな私みたいな平凡を相手にするわけないってことになってるってりりんからは聞いていたのに!嘘ついたな、りりん!
「ちょ、離、せ…!」
「あ、ごめん」
日吉の眉間により一層皺がよったのを見て、私は持っていた襟元を離した。深呼吸をしている日吉を見る限り、少し力をいれすぎたらしい。
そんなことにも気づかなかったとは、それだけ忍足先輩と噂になっていたということが衝撃的だったらしい。そりゃ、衝撃的だったよ…一瞬、もう学校行けないって思ったくらいだから。それに忍足先輩だって私なんかと噂になるなんて迷惑な話だろう。
忍足先輩もモテるし、足綺麗な子が好きだし、彼女だってつくりたいだろうに。
「お前、本当に忍足さんのこと先輩だと思ってるか?」
「多分日吉よりは思ってると思うよ」
「……俺だって思ってないこともない」
「その間は何」
あまりに日吉の反応が面白くて私は笑っていた。絶対、日吉のことだ。忍足先輩のこと先輩って思ってないな。
テニスに関しては尊敬してる部分もあるようだけど、でも忍足先輩はいつもアレだからな。しょうがないと言えばしょうがない。何だかんだ言いつつ日吉や私以外の平部員からは凄い先輩と思われているようだし。
「あとは大体他のレギュラーとの話も聞いたことあるぞ」
「えぇ、ありえないよ」
私が嫌そうな顔をすれば、日吉も笑った。こいつ、人の嫌がっているというのに喜びやがって…!やっぱりドのつくSだね!
いつも一緒に苦労してるから仲間だと信じていたのは私だけだったのか!と内心思いながら、私は日吉をかるくにらみつけた。
「それと、」
そこで日吉が言葉をとめる。私より数歩前を歩いていた足を止めたのを見て、私も足をとめてまっすぐと日吉をみつめた。今は日吉の眉間に皺はない。いつものような嫌な笑みをうかべているわけでもなかった。
しかし、いつまで経っても続きを言おうとしない日吉に痺れをきらした私が「どうしたの?」と口にして、やっと日吉が言葉を紡いだ。
「今は俺とお前が付き合ってるらしい」
「……は?」
私と日吉?あ、ありえなーい!思わず叫びだしそうになったのを必死におさえ、平常心と自分に言い聞かせた。
しかし、これは絶対にありえない。確かに日吉とは仲が良いけれど、決して付き合っているわけじゃない。あぁ、でも、最近はよく日吉と行動を共にしているし毎日のように一緒に帰っている。
これが女友達なら普通のことなのに相手が男友達になるだけでこうも反応が違ってくるなんて。
日吉と仲良く話している女子も数が少ないし、だから今回は私と日吉が付き合っているなんて思う人がでてきたんだろう。ハァとため息をつきたくなるのを我慢せずに、一つため息を零して日吉を見上げた。
日吉はこちらをまっすぐに見つめたままで、思わず心臓がドキリ、と音を立てたような気がした。
日吉が変なことを言ったせいだ、と思いながら日吉を見ていればいつものような笑みに戻し、口端をあげた。
「どうせだ、噂を本当にしてみるか?」
日吉の顔から冗談だと分かっているのに、僅かに心音があがる。今までこんなこと言われたことがないせいか、それとも相手が日吉だからか。何故だか分からないけれど、少しだけ顔があつい気がする。
もし今顔が赤かったとしてもこれは夕日のせいだと偽ることが出来るだろう。
でも、この高まった心臓だけはどうやって偽ってよいのか私には分からない。誤魔化しようのない心臓の音に、それ以上の声で「まったく、日吉もそんな冗談を言えるようになったんだねー」と誤魔化すように笑えば、突然私と日吉の間に思ってもみなかった人物の声が飛び込んできた。
「ちょっとー、そこ二人近すぎるんじゃないのー?!」
「……お前、黙れよ」
突然聞こえて来た声に振り返ればそこにはやっぱりセーラー服姿の吾郎と呆れた表情をしたひろさんの姿があった。吾郎はこっちまで足音をたてながら、近づいてくると日吉に向かって「不純異性交遊は認めません!」と叫んでいた。
思わず痛んだ頭に手をやればひろさんが私の肩をたたきながら、「俺も認めないからな」とにやっと嫌な笑みをうかべる。
私はそれに引きつった笑みをかえすことしか出来なかった。
茜色に紛れた真実
(2008・11・20)
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