部活が終わりマネージャーである彼女と歩く道。

それはいつもと変わらないもんやった。もちろん俺がうかべとるこの笑顔も。

話しかけられれば笑顔をむけ、彼女が楽しむであろう話をする。


気づかれてはいない。気づかれたくはない。だけど、気づいて欲しい。

様々な思いが俺の心の中をかき乱していた。


「忍足先輩」


真剣みを帯びたの声に、俺はのほうを見た。
先ほどまでは何となく見れんやった顔は今は真剣な顔つきになっていて、

いや、もしかしたら、最初から学校を出たときからもしかしたらの顔はこんな顔をしっとったんかもしれん。


やけど、俺は気づかへんやった。



今の今までの顔を見れんかったから。


「なんや、?」



いつもと変わらない笑顔。いつもと変わらない声。

しまりのない顔で微笑んでやれば、は目を細めて俺を睨んだ。


なんやねん。そないな顔して。

この笑顔を向けてやれば他の女やったら、喜ぶところなんよ?


「女の子がそないな怖い顔したらあかんよ」
「……本当は悔しいんでしょう」


心臓が、どきり、と音をたてた。まるで俺の心をみすかしたようなの一言に。

少しだけ強張る表情。


そんな些細な表情の変化にお願いやから、気づかんといて、

と言う俺の気持ちとは裏腹に一筋の冷や汗が米神に流れていくのを感じた。

「別に何も悔しがっとらんよ?」

「嘘は言わないで下さい。今日の練習試合で跡部部長に負けたのが悔しかったんでしょう?」


まさに、的を得た言葉に俺は返す言葉が見つからんかった。

確かに今日、俺は部活の練習試合で跡部に負けた。でも、そんなんいつものことや。
それに跡部の実力を俺はしっとる。だから、悔しがるなんてこと、ありえん。


そう思っていたはずなのに今日は何故か悔しかった。

跡部に負けたことが。それをに見られていたことが。


本当は跡部には敵わんなんて認めたくなかったんや。

跡部があんなこと良いながらも努力しよるのは知っとる。それかて、俺はそれ以上に練習してるつもりや。


なのに、跡部には絶対に敵わん。どんどん差をつけられとる気さえする。


「……には敵わんなぁ、」


絶対に気づかれてへんと思っとったのに。から視線を外し俺は遠くを見た。

あの跡部にさえ気づかれへんやった。それをには気づかれるとは。



あかんなぁ。こない弱ってる俺をには見せたなかったのに。

遠くに見える夕日はもうそろそろ見えなくなりそうやった。



「笑いたくないときは笑わなくてもよいと思います」



少なくとも、そんな忍足先輩を私は見たくありません。
そんな風にはっきりと言われ、俺はどうして良いか分からんくなった。

そんな風に言われたら、まるで弱い俺を見せても良いと言っとるように聞こえてしまう。


外していた視線をに戻せば、こちらを見ているの顔は微笑んどった。


「……あかん。その顔は反則や」

「おし、たり先輩?」


思わず抱きしめた小さい体。好きだからかっこ悪いところなんて見せたくなかった。

絶対に跡部なんかに負けたなかった。
しょうがない、とは思ってはいても跡部に勝ちたいという気持ちはいつもあった。

跡部に負けるのが当たり前だなんて、認めたくはなかったんや。


諦めが悪いと思われるかもしれへん。やけど、好きなテニスで、誰かに負けるなんて絶対に嫌なんや。

が俺の制服を掴む。

少しいつもより力強く抱きしめとるから痛いくらいやと思うのに、は僅かに俺の制服を掴んだだけで何も言わんやった。


「今だけは許してな、



お願いだからもう少しこのままで。弱い俺を見せられるのなんてしかおらへんから。

もっと努力して、絶対に強くなって見せる。あの跡部さえ、負かすほどに。

やから、今だけはもう少しこのままでおらせて。

俺がの前でちゃんと笑えるようになる、そのときまで。



俺は君の前だけでしか笑えない




(この笑顔はお前だけのもんや)






(2008・06・12)