季節は夏真っ盛り。学校も夏休みに突入したとは言え、部活はほぼ毎日あるしもちろんマネージャーの仕事だってある。今日もそんないつもと変わらない騒がしい一日のはずだった……のに私はこんなところでなにをしているんだろうか。



「大阪に来てまでドリンクづくり、か」



私は、この前大阪に来た時のように再び榊監督に頼まれて大阪へと来ていた。本来なら榊監督からの用事を終え帰るつもりだったが、時間もまだ大分余裕がありついでにマネージャーらしく他校偵察でもしておこうと思い四天宝寺まで赴くことにした。
多分、このときの私は暑さで頭がやられていたんだろう(いつもの私なら間違いなくそのまま帰っていたに違いない)



そして端っこからひっそりと伺おうと思っていたがやはり他校の制服というのは思ったよりも目立っていたらしい。
すぐに金ちゃんに見つかってしまいあれよあれよと言う間にマネージャーの仕事を頼まれていた。

まぁ、マネージャーの仕事についてはいつもとやっていることは変わらないし別に良いのだけど、しかし、やはりこんな所まで何やってんだろう、と思わずにはいられなかった。
でも、私には断ることはできなかった。白石さんにあんな爽やかな笑みを向けられて(歯が光ってた!)金ちゃんに泣きつかれ……頷いた瞬間に財前くんから可哀想なものを見るような目で見られていた気がするのはきっと、確実に、私の勘違いである。



「ほんますまんなぁ」

「あ、白石さん」



ぼんやりとしたまま作り終えたドリンクを運ぼうとしていれば隣から延びてきた手にドリンクのカゴをつかむ。内心驚きながらもそちらへと顔を向ければ、少しだけ申し訳なさそうに眉を寄せている白石さんがいた。
美形っていうのはこんな顔もかっこいいんだな、と場違いながらも思わずにはいられなかった。


「別にいつもやってることですし、気にしないでください」


私の言葉に白石さんは「ありがとな」とほほえむ。


「ドリンク重いやろ?一緒持っていくで」
「あ、ありがとうございます」

「お礼言うのはこっちのほうや」


そういってドリンクの入ったカゴを軽々と白石さんは持ち上げる。

さすがにすべてをもってもらうのはどうかと思った私も手伝おうと手を伸ばしたけれど白石さんから止められた。



「こないな時は女の子は甘えとけば良いで」



ぽかーん、と一瞬アホ面をさらしてしまったのも仕方がない。こんなことほかの人が言おうものなら吐き気ものだが(特に忍足先輩あたりだったら確実に殴ってる)白石さんだとあまりにも様に合いすぎて何も言えない。

あぁこの人の前世は王子か、なんてばかげたことさえ思ってしまった。


「ほな、行こうか」
「あ、はい」


歩きだした白石さんの隣に並ぶ。本来なら後ろを歩いてついていきたいところだが、さすがにそれは失礼に値しそうなので我慢した。
あぁ……今の私周りからみたらどんな風に見えるんだろうか。イケメンと平凡っこ、いやこの際自分が不細工だと表現されてもかまわないけどせめて人で表現していてもらいたい。

イケメンと生ゴミなんて言われたら、当分立ち直れそうにない。


「どないした?」
「いえ、なんでもないです、はい」

「?」


自分で考えたことに自分でショックを受けてました、とは言えるわけもなく曖昧な笑みを浮かべてごまかしておいた。

(違うこと考えよう)

これ以上自分で自分の首をしめてどうするんだ、と思い私は視線をずらす。そしてふと私の視線が向かったのは白石さんの包帯の巻かれた左腕だった。

金ちゃんには毒手とも呼ばれている左手。
本当に毒手とはさすがに思ってはいないが、どうやら怪我をしているというわけでもないらしい。


未だその手に何が隠されているのかは知らない。

しかし、今までの経験上世の中知らないほうが良いこともあると学んだ私にとても聞ける勇気なんてなかった。


「これが気になるん?」
「えっと、そういう訳じゃないんですけど」


いつのまにかひっそりとみているつもりだったのに、凝視してしまっていたらしい。白石さんが視線を自分の左腕へとやりながら、首を傾げた。


ちゃんになら特別に見せてあげんこともないで?」
「いやいやいやいや……結構です!」

「そない嫌がらんでも」


こんな素敵な笑みを向けられて、ふつうなら赤面ものである。が、金ちゃんの白石さんの左手への怯えっぷりを思いだし私は顔を青ざめて思いっきり首を横に振った。
そんな私を見ながら、そりゃ残念やなぁと言う白石さんの横顔が言葉とは裏腹に残念そうにはとても見えず、すごく楽しそうに見えたのはみないことにした。


爽やかでどSか!


なんて、いやいやそんなまさか。


しかし、今までさんざん色々な人に見た目で裏切られてきた私はそう思わずにはいられなかった。少しだけ……実際はかなりだけど、白石さんへの印象が変わった瞬間であった。
この人ただの爽やかなイケメンじゃない。





(なんか、 青ざめとらん?)
(そんなことないですよ謙也さん。ただ、世の中知らない方がよいことって結構あるなって思いしりました)
(えっ?!ちょ、どこみとるん?!ほんまどうしたん?!)






**







白石さんがコートまで運んでくれたドリンクを丁度良く休憩になった選手たちがカゴからとっていく。勢い良く少なくなっていくドリンクはきっと暑さのせいだけでなく、練習のきつさを物語っているんだろう。
しかし、そこはやはりレギュラー陣なのか、レギュラーの人たちはそこまできつそうに見えなかった。



(どこのテニス部もレギュラーって怪物なのかな…)



今まで結構なテニス部を見てきた私はそう思わずにはいられなかった。

そんなことを考えながらカゴの中を見れば、まだそこにはドリンクが一本残されている。本数は確かにメンバーの分ぴったりにつくったはず。まだ誰かとりにきてないのか、と首をかしげ最後の一本を手に取りあたりを見渡せばこちらへとゆっくりと歩いてくる謙也さんの姿が目に入った。

手にはタオルだけ。どうやら最後のこの一本は謙也さんのらしい。



「はい、どうぞ」

「おっ、ありがとうな」



最後のドリンクを謙也さんへと手渡せば、どこぞやの丸眼鏡先輩とまったく違って爽やかな笑みをうかべて受け取ってくれた。


本当にこの人とあの人はいとこなんだろうか、と会う度に思う(未だに認めたくない事実である)だって忍足先輩がこんな爽やかな笑みを浮かべたところなんてみたことがないし、いや、まぁみたいとも思わないからそれは別にどうでも良いのだけど、あの先輩の笑みはこう……はっきりといって胡散臭く感じられて仕方がない。
笑みを向けられる度にまた何か企んでいるんじゃないだろうかと思ってしまうくらいである。

それに比べて謙也さんの笑顔と言えば、屈託のない笑みで押したり先輩と違い、何か企んでいるんじゃないかなんて思ったこと一回もない。



(言われなかったら名字が同じでも、従兄弟だって分からなかっただろうし)



というか、初めて会った時は名字が一緒なんて珍しいこともあるんですね、としか思わなかった。

二人を並べてみても全然似ているところなんて私には見つけられない。従兄弟だからといって似ているわけではないのはわかってはいるが雰囲気からガラッと違うのもそれはそれで珍しいじゃないだろうか。


「……」
「どないした?」

「いやぁ、さすが浪速のスピードスターだなって思って」


じっくりと忍足先輩の顔と比べながらドリンクを飲む謙也さんを見つめる。
浪速のスピードスター何それ、と初めて聞いたときは思ったけれど、慣れてしまえば謙也さんに似合っているなぁと思う。



「それ誉めとるん?」
「どちらかと言えば」

「どちらかと言えばってなんやねん」


それ誉めてないやろ、と言いながらカラカラと謙也さんが笑う。
ほら、みてこの笑顔。本当に爽やか!


「……はぁ、」


私は、今頃東京で練習に励んでいる忍足先輩を思い出してため息を一息吐いた。今度、跡部部長か監督にトレードができないか聞いてみよう。
監督はどう答えるかわからないけれど、跡部部長なら積極的に話を聞いてくれそうな気がする(一体忍足先輩は跡部部長に何をしたんだろうか)(なんとなく予測できるけど)



「謙也さんって本当に忍足先輩と従兄弟なんですよね?」

「あぁ。そうやで」



私の言葉に意味が分からないと言った感じで、それでも首を縦にふる謙也さんは正直可愛かった。髪の毛は脱色しているし、最初少しだけ不良かと思って怯えてしまったのも良い思い出である。


「あ、飲み終わったんなら預かります」
「悪ぃな」

「いえ」


ドリンクを飲み終わったらしい謙也さんからドリンクを受け取る。ドリンクを手渡される瞬間においしかったで、の一言と爽やかな笑みが添えられ頬がゆるむのをとめることはできなかった。

そりゃ、不味いって言われるよりも、おいしいと言われたほうが嬉しいに決まっている。


「ありがとうございます。あ、でも」
「どないした?」

「謙也さんって、青汁が好きだったんですよね」


つい先日、忍足先輩から聞いたこと。
聞いた瞬間は、中学生が青汁好きだなんて渋いなとは思わずにはいられなかった。



「すいません、乾先輩じゃないんで青汁準備できないんですけど」

「ちょっと、待ち。あれは青汁とは言わんっちゅー話や!」



まじめな表情でそう言った謙也さんの顔色はなんだか青ざめている気がした。今まで飲んだことはなかったのだけど、どうやらあの破壊力はこんな大阪にまで伝わっているらしい。
それも青汁と比べたらいけないって、そこまでの代物だなんて……今後、何があろうと私は乾汁には絶対に手をだすようなまねはしないことを心のちかった。





(クッシュン)
(乾風邪か〜、俺には移すなよー)
(生憎、馬鹿は風邪を引かないらしいぞ吾郎)
(え、俺馬鹿?俺って馬鹿なの?)
(ふふ、自覚がなかったんだね)






**







滝のように流れる汗を拭い選手たちから飲み終わったボトルを集める。制服が張り付いて不快で仕方がないけれどわがままは言ってられなかった。


(ジャージとか持ってきてないからなぁ)


こんなことになるならせめて替えのTシャツでも持ってきておけば良かったと今更ながら思う。
いや、こんなことになるとはわかっていなかったからしょうがないと言えばしょうがないんだけど、さすがにこれだけ汗を吸い込ませた制服を来たままなのは良いんだろうか。
もちろん風邪を引くかもしれない、という理由もあるけれど私はこれでも一応女の子で……さすがに臭いなんて言われたら生きていけない。

ああ、でも。そんなこと言う人、四天にはいな



?」
「うっぉ、ざ、財前くん」



い、とはもしかしたら言い切れないかもしれない。

いや、財前くんは凄く良い人だし、数少ない常識人な上に、どちらかと言えばツッコミ担当で私だってお世話になっている(気がしないこともない)


しかし、財前くんには正直すぎるところがある。


そこが財前くんの良さでもあるのだけど今までの謙也さんなんかとの会話を思い出しても先輩を先輩とは思っていないような言動も多く、間違いなく彼は毒舌で実際に幾度か私もその被害を受けたことがある。とはいえ、彼が言うことは最もなことだったので反論なんてできるわけがなかったのだけど、今思い出しても少し涙がでそうだ。

普通面と向かって変な奴なんて言わないでほしいというのが乙女心というものだよ!(私に乙女心があるのかはこの際置いておくことにする)


そんな財前くんを目の前に、私は一歩後ろへと下がった。
さすがに今近寄られるのは本当にやばい。良い言い方をすれば正直者な財前くんから臭いなんて言われたら、絶対に間違いなく当分立ち直れない。



「なんや?」
「いや、なにも、ははっ!」



思いっきり眉をひそめる財前くんに視線をそらす。だって汗臭いかもしれないから近寄らないでほしいなんてさすがにいえない。
けれど無情にも財前くんは、その視線のまま一歩こちらへと踏み出してきた。これはやばいと思い私もさらに後ろへと下がろうとしたが、ガシャンと肩に金網がぶつかる。

たらり、と汗が流れるのを感じながら視線を後ろへとやれば、私に逃げ場はすでになかった。


(今日は占い3位だって言ってたのにな、)


やっぱりあの占いは当たらないかもしれない。今度からは違うチャンネルの占いをあてにしようかと半ば現実逃避しながらもどんどんこちらへと近寄ってくる財前くんに、私は結局折れることにした。




「アホやな」

ひ、ひどい…!


一方両断。さすが財前くんである。

心の中では思わず拍手を送ってしまったが、言われた言葉は自分をバカにした言葉だったのですぐに拍手は引っ込めて恨めしそうな視線を財前くんにやった。
しかし、そんな私の視線を財前くんは機にしたようすもなく、あきれたような視線でこちらをみてくる(財前くんの中では間違いなく力関係は財前>私に違いない)(…わかってたけどね!)



「そないなこと気にせんでも良いやろ」
「いやいやこれでも年頃の女の子だからね!」

「はっ、年頃の女?」

「(えぇー、鼻で笑われたんですけどー)」



鼻で笑った財前くんは最近みた中で一番良い笑みだった。もしかしたら財前くんは人をバカにする時一番良い表情をするのかもしれない。


「なら、私が服を貸して あ げ る」
「ひぃっ」

「……先輩」


い、いつの間に現れたのか私のすぐそばにたっていたのは小春さんだった。IQ200は気配まで消せるのか。もちろん、そんなわけはないのだけど思わずそう思ってしまうくらい近くにいたのに全然気づかなかった。

キャラだって濃いから気づきそうなものなのに、とことん四天のメンバーには謎が多い(解明したくない謎ばっかりだけど!)ドキドキと未だに大きく脈打つ心臓をなんとか抑えて、小春さんへと視線をやる。
小春さんは私と目が合うと「替えの服で良かったら私が貸してあげるわよ」と先ほどと同じように色っぽい声(本人談)で再び繰り返した。



「良いんですか?」
「今日は着る予定ないから」

「(なんや、嫌な予感がする)」



わずかに財前くんの表情が歪む。その表情を見て私の中に嫌な予感が沸々とわいてきたけれど折角の小春さんの提案をないがしろにはできなかった。
それに、やはりTシャツを貸してもらえるのは本当に助かると思い、じゃあお願いしますと小春さんに言えば小春さんの抱えた鞄から出てきたものはTシャツなんかではなかった。


「はいこれ!」


可愛いポーズで小春さんがこちらへと差し出してきもの。ピンク色のそれは間違いなくナース服と言われるものだった。


「何考えてるんスか」
「遠慮します!」

一瞬でも、一瞬でも小春さんを信じた自分が馬鹿だった!

そして小春さんのその言葉で「浮気か!」なんて突然現れた一氏さんも大きな声ではいえないが、間違いなく……馬鹿じゃないんだろうか(財前くんは口にだしてあきれているけど)



「もう!ちゃんになら絶対に似合うと思ったのにぃ!」

「勘弁してください」



私の切実な声に小春さんは何だかんだ言いながらもナース服を引っ込めてくれた。初めてだよ……ナース服を差し出してきた人なんて。
もしかしたら小春さんは何かツッコミ待ちだったのかもしれないが、私にそんな高等なツッコミを求められても困る。急にナース服を差し出されてなんてツッコめば良いんだろうか。お願いだからツッコミ待ちだとしたら私ではなく違う人でやっていただきたい。
このテニス部なら小春さんのボケにツッコんでくれる人ならたくさんいるだろうし。



ダブルスの練習やで!と呼ばれ、遠ざかる二人の背中を見送りながら財前くんと私は二人そろってひっそりと息を吐いた。結局Tシャツは借りれずしまいだったけれど、もうここまできたら制服でがんばろう。
別に汗くさくたって気にしない…まぁ、少しは気になるけども。
でも、ナース服を着るくらいならそのぐらい気にしない!と思いマネージャーの仕事に戻ろうとすれば財前くんから力ない声で名前を呼ばれ視線を向けた。


「…俺ので良かったら貸すで」


どこか遠い目をした財前くんの申し出に私はすぐさま頷かせてもらった。そりゃ女の子のお怒りは買いそうではあるけれど、さすがにこんなところでナース服のコスプレなんてしたくない(もちろん場所だけの問題ではないけど)洗って返すことを約束して財前くんから借りたTシャツは思っていたよりも大きかった。

やっぱり男の子なんだなぁ。





(これが萌えと、)
(あー、はい、白石さん黙って下さい。というか本当に自分がどれだけ王子様フェイスなのか自覚してください)
(なんや萌えって?)
(金ちゃんにはまだ早か)






**







ー!!」
「ぐっ!」


名前を呼ばれ振り返った瞬間におなかに感じる衝撃。あまりの衝撃に口から声にならない声がこもれてしまったが(とても女の子の出すような声ではなかった)お腹に回された腕から力がぬかれることはない。
毎回のことながら、そろそろ何時胃の中のものがでてきてもおかしくないんじゃないだろうか。もちろんどんなに力を込められようとも絶対に出すつもりはないけど!



しかし、だからといってこんな目にあっても突撃してきた人物を私は怒ることもできなかった。
腰にへばりついたままの人物へと視線をおろし目を合わせ得ればかえってくる、きらきらと輝くような笑み。


(かわいいじゃないか……!)


こちらを見上げてくる金ちゃんの笑顔に甘やかしてはいけないとは思っているのに、毎回このまま金ちゃんの頭をなでてしまう。どこぞやの馬鹿(またの名を吾郎)にまったく同じ事をされれば頭をはたきたおろすと言うのにかなりの扱いの差である。
まぁ、金ちゃんにあの馬鹿と同じ事ができるわけがないのだけど。


でも金ちゃんの身長が私を追い抜かした瞬間、間違いなく叩く自信はある。


(……しっかし、金ちゃんだからなぁ。もしかしたら叩けないかも)

大きくなった金ちゃんを少しだけ想像してみる。想像なのでなんとも言えないが今と変わらず大きくなっても可愛い笑みをうかべている金ちゃんを私は蔑ろには出来そうになかった。



「なぁ、

「ど、どうしたの金ちゃん?」



痛むお腹にこらえながらもなんとか笑みをつくる声を絞り出す。金ちゃんはさらなる笑みを返してくれたけれど、きっとこのときの私の笑みはいつも以上にひきつっていたに違いない。


にお願いがあるんや!」
「なに?」


首を傾げながら聞く。


「今から試合すんねん」
「うん」

「試合の審判してくれへんか?」


テニス部のマネージャーをするようになって覚えたことは何もドリンク作りだけではない。あんな風に入部させられはしたけれど、頑張る部員を見て自分もこの人達の為に何か出来ないか、と少しずつ思うようになったのも確かである。

テニスのルールはもちろん審判方法もしっかりと勉強したつもりだったし、ましてや金ちゃんからのお願い。聞かないわけがない。
しかし相手は誰なんだろうか、と思い顔をあげればこちらへと千歳さんがゆっくりと歩いてきていた。どうやら金ちゃんの試合の相手は千歳さんだったらしい。


「俺からも頼むたい」
「別に良いですよ。仕事も特にありませんし」


近づいてきた千歳さんを見上げながら答える。本人にはいえないけれど、金ちゃんとは違って身長の高い千歳さんに近づかれるとかなりの威圧感がある。正直金ちゃんと並んでいるところを見ると兄弟と言うよりは完全に親子である(決して千歳さんが老けて見えるとかじゃないよ!)


「なんかこうしてみると夫婦みたいやね」
「は?」

「金ちゃんが子供ったい」


そう言いながら千歳さんが未だに私に抱きついたままの金ちゃんと私を見る。

これはもしや、もしかしなくても千歳さんと私が夫婦?いやいやいや。そんなこと冗談でも口が裂けてでも言わないでもらいたい。近くに女子がいないから良いものの、そんなこと聞かれようものなら本当に本当に本気で私はその瞬間から大阪の地を歩けなくなってしまう。

それに、


「いや、どちらかと言えば金ちゃんと私が姉弟で」
「間違いなく千歳がおとんやな!」


私と金ちゃんの息ぴったりな言葉に千歳さんが笑顔のまま固まってしまう。「そんな老け、」と言葉にも出来ないくらいに動揺しているその姿がなんだか本当にかわいそうに見えたので「じゃあお兄ちゃんってことで」と言っておいた。
しかし、それはそれで納得できないらしい千歳さんはそのあともちょっとの間フラフラしていた。

金ちゃんから言わせれば千歳さんがフラフラしているのはいつものことらしいが、少しだけ申し訳ない気持ちになった。





**







私は後悔した。簡単に審判をするなんて言うものじゃない、と。テニスボールから発せられているとは思えない音を聞きながらただただ呆然と目の前の光景に口がふさがらない。


「ボールが見えないんですけど」


動体視力云々の問題では、きっとない。間違いなく普通の人ならボールを目で追うことができないはずだ。最初はなんとなくギリギリボールがアウトかくらいは分かってはいたものの白熱しだした今、私の目にはボールの残像しか映らない。これでどうやって審判をしろと言うんだろうか?

一体どうしたものか、と辺りをきょろきょろと見渡せば丁度良いところに石田さんがいたので石田さんに審判を代わってもらうことにした。
快く頷いてくれた石田さんが私には天使にしか見えなかった。般若心経が読める天使がいたって良いと思う。












(2010・10・17)
師範が空気になってしまい申し訳ないですOTL

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