「わぁ、柳生さんこんにちはー!」

さて、普通の人なら目の前に普段から自分によくしてくれる人物が現れたらどうするだろうか。
私の場合は隠すことなく好意を全面にだしながら……それがどんなに相手にとっては迷惑なものかなんて決して考えずに、相手に声をかける。もちろん、それが私にとって元凶になるような人物なら考える間もなく逃げ出す。
中には例外も多数いるがそれは、まぁ…しょうがないことだといえるだろう。

人間自分の命を大切にして何が悪い。
それも最近はさらに私にとって元凶になりうる人が増えて大変になってきたのだから用心に越したことがない。


「こんにちは」


にっこりと笑みを浮かべた柳生さんに私も同じように笑みを返す。反射をし続けるめがねのせいでレンズの向こうがわは見えないけれど、口端があがっているところを見るときっと笑っているんだと思う。

…たぶん……あんまり自信はないけれど。


「こんなところまでどうしたんですか?」
「いえ、ちょっと用事がありまして」


東京に来るほどの用事なんて大変だなぁ、と思いながら見上げればさらに柳生さんの笑みはふかくなる。
普段は眼鏡 でその表情をみることはできないけれど、間違いなく柳生さんも美形に分類されるような人に違いない。それに優しいし紳士だし、たまにヘタれなところもあるけれど女の子にはモテモテなんだろう。私も柳生さんのことは美形であるけど、とても良い人だし凄く大好きだ。
別に先日、飴をもらったことなんかは関係はない(餌付け?いやいや、私はそこまでやすい女じゃない、ぞ!)


「そうなんですか」
「はい。ところで、さんはなにを?」

「私は部活のお使いの帰り道です」


ほら、といって持っていた荷物を見せる。いつも利用しているスポーツショップの袋の中にはいろいろ今日買ったものが入っていて、少しだけ重たいその袋を見せれば「お疲れさまです」と柳生さんから労いの言葉をもらえた。


おい氷帝メンバー。柳生さんを見習え。


マネージャーをこき使いまくる氷帝のテニス部にも柳生さんの優しさは是非とも見習ってもらいたいものである。
確かに氷帝にも優しい人はいるけれど、そう思わずにはいられなかった。 そして、柳生さんはさも当たり前といった様子でこちらへと手を差し出してきた。
意味が分からず首を傾げれば、柳生さんんは苦笑しながら口を開いた。


「お持ちしますよ」
「えぇ?!いやいや、そんな大丈夫ですから!」


既に重たいであろうテニス鞄を持っている柳生さんが差し出してきた手を凝視する。

この人どこまで優しいんだ!優しすぎるだろ!

普段優しくされることに慣れていない私は心の中で叫びながら柳生さんの手から持っていた荷物を遠ざける。そりゃ荷物は重いけれど、柳生さんだって既に荷物を持っているしここまで甘えるわけにはいかない。
しかしいつも紳士的な柳生さんにしては珍しく少し強引に私の手から、荷物をとりあげると「送りますよ」とほほえんだ。

柳生さんの笑顔。
いつもと変わらないはずなのに、どこか違和感を感じ首を傾げてしまう。

「あ、ありがとうございます」
「いいえ」

お礼の言葉を言えば、かえってくる返事。

なにが。どこが。
おかしいのだろうか。

いつもとかわらないように見えて、いつもとかわったようにも見える柳生さんに疑問符が頭の中をうめつくしていく。
でも、本当に柳生さんだったらあんなに強引に荷物を取り上げる、だろうか。むしろ柳生さんだったらそんな風にしなくても言葉で私をたしなめそうである。

彼にとったら私をたしなめるくらい朝飯だろうし。

歩きだした柳生さんの隣に駆け寄りながら、私はそっと柳生さんに視線をやった。柳生さんは私の視線なんかには気づいていないのかまっすぐに前をみすえている。


「……?」


やっぱりみればみるほど今日の柳生さんはどことなく雰囲気が違う。
だけど、はっきりとしない違和感に私はなにも言うことができないでいた。もしもこの違和感が私のただの勘違いで本人だったときには申し訳ないし、違う人だったときもどう対応してよいのかわからない。わざわざ柳生さんの振りをして話しかけてきてなにがしたいんだろうか…まぁ、それはなんとなく理由がわかるけど。

絶対に私の反応を面白がっているに決まっている。

思い当たる節に私はひっそりとため息をつきながら視線を前に戻した。調べるすべはないしここは、様子でも見ておこう。今のところ特別害があるわけではない。 ただちょっとこれが本当に柳生さんか不安なだけで、柳生さんでなかったときは全力で逃げ出せば良いだけだ。


そう自分に言い聞かせていれば、目の前を大きな手のひらが覆った。
突然のことに驚いた私は「うぉっ」と何とも女の子らしくない声をあげながら立ち止まってしまう。

どうか柳生さん(仮)今の声は聞かなかったことにしてください。


「どうかしました?考えごとをしていたようですが」
「い、いえ…大丈夫です」

「そうですか。しかし、驚いたといっても淑女らしい声をあげるように心がけましょうね」

「あはは……、はい」


小さい声でうなづく。紳士による淑女マナー。大変耳が痛い話である。そもそも私に淑女を求められても困る、のだけど、さすがに柳生さんにそんなこととてもじゃないけど言えないのでその言葉は飲み込んでおいた。
絶対に氷帝でマネージャーしているときの姿は柳生さんには見せられたものじゃない。あんな姿見せたら、淑女マナー講習なんかひらかれてしまいそうである(でも、私だって一応お淑やかにできるようがんばってるんだよ!)(だけど、それをあの人たちがじゃまするんだよ!!)


「これからは気をつけます」


小さい声でつぶやきながらも視線だけは目の前にだされたままの柳生さんの左手から動かせなかった。
気づいてしまった事実にひきつった笑みしか浮かべられない。やばい。本当にやばい。私は気づいてはいけないことに気づいてしまったかもしれない。


一応、未だに認める気はさらさらないのだけどマネージャーになって他校の偵察、まではしないけれど他校のレギュラーメンバーくらいの情報は覚えるようになった。とはいっても、そこまで詳しい情報までは覚えていない。
ただ利き手がどっちだとか、どんな戦い方のスタイルかは覚えていたりする。それに昨日は過去の立海の試合ビデオをみたばかりで、なにがいいたいのかというと、その、この人はたぶん、本当にたぶんではあるけど、柳生さん本人ではない。


(柳生さんの利き手は、確か右手なんだよね)


もう既におろされた柳生さんの左手のまめ。昨日みたビデオでは柳生さんの利き手は右手だった。

いやいや、そんなまさか!きっと柳生さんは両手を使いこなせるプレーヤーなんだろう。そうだ!そうにきまっている!
それに柳生さんはどこぞやの詐欺師と入れ替わってプレイをしたという強者で……ちょっと今思い出したくない事実を思い出してしまった気もするがそれは流しておこう。
思えばそのどこぞやの詐欺師は左手が利き手だったなんて、私は決して思い出していない!
しかし、今はそんなこともいってられないのでひっそりと視線を柳生さん(しつこいようだが仮)の右手へとやる。私の荷物が持たれているその右手は掌の内側をみることができない。


「…」
「……」
「………」

「あの、私の右手がどうかしましたか?」
「えっ?!い、いえ、最近ちょっと手相にはまっていたので柳生さんの手相はどうなのかなぁって思いまして」
「それならあいている左手のほうを、」

「それがだめなんです!右手!右手じゃないとわからないんです!!」


あまりに私が必死に見えたのか、柳生さん(曖昧)は明らかに引いた。これで本人だったときには悲しすぎる、が、今はそんなことは気にしないことにしておく。でも、これで柳生さん(本物)だったら、本気でどうしたものか。いや、だから気にしたらだめだって。
持っていた荷物を左手へとうつして、こちらへと右手が差し出される。思わずその手をつかみ掌へと顔を近づけた。
じっくり、まるでなめ回すかのように掌に見入っている私は周りからみたらただの変質者か、それか美形な男の子のおっかけか、どちらにしても死にたくなるような印象を抱かれているかもしれない(…ちょっと、泣きたい)


さん?」
「え、えーと、凄く良い手相だと思います」


……ひっじょーに、残念な結果がでた。
見る限り右手よりも左手のほうにまめがある。ということは、この人が柳生さんである確率は確実に低い。
それに、柳生さんの変装ができる人は私が知っている中でもただ一人、仁王さんだけだ。この柳生さん(仮)は高い可能性で仁王さんだろう。
そうとわかればやることはただ、一つ。

逃亡しかない。


「そ、そういえば、私他にもよらないといけないところがあったんですよね!すみません…では!」


頭を下げて、きびすを返してスタートダッシュをきめた。つもりだったのだが、きびすを返したところで後ろからスッと延びてきた手に肩をつかまれた。それもおもいっきりだ。
食い込む指たちは私の肩に間違いなく後を残してくれていることだろう。

はい決定!柳生さんはこんなこと絶対にしない!
紳士がこんなことしようものなら紳士協会(そんなものあるか知らないけど!)から苦情の一つでもくるに決まっている。

こんなことして紳士を語ってるんじゃねぇよって!


「逃がさんぜよ、
耳元で紡がれた言葉。どこのホラー映画だと問うてやりたいよ!
そして相かわらず肩をつかむ手の強さはましていき、私は声をあげずにはいられなかった。


「いたっ、いたいです、仁王さん!!」


半泣き状態で必死に抵抗すればやっとのことで肩から手がはなれた。捕まれていた箇所に手をやり、振り返れば見た目だけは柳生さんが口端をあげてこちらを見ていた。
もうこの柳生さん(仮)の正体がわかってしまえばどこからどう見ても柳生さんには見えない。なぜ先ほどまでの私はわからなかったのかとさえ思ってしまう。


「クク、正解じゃ。よくまぁ見破った」

「どんなに変装してても仁王さんは仁王さんですしね」


まぁ、まめに気づかなかったら分からなかったであろうという事実は飲み込んでおいた。そんな私の言葉に少しだけ目を丸くすると口元をぬぐいながら仁王さんは少しだけ嬉しそうにほほえみを深くした。ぬぐわれた場所からは毎度お馴染な仁王さんの黒子が見える(この人完璧主義者だ!)

しかし、この言葉のどこに仁王さんを喜ばせる要素があったのかは検討もつかないけれどその顔はやめてもらいたい。


なんて、どS顔!超こえぇ!


たぶん、他の女の子から見たらそう思わないのかもしれないけれど(むしろ感嘆のため息をはかれそうだ)(騙されないで!)仁王さんの裏側?いや、本性を知っている私にとったら怖い表情の一つである。
あまりの仁王さんのどS 顔に内心冷や冷やしながらもボソッと「それに仁王さんと柳生さんじゃぜんぜん優しさの度合いが違いますしね、」といえば、さすがは天下の立海大。

耳まで良いのかそれとも地獄耳なのかは知らないけれど、今までほほえんでいた仁王さんの目が一気に鋭いものへとかわった。


「ほぉ、意外というようになったのぉ」
「は、はは」


苦笑をうかべてごまかそうとするが、詐欺師の目はごまかせないらしい。きっとにらまれて表示気泣きそうになった。


「悪い子にはお仕置きじゃ、」


そしてこちらへと差し出される右手で両方の頬をつかまれる。間違いなく今の私はぶっさいくな顔をしていることに違いない。
暴力反対!弱い者いじめ反対!といいたいことはたくさんあるけれど頬をつかまれ、口をすぼめられているせいかうまく言葉が紡げずに見苦しい声だけがこぼれる。


「ちょ、やめてくらさ、」
「なんていってるのか全然分からんぜよ」

(こんのどSやろう!)


あまりの仁王さんのどSっぷりに腹がたち思わず足がでる。このさい女の子のくせになんてことは気にしないでおく。今どこにいるか分からないが柳生さん(本物)だって、今回ばかりは見逃してもらいたい。

いや、きっと今回のことを知れば柳生さんも勢いよくGO!と言ってくれるんじゃないだろうか。
しかし、それよりも早く仁王さんは私の顔から手を離し蹴りだした足が仁王さんにあたることはなかった。無念だ。かなり悔しすぎる。

「残念、じゃったな。」

にやり、と笑みをうかべる仁王さん。誰かこの人を後ろからどついてくれまいか。


「まぁ……じゃが、見破ったご褒美くらいは」
「え、いや、いりません!本気でいりません!」

「そう遠慮しなさんな」


遠慮なんかしてないよ!

そういって笑う仁王さんに嫌な予感しか感じずに一歩後ずさるも仁王さんも一歩前へとでてくるから意味がない。仁王さんからのご褒美なんて絶対ろくでもないものにしか思えずに私の額には冷や汗がうかぶ。
だけど、そんな私にはお構いなしに仁王さんは何かをこちらへと差し出してきた。


「って、飴?」


仁王さんの掌に乗っているのはどこからどう見てもただの飴。
思ってもみなかったものに呆気にとられながらも、仁王さんを見上げれば「いらんのか?」といって首をかしげた。ただの飴ならもらわない理由もなく私は恐る恐る手を差し出す。
自分の掌へとおとされる飴の数々は見る限りただのふつうの飴だった。


「この前柳生からもらって嬉しそうにしていたからのぉ」


そんなに私嬉しそうにしていたのか。まぁ、かなり嬉しかったことは紛れもない事実だけどあんまり人には見られたくなかったかもしれない。

飴で喜ぶ中学生って……なんだか自分で言うのもなんだけどやっすいな、私。


「あ、ありがとうございます」
「プリ」


い、意味が分からない。何回も聞いたことがあるけれど仁王さんはこの言葉をどういう意図をもってつかっているんだろうか……意図なんてまったくなさそうだけど。
けれど、つっこむ気にもなれずに私はもう一度お礼の言葉をいって飴たちをポケットの中にしまいこんだ。


一つだけ口にいれた飴は甘くて、とてもおいしかった。ん?っていうか、これって餌付け?餌付けじゃない?





餌付け成功例









(2010・01・15)
好 き 勝 手 に 書 き す ぎ た !おとちゃんにお礼と称して捧げます(全然お礼になってない件について)
最初はあまあまい話を書くつもりだったのにいつの間にかオチのないどうしようもない話になりました。仁王、YOU難しすぎるよ!キャラがいまいちつかめてない感じで大変申し訳ない限りです(平伏
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