部活のない帰り道。それは私にとってとても貴重なものであり、幸福な時間でもある。まぁ、もっともその幸福な時間も誰かさんたちによって侵略されることも少なくはない。
跡部部長の車でまるで拉致のごとく、連れ去られたこともあるし(犯罪だ、犯罪)岳人先輩やジロー先輩からお願いされては断ることなんて私にはできるはずもなく、私は泣く泣く岳人先輩たちにかまって放課後の大切な時間を献上したことも少なくない。
しかし、今日はいつもとは違う。
いつもより担任が早く帰らせてくれたおかげで私は学校が終わった瞬間に、教室を飛び出してさっさと帰路へとついていた。
…のだが、まぁ、とことん私は厄介ごとを招きこむ性格らしい。
無視すればよい、とは思っても無視できないのはもう性分で。ついでにいうなら、私はこういう奴らが大嫌いで、さらにいうなら、自分ならどうにかできる、と思っている。
だから、ついつい絡まれている人がいると助けてあげなければいけない、と思ってしまうのだ。
いや、でも、助けられるだけの力があるのに、それをしないで見捨てるだなんて人間として最低だと思う。
大きな声をあげる不良たちの目の前でまるで、ウサギのように震えている子。周りの人たちは心配そうな視線を送るだけで誰も助けようとはしてくれない。これでは後々あの子のトラウマになりそうだなぁ、と思いながらその集団へと近づいていく。周りの視線が私に集まっているのを感じ少し居心地の悪い気分になった。
人の視線を集めるのは、苦手だ。けれど、周りの人たちはそんな私の気持ちなんて露知らず不躾に視線を送ってくる。そんな心配そうな視線を送るくらいなら助けてくれればよいのに、とそう思ってしまうのも仕方がないだろう。
(ま、助けようとして怪我したら元も子もないか、)
はぁ、と深く一息ついてウサギのように震えている黒いランドセルを背負った少年をかばうように前へと出る。こんな子に怒鳴り込むなんて随分ちんけな不良だな。なんて思えば、自然と視線も鋭くなっていた。やはり、というか急に現れた私に不良たちは因縁をつけてくる。
しかし、私はそれに聞く耳をもたずに後ろへとかばっていた少年にこの場から離れるようにうながした。心配そうに見上げてくる子に「大丈夫だよ」と声をかければ、その少年は少しだけうなづき顔をあげると、決心したかのようにきびすを返した。
その瞬間に「ありがとう」と小さく声が聞こえて、あぁ、もう可愛いな、まったく。とニヤけそうになってしまった。
落ち着け、自分。咄嗟に自分の顔に手をやり、首を横に振った。
「あ、」
間抜けな不良の声。しかし、その中の一人が手を伸ばしたときにはすでに男の子はいなくなっていて、その手はただ空を切るだけ。その姿があまりにも間抜けで、わずかにこみ上げてくる笑みを私は押しとどめる。さすがに、ただでさえ怒らせているのにこれ以上怒らせる真似をしたくはない。
だけど、私の我慢もそこまでだった。
これ以上は怒らせまいと思っていたのだけど、不良たちの視線が一気に私へと集まった瞬間に噴出していた。
いつの時代の不良だよ。そんなつっこまずにはいられない格好。咄嗟につっこまなかったことにはほめてやりたかったけれど、笑ってしまったことは紛れもない事実で、不良たちは一気に眉根を寄せた。
あぁ、怒ってる怒ってる。
暢気にそんなことを思えるくらいの余裕はあった。
「なんだ、この女は!」怒鳴りつけられても、全然恐怖を感じない。
むしろ、その顔にさえ笑いがこみあげてきそうで少しだけあせった。周りの視線がさらに集まるのを感じつつも、私はまったく動じた様子も見せずにただただ不良たちへと視線をやったままだった。
不良たちは不良たちで私みたいなどこにでもいるような女子学生が、自分たちを目の前にしても変わった様子もないことに戸惑っている様子だった。
「恥ずかしくないんですが、弱いものいじめなんてして」
「はぁ?!急に何言ってやがるんだてめぇ」
「そうだ、そうだ。あいつがぶつかってきたくせにろくに謝罪ができねぇから、わざわざ俺たちが社会のルールってやつを教えてやってたんだよ」
カチン、とくる言葉に私の片眉があがる。こんなところで怒鳴り声をあげて、多人数で一人の子供を囲っている奴らに社会のルールが教えられるわけがないだろう。それにどうせあんた達の見た目が怖くて、ぶつかっても、咄嗟に謝罪の言葉がでなかったんじゃないだろうか。
まぁ、私は最初からすべてを見ていたわけじゃないから何とも言えないけれど、たぶんこの考えは間違っていないはず。なぜなら、周りで見ている買い物袋をさげた主婦さんたちがそんな話をしていた。
自分たちは間違っていない、という目の前の不良がムカついて仕方がない。
色々と間違ってるから。その髪型とか、格好とか、かっこいいと思ってやってるなら間違いだから。
そんなことを思っていれば、いつの間にか私は心の声を言葉にしていたらしい。
「…むしろ、あんた達が社会ルール学べよ」
そこまで大きな声で言った覚えはないのだけど、しっかりと目の前の不良たちには届いていたようだ。一気に不良たちは顔を真っ赤にさせ怒りを露わにする。
でも、その言葉に別に後悔はなく、来るなら来い、と足に力をこめた。
「この、くそ!」
「わっ、」
振り上げられる右手。もちろんその右手は不良のもので(仮に不良Aとする)、不良Aはその右手を思いっきり私に振り下ろした。
そのまま受け流そうと、一歩後ろへと足を移動させ、かまえる。
しかし、不良の右手が私にあたることはなかった。
それよりも早く私の後ろからスッと伸びてきた手が思いっきり不良の右手をつかむ。見る限り、ギリッと腕へと食い込む手はかなりの力がこめられてるんだろう、不良Aの悲痛な声がこぼれ痛々しい表情へと変わっていた。
既に先ほどまで真っ赤だった顔色は、青褪め今にも死にそうな表情になっている。
先ほどの不良と同じくらいに呆然と、間抜けな表情をうかべたまま顔を後ろへと向ければ、そこには見知った人物が一人たっていた。思いっきり不機嫌です、と言った表情をうかべて私を見下ろしている。
……やばい、なんて問題じゃないかもしれない。
いや、でも、別に怒られるようなことをしたわけじゃないんだから私があせる必要はないはずだ。なのに今の私は目の前の不良たちよりもはるかにあせっていた。
普段から鋭い目つきは今はいつも以上に細められていて、怖すぎるくらい。
この不良たちの目の前に立ったときでも怖くなんてなかったのに、今はこの視線で見つめられているだけで凄く恐怖感が湧き上がってくる。どんな表情を返して良いかも分からずに、私の口端が思いっきり引きつる。ピクピクといつも以上に筋肉が動いている間隔に、私は明日の筋肉痛を覚悟した。口端が筋肉痛なんてありえない。
そうは思うものの、普段以上に動いている筋肉に私はそう思わずにはいられなかった。
(こえぇぇぇ)
誰かこの雰囲気を壊してほしい。私の切なる願いは思ってもみなかった人たちに達成された。
「何しやがる!」
「そ、そいつを離しやがれ!」
この雰囲気を見事に不良たちはぶっ飛ばしてくれた。この時ばかりは空気をよめないこの不良たちに感謝せずにはいられなかった。
少し声が震えているのもご愛嬌。その声に私の視線は、その人物から不良Aの腕へと移った。
心の中で空気の読めない不良たちにありがとう!ありがとう!と呟きながら、私の右手がつかまれて後ろへとひかれた。咄嗟に不良Aへと食い込む手と重なり、体がこわばる。
に、握りつぶされるんじゃないんだろうか。だけど、私の右手をつかむ手は優しく私を後ろへと押しやった。
目の前に現れた背中、ちらっとこちらへと視線を向けるのは日吉だ。
もうその表情には先ほどの鋭さはなくどちらかといえば呆れたような表情をうかべている。そして私と目があうと思いっきり、はぁ、と息を吐いた。これって喧嘩売られてる……?そう思った私は間違っていないはず。
「…ったく、」
日吉の声が耳に届く。その瞬間、話を聞こうとしない日吉にきれた不良Bが殴りかかる。日吉に対して心配なんて一切していない。というか、もう時の私は既に一歩下がり日吉の攻撃範囲から逃げていた。
日吉の攻撃の巻き添えなんてくらったら、確実に不良たちの相手するよりも被害が大きいに決まっている。
その後の結果は私の予想通りというか、なんというか……見事に物の数分もしないうちに日吉の周りには生きる屍が転がっていた。どんまい不良。
一応心の中でだけ手を合わせておくことにした。
パンパンと手を払いながら、私へと視線を向けると日吉は「お前まで厄介ごとを起こしてどうする」と思いっきり眉をよせながら言う。
「いや、別に起こしたくて起こしたわけじゃないし」
「…お前のことだから、どうせ絡まれているのを助けたんだろ」
見事に大正解なんだけれど、テンション高く「日吉すごい!大正解!」なんてことは口にできなかった。そんなこと言えばきっと今以上に呆れた表情になることは分かりきったことで、いや、もう既に呆れきった、と言った表情はしているのだけど。
「この馬鹿が。自分が怪我をしたら元も子もないだろう」
「で、でも、助けられないわけじゃないし……」
「万が一ということもある。お前も一応、女、だろう」
「……」
何も言い返すことができない。確かに私は女で、そこまで非力とは思えないけれど相手が武器なんかを隠し持っていたら危ないことにはこしたことがない。今回や、今までは何とか、危ない目にあうことはなかったけれど、これからもそれがないとはいいきれない。
だけど、やはり私は困っている人を見捨てるなんてことはできなかった。
そう思い、何か日吉に言わなくては、と顔を上げれば思ってもみなかった表情で日吉が私のほうを見ていた。
「ま、困ってるやつをほおっておけないのはお前らしいけどな」
だけど、あんまり無茶をするなよ、といつもより優しい日吉の笑みが向けられる。そのことに動揺してしまい、目を丸くして動けずにいると、日吉はこちらへと歩み寄ってきた。そして私の頭に手を置き「ほら、いくぞ」と言いながらそのまま立ち止まらずに歩き出す。
私の視線はさりげなく不良たちのほうへと向けられたのだけど、なんだか哀れになりすぐに視線を日吉の方へと戻した。
日吉のことだからちゃんと手加減はしたに違いない。まぁ、それでも、もうかつあげなんてしない、と思えるくらいの仕打ちは受けたとは思う。
(まぁ、でもこれにこりてくれるにこしたことはないし、)
前を行く日吉を追うように駆け寄り、隣へと並んだ。先ほどの日吉の勇姿のせいか、女の子の視線が圧倒的に多く居心地の悪さを感じてしまう。
「何、てめぇみたいなのが隣に並んでんだよぉ?」的な念が送られている気がするのは私の被害妄想……ではなさそうだ。
本当ならもうここで日吉にバイバイと言ってわかれを告げた方が良いんだろう。
しかし、まだ日吉にお礼を言ってないことに気づいた私は結局その視線たちを甘受したまま、日吉の隣を歩きながら口を開いた。
「日吉、ありがとう」
「…別に」
そっけなく返された言葉。
だけど、日吉の耳が僅かにあからんでることに気づいた私は自然と笑顔が浮かんだ。あはは、と笑い声がとまらずに響けば、日吉が訝しげな表情で私を見る。
「何、笑ってるんだ」
「だって、日吉が照れてる!」
その私の言葉にまた、少しだけ赤みが増せば日吉は「照れてない」と言いながら軽く私をどついた。だけど、その動作も日吉にとっては照れ隠しなんかじゃないかと思えてきて、私の笑い声はとまらない。
だって、あの日吉が照れるだなんて!
滅多にないことに日吉を思いっきり見つめれば、日吉は耳と赤くしたまま立ち止まる。それにつられて私も足をとめれば、日吉が僅かに顔をこちらに寄せた。
「じゃあ、お前も照れないとフェアじゃないよな」
なぁ、?と耳元で囁かれた言葉に、ニヤリ、と効果音がつきそうな笑み。あぁ、もう!そんな表情をこんな近くで見せられて照れないわけがないじゃないか!一気に顔に熱があつまるのを感じるけれど、顔が赤くなるのを止めるすべを私は知らずただただ目の前の人物を睨みつけることしかできなかった。
熟れゆく果実の色模様
(2009・10・18)
お、遅すぎるぜ……!ずっと前に頂いたもののお返しに受け取っていただけると嬉しいです。とりあえず傾向の指定はなかったので、甘い話をめざしてみました。いつものごとく……OTLな感じで申し訳ない限りです。日吉ってむずかしいですよね!(平伏) 題名の果実は林檎です。林檎。ちなみにアップルパイが今凄く食べたいです。
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