よく晴れた日の午後、私は再び監督のパシりとして大阪の地を訪れていた。
わいわいとにぎわう街中をすり抜けて監督御用達のお店へと向かう。以前一回、行ったことがあるせいか今回は迷わずここへと来ることができた。
前回と同じように監督の名前を出して、木箱の入った紙袋をもらう。
陶器の重みがあるこれ、監督愛用の湯呑なんだそうだ。
陶器類の食器は監督はここですべて買っているらしく、宅配便でも使えよと思ったのだけどその言葉は未だに監督には伝えられていない。いや、だけど、わざわざここまで来るくらいなら宅配便を使ったほうが早いと思うんだけど。
最近の宅配システムって、思ってるよりも結構凄いから。
むしろ私をここに来させるよりも全然早いし、監督のため、というか、まぁ、結局はここまで来ないといけない私のためにも早々に監督に言った方が良いのかもしれない。
しかし、何だかんだ言いつつ大阪見物もしちゃって帰ってたりするから監督には何もいえなかったりする。
前回のお土産は家でも、部活でも中々好評だった。
(しっかし、いつ来ても人が多いな)
人と人の合間を通り抜けて、歩いて行く。普段あまり人の多いところを好まない私にとってこの人の多さは少し気分にも影響を及ぼしそうなものである。
だからこそ今回は偵察なんてものはないからもう用事は済ませた今さっさと帰れば良いのだけど、しかし私は自らの手にあるちらしが先ほどから気になって仕方がなかった。以前、四天宝寺偵察の帰りに誘われてタコ焼きは食べたが、財前くんが食べたいと言っていたぜんざいは結局食べれなかったままだった。
そのこととちらしがどう関係あるんだと思われそうだが、先ほど可愛いおねえさんに渡されたこのちらし。
新しくできた甘味所のちらしのようで、そのちらしには美味しそうな和風デザートがのっている。
右端に記されたカップル半額なんて文字はこの際無視だ。どうせ、彼氏なんていない!悪いか!!というか、テニス部にいる限り当分彼氏なんてできる気がしないのは何故なんだろうか。
まぁ、今はあの人たちの世話で忙しい上に家にもうるさいのが一匹いるから仕方がない話なのかもしれない。
だけど、カップル半額だなんて、カップル羨ましい!
「行いきたいなぁ…」
美味しそうにうつっているデザート。ぜんざいもおいしそうで、抹茶パフェなんかもおいしそうで、うつっているすべてのものがおいしそうである。
だけど、なぁ、どうしようかなぁ、と考えてこめば「行きたいって、どこに?」と声をかけられた。
ふと下げていた顔をあげれば、目の前には制服姿の財前くんが立っているではないか。思わず、本物?と首をかしげてしまったが、訝しげな視線を向けられて、本物の財前くんだという確証がもてた。
財前くんは基本こんな表情だ。
「わー、財前くん久しぶり?」
「久しぶりってこないだあったばかりやで」
ちょっと馬鹿にした表情をされた。いや、気にしたらだめだろう。
謙也さんとか、他の四天宝寺の人とかかなり馬鹿にされた表情で見られてんだから。こんなちょっと馬鹿にされた表情なんかで気にしてたらだめだよ、うん。がんばれ、私。
でも、やっぱりちょっとショックだったりもする。
普段、こんな表情で見られることなんて少ないし、むしろ私はこんな表情をする側だと思っていた。
「そんで、こないなところで何しよるん?」
「あ、いや、またちょっと監督の用事で」
「ふーん」
私の返事に興味無さそうな声をこぼす財前くん。それに、私は引きつった笑みを返すことしかできなかった。
これ以上財前くんから馬鹿にされた表情で見られたら当分立ち直れないような気がしてならない。
「さっき行きたいって言い寄った場所ってどこ?」
「え、別にそんなこと」
「言い寄ったやろ。ほら、はよ言って」
財前くんからのプレッシャーがとてつもない。そんな私の行きたい場所なんて財前くんには関係ないじゃない!声を大にして叫んでやりたい気持ちでいっぱいだが、それ以上に周りの視線がきつくなってきたことが気になって仕方がない。
そりゃ、わかってますよ。財前くんはイケメンですもんね!
だからって、何故私がこんな視線で見られなくてはいけないのか。怖すぎて泣き出しそうだ。しかし、泣きだすわけにもいかず溜息をひとつ内心でこぼしながら先ほどもらったちらしを財前くんの目の前へと掲げる。
目を丸くした財前くんに「ここに行きたいなぁ…って思っただけ」と視線をそらしながら告げた。
「なんや、それならそうって早く言えば良いのに」
「え、な、」
「じゃあ、行こか」
すみません、私の話を聞いてください。
財前くんは私の腕をつかむと、問答無用で歩きだした。ちょっと、待って!人の話を聞くということをこの子に誰か教えてやって欲しい。
人波をどんどんかきわけて行く姿はとてもカッコいいものだが、こうして引きずられるようにつれていかれる身の私としてはとても、困る。周りからの視線は一気に鋭いものにかわったし、掴まれている右手はちゃんと手加減してくれているのか痛くはないけれど、意味が分からずに「え、ちょ」と何とも言えない言葉しかでてこない。
しかし、何を言っても聞いてくれる様子のない財前くんに何を言っても無駄だとさとり、財前くんを後ろから見上げた。
後ろからは表情はみえずに、ふと視線に入ってきたピアス。いくつもつけているそのピアスは財前くんには似合っているけれど、痛くはないのだろうか。
痛そうだな。
でも、いつかは私も開けてみたいかもなぁ、と思っていたら財前くんが立ち止まる。
財前くんにぶつかりそうになったものの、なんとか体制を立て直しホッと息をはけば、財前くんが振り返った。
「…なんか、すまん」
突然の言葉に私は財前くんのピアスから視線を顔の方へと戻した。
がこっちに来るなんて珍しいから焦ってもうた、と眉をよせて困ったように財前くんは笑う。
私はその表情の意味も分からずに、財前くんを見上げたままだった。
「別に大阪ならまた来ると思うけど?」
どうせこれからも監督にはパシられると思うんだし、という言葉は飲み込んでおく。
「それもそうやな」
やっといつもどおりの笑みをうかべた財前くん。うん、財前くんはそういう笑顔のほうが似合う。俺、馬鹿みたいやな、とボソッと呟いた財前くんに心の中でそんなことはないよ、と答えておいた。
財前くんが馬鹿だったら多分、うちの部活とか馬鹿ばっかりだから。
それも救いの無いような。
私の手へと視線をやる財前くん「その甘味屋。俺も行きたいと思ってたんや」と、言葉を零した。
「財前くんも?」
「俺、ぜんざい好きやから」
「この前、行きたいって言ってよね?良いよね、甘いもの」
握りしめていたちらしを見ながら言えば、財前くんもうなづく。その姿に笑みがこぼれた。こんなピアスつけて、先輩にも物怖じしない財前くんにも可愛いところがあるなぁ、なんて思ってしまった。
そんな私の笑みに財前くんはまゆをひそめて、私の頭を手の甲で小突く……考えていることバレてしまったんだろうか。
「なんか、いまくだらんこと考えよったやろ」
「そんなことないって」
「いんや、顔がそんな顔しとった」
不満そうな表情をする財前くんの機嫌をとる術なんて私には知る由もなく、どうしたものかと考えれば再び財前くんは私の手をとった。先ほどとは違い、腕ではなく掌を。冷たいイメージのあったその手は意外にも暖かかった。
「ほな、さっさと行こう」
見上げた先の財前くんは「カップルやったら半額、なんやろ」とニヤッと嫌な笑みを浮かべていた。その表情に私は、う゛、と思わず一歩後ろ下がって引きつった表情になってしまった。
だけど、財前くんは依然私の手を握ったままだ。
「そ、そんな私ごときが財前くんの彼女なんて、おこがましい、」
思いっきり本音である。こんなこと四天宝寺の女子のみなさんにバレでもしたら、確実に東京にまで殺しにくるんではないだろうか。
しかし、財前くんは私の不安なんて吹き飛ばすような色めいた笑みをうかべた。先に言っておくが中学生が浮かべるような笑みではない。
周りのOL風のお姉さんの顔に一気に朱色が走った。
「俺はお前やないと嫌なんやけど?」
そんな風に言われたら嫌だなんて言えるわけがない。殺されるなんて不安一気に吹き飛んで、思わず財前くんの手を握り返してしまった。
つくづく、私も現金な人間である。でも、普段笑うことも少なく、笑ったとしても鼻で嘲笑っているような笑みしか浮かべない財前くんからそんな風に言われたら、何も言えなくなってしまうに決まっているじゃないか。
※糖分注意報
(2009・05・13)
糖分注意っていうのは財前くんの台詞とぜんざいからです。あ、どうでも良い?分かってる!
甘すぎじゃない?……いえいえ、もう大満足です。ぜんざいORたこ焼き?で書きたいよーって言ったら書いても良いよーって拍手コメント頂いたので調子に乗りました。平凡主にしてはかなり甘い甘いです。なんか、もうこいつら付き合ってんじゃね?(嘲笑)みたいな。
本編じゃこんな甘い話かけませんからね。こういう番外編で自給自足していきたいと思います。いやぁ、本当に財前くん、たまらん。
いつか光って呼ばせたい。日吉もいつか若って呼ばせたい。多分、こないと思いますけども!
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