立海との練習試合。夏の本番までの時間を考えれば負ける訳にはいかなかった
だが、俺は負けた。俺達は立海に負けた。
もう残り時間なんてほとんどないのにも関わらず負けてしまったんだ。
このままじゃ、全国に行けない。そう思うと急に何もかもが怖くなった。
部長という場所にいることが。
俺があいつらを全国に連れて行かなければならないという重圧が。
「跡部部長は馬鹿です」
いきなり言われた一言。その一言に俺は柄にもなく自分の感情を押し込めることができなかった。
きっとこの言葉が今でなければこんな言葉を、気にすることなんてなかったはずだろう。
だが、今は、無理だった。今はこの一言を軽く流せるような心の余裕なんて微塵もない。
立海に負けた事実が俺を責め続けている今には。
だから、俺は心にもないことをお前に言ってしまったんだ。
「お前なんかに分かるわけがねぇだろ」
ろくにテニスのルールも知らない。ただのマネージャーの癖に。
そんなお前に何が分かると言うんだよ。
今の俺のこの気持ちが。全国へとあいつらを連れていかなきゃならねぇこのプレッシャーが。
何も分からないお前に、馬鹿だなんて言われる筋合いはねぇ。
そう言えば僅かには哀しそうに表情をゆがめた。
「分かるわけないですよ」
その表情に僅かに俺の心が乱される。
俺はにこんな顔させたいわけではなかったんだ
好きな女を悲しませるなんて男として最低だと普段から思っている。
でも、俺はそんな風に思っているにも関わらずに哀しい表情をさせてしまった。
それに、は何も分からないことなんてことはない。
綺麗にまとめられてから渡される部誌や、普段のマネージャーの仕事ぶりは俺すらも感嘆するほど。
テニスはできないかもしれない。だけど、こいつは俺達を支えるために良くやってくれている。
そんなこと一番俺が分かっているにも関わらず俺は一番、に言ってはならないことを言ってしまった。
「跡部部長は私に何も言ってくれないじゃないですか!」
「、」
「私がどんな思いで、跡部部長のことを心配してるかなんて貴方には一生わからないでしょうね!!」
普段からは考えられないほど声をあらげ、その瞳には僅かに涙がうかんでいるのが分かる。
こんな顔今までに一回も見たことがない。
言わなかったわけじゃない。言いたくなかったんだ。
この俺がプレッシャーに負けそうだなんて言いたくなかったんだ。
そんな格好悪い俺を、に知られなくなかった。
だから、俺はお前を心配させていると知っていても尚且つ何もお前に言うことができなかったんだ。
跡部景吾と言われるこの俺がなんだこの様は。
好きな女を泣かせて、それでも何もすることが出来ない。
本当はをこの腕に抱きしめてしまいたいと思っているにもかかわらず。
だけどそれをしたら、俺はに縋ってしまいそうだった。
臆病で格好悪い俺をにすべて受けとめてもらいたいだなんて、考えてしまう。
「(そんなの俺様じゃねぇ)」
誰かに頼るなんて俺のプライドが許さない。
その相手がどんなに自分の惚れた女であろうと。
「もう跡部部長なんて知りません。好、き、だから・・・心配だってするのに…っ!」
の瞳から涙が零れた。
あぁ、もう駄目だ。プライドがなんだって言うんだ。このまま惚れた女を泣かせてしまうくらいならそんなものいらねぇ。
俺はがいれば、それで十分なんだ。
全国に連れて行く。
それは部員だけじゃなく、お前にも言った言葉。
逃げようとするの腕を掴み、自分の胸のなかに収める。
臆病で格好悪い、こんな俺でも好きだと言ってくれるんなら、この格好悪い俺のすべてをお前に見せてやる。
だから、今更俺から離れないでくれ
俺は一番お前を全国を連れて行きたいんだ。
俺は、馬鹿だ
(好きな女の気持ちが分かっていなかったなんて)
(2008・06・12)
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