「そろそろ飽きてくるんじゃないかな、見てくれてる人も」
ふと零したその言葉にツナも僅かながら頷いた。家族連れが賑わう日曜日の川原。当初、ここではリボーンからの特訓が行われるはずだった。しかし、ここにはリボーンはいない。
ただいるのはリボーンの特訓を一緒に受けるはずだった、山本だった。
これがいつもの、天然爽やか王子系の山本だったら私も何も可笑しく思うこともなく、ツナ達と共にリボーンが現れるのを待っていたと思う。だけど、山本はいつもの天然爽やか王子系の山本ではなく、小さくなっていた山本だった。
この場にいないリボーン。
彼が犯人だと言うことは考えずも、今まであった出来事から容易に推測することができた。
「まただよ。また。リボーンから呼び出されたときから嫌な予感がしてたけど、そんなのいつものことだったから気にしなかったんだよ。っていうか、今回は山本なの?いや、本当なんで?なんであんた小さくなってるの?小さくなって自分可愛いとか思わないでよ。すっごい、可愛いんだよ!!」
「え、ちょ、?!落ち着いて!!なんか言ってることが矛盾してるから!」
「はは、ねーちゃん面白いのなー」
そして、結局私は小さい子の誘惑に勝つことはできなかった。現在山本のキラキラ爽やか笑顔も別になんてこと感じることはないのだけど、小さい山本の笑顔の破壊力はばっつぐんだった。
美形はやっぱり小さい頃から美形なのか、と改めて確認させられたような気もしないこともない。
まぁ、だけど子供の時っていうのは大体可愛いものだ。救いようの無いもの以外は。
「まったく、リボーンの奴……ボンゴレも何開発しちゃってんだよ」
はぁ、とため息まじりのツナの声。その声に私は少なからず罪悪感が募った。正直面倒ごとが嫌いな私ではあるけど、この弾を私は大いに楽しんでいる。可愛いし、癒されるし、小さくなった彼らはいつもに比べて私への害が少ない。トンファーで殴られることも、ダイナマイトをなげられることも、周りの女の子達に羨望の目で見られることもない。
(……ずっとこののままでいてくれないかな)
ふとよぎったその思い。それは私の本音だった。
まぁ、だけどそんなこと言えるはずもない。とりあえず、目の前の山本が大きくなるまであと2時間弱くらいはある。何もせずにここにいるわけにもいかないし、先ほどから山本は遊んでオーラをこちらに向けてはなっている。そりゃ、もう無視したくてもできないくらいで。
「ツナ、どうする?」
私の問いに頭を抱えるツナ。何か唸っている様子のツナを見ていれば、ふと視線を感じ私はその感じた視線の方を見た。そちらを見れば、山本がこちらを見上げていて私と目が合った瞬間にニコリと人懐っこい笑顔を浮かべて笑った(お、お、おまえ、可愛すぎるから……!)
あまりの可愛さに動揺した私も思わず山本につられて、へらっと笑みを返す。その笑みにまた嬉しそうな笑みを零すと山本は人目もはばからず抱きついてきた。
これがきっと中学生の姿だったら殴ったりしてたんだろうな、と思いながらも相手は見た目小学生。
さすがに手を出すわけにもいかず、と言うかあまりの可愛さに私は山本の頭を撫でた。それに対してもまた嬉しそうにするものだから、私は気持ち悪い笑みをうかべながら山本の頭を撫で続けた。
「……って、かなりの子供好き?」
その私の気持ち悪さに気づいたツナが、唸るのをやめて困ったように笑いながら聞いてきた。本当はうわ、こいつやばいんじゃね?とかツナに思われたんじゃないかと内心ヒヤヒヤではあったけど、ツナはそんなこと思うような奴じゃない。
ここに獄寺がいなくてよかったと心底思う。あいつのことだ。今の私を見たら包み隠さず、気持ち悪い、と言ったに違いない。
「うん。だって、純粋じゃん」
「(なんか、遠まわしに子供じゃないと純粋じゃないって言われてる気分なんですけどー!)」
「それに子供だったら、私に害なんてほとんどないし」
「あぁ」
納得したようなツナの返事。まぁ、ランボくんみたいな子供だったら害と言うか、色々大変なことに巻き込まれるかもしれないけど(でも、今はあれでも大きくなったらあれだからなぁ……どんな過程をふんだらあの性格になるんだろう)そんなことを考えていれば服を僅かに引っ張られた。もちろん引っ張る人物なんて一人しかいなく、私は視線を下げこちらを見上げる山本を見た。
「ねーちゃん、俺キャッチボールしたい!」
「……だそうですよ、ツナ」
「でも、相手は山本だよ?なんか俺凄い嫌な予感がするんだけど」
山本とキャッチボール。それは現在山本相手ならまず命を落としかねない。もっと優しく投げろ!と言う言葉も聞こえなくなるのか、山本が投げる球はいつでも全力投球でその球に当たったもの、いや触れたものさえも、粉砕してしまう。
実際にその球の餌食になったことはないけれど、あの球の餌食になったら一ヶ月はゆうに病院生活を送ることになるんじゃないかとも思う。
天然にして最強。
それが並盛中のエース。あの球をいつも受けていると思われる並中野球部のキャッチャーさんには尊敬の念を感じずに入られない。いつも、ご苦労様です。そして、この場合はどうすればよいですか?
「いや、だけど相手は子供だし……」
「そうなんだけど、」
語尾を濁すツナに私は大丈夫だよ、きっと、と言う言葉を投げかけた。それに、こんなキラキラした瞳でこちらを見てくる山本の意見を無視するなんてこと今の私にはできない(小さくなかったら即、却下なんだけどね!)
コソコソと話している私達を見上げて「ほら、やろう」なんて言われたらやらないわけにもいかず、私とツナはゆっくりと頷いた。
キャッチボールができないと言い張るツナに頑張れと言いながら三人で三角形の形を作った。周りの親子連れの賑やかな声が聞こえる中、笑顔の山本に比べて私とツナは凄く真剣な顔をしていた。
もしも、のときはすぐさまよけよう。
これが私とツナがした約束。確かにツナの言うことが間違っていない可能性もなくはない。相手は山本。子供だからと言って、油断はできない。山本がふりかぶった、その一瞬。
周りの賑やかな親子連れの声も聞こえなくなるくらい、緊張した一瞬だった。
山本の表情から笑顔は消え、子供らしかった表情が一変する。まるで獲物を追い詰めたかのような瞳。
やばい、そう思ったときにはすでに私のほうへと山本の渾身の一球はその小さな手から放たれていた。あまりの速さに私は咄嗟にどうして良いか分からず、思わず体が固まる。
「危ない、!」
「いやいや、ありえないからー!!」
しかしツナの声が聞こえ、ハッとして私はすぐさまボールをよける。私の近くを通り抜けていったボールは近くにあった橋の壁へとめりこみそうになっていた。
音が……音が違った。轟音とも言えるような音で私の近くを通り抜けたボール。あたっていたら今頃病院行きは確実になっていたことだと思う。そして、この年でそんな球を投げる山本。末恐ろしいと言うか、何と言うか。
彼が今まで野球の試合で死人を出していないことが不思議だ。相手チームの人もヒヤヒヤしながら毎回試合をしているんじゃないだろうか。
「ねーちゃん、大丈夫か?!」
「あっ、うん、大丈夫だよ」
ほんの一瞬死ぬとは思ったけどね。と言う言葉は飲み込んだ。
いやいや、本当あの球はしゃれにならない。まずコンクリートの壁にめりこみそうになるってどんだけ?それを小学生にも満たない少年が投げたなんてもっとどれだけ?
僅かに痛む頭を抑え、私はボールの落ちた近くへと歩み寄った。コンクリートに残る黒い跡。ボールのあまりの回転の速さに、焦げたんだろう………いや、本当どんだけ?
「……キャッチボールじゃなくて他の遊びしよっか。」
私の誘いに山本も、嫌な顔せずに頷いてくれた。できた少年だよね。うん、中身は良い奴なんだよ、天然だけど。これでもかっていうほどの天然だけど。
***
約束の2時間まであと少し。遊びつかれた私とツナは川原に座り込んでいた。だけど、山本はまだまだ元気なようで笑顔で私達の目の前に立っている。さすが子供。いや、この場合はさすが山本と言ったほうが正しいのかもしれない。
中学生相手にして、これだけ体力が残っている小学生(……いや、もっと小さいか)も中々いない。と言うか絶対にいない。
となりではツナが「さすが山本・・・・」と呟いているし、獄寺風に言うと、山本は体力馬鹿なのかもしれない。
山本は少しの間こちらをうかがうように見ていたけれど、私とツナが立ち上がればまたにっこり笑顔をつくって「次は何して遊ぶ?」なんていっている。こいつの体力は底なしか、と思っていれば山本がギュッと私にしがみついてきた。
思いがけないことに、私は「うへっ」と気持ちの悪い声を上げて、私を見上げてくる山本を見た。
「ねーちゃん、大好きなのなー」
「……!」
「?」
「ツナ……私、今なら死ねるわ」
「えっ、ちょっ、何言ってるの?!」
あまりの子山本の可愛さ。マジで、私今すぐ死ねる。そう思ったことに嘘偽りなんて一つもなかった。そして、改めて言うけれどショタコンの気は一切無い。それでも小さい頃からこんな真っ直ぐなキラキラした瞳で大好きなんていわれれば嬉しくないわけもなく、ただただ気持ち悪い笑顔を浮かべていた。これが、現在山本に言われたのならここまで嬉しくもなかっただろう(って言うか、山本はそんな事いうわけもない)(他の女の子ならもしそんな事言われたら顔を真っ赤にして喜ぶんだろうな……私、本当に女?)
山本武育成日記
(あれ、なんで俺に抱きついてんだ?)
(ちょっと、山本さっさと離れろー!!)
(さっきと全然態度違うから!)
(2008・08・06)
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