「」と名前を呼ばれ、私は今、自分がどこにいて何をしていたのかを改めて思い出した。私はツナの言葉で、何もかも一瞬だけであったけど、すべてを忘れてしまっていたんだ。いや、考えられなくなっていたと言う言い方のほうが正しいのかもしれない。私が何の為に今、ツナの家にいるのか。私が今、ツナに何を言われたのか。私には何も考えられなかくなっていた。ツナのある一言のせいで。
静かなツナの部屋でツナと向かい合うように座る。窓からは入ってくる光はもう輝きを失いつつある。電気をつけなければ相手の顔をはっきりと見えない部屋で、うっすらと見えるツナの顔はいつもにまして真剣でとてもじゃないけど今の言葉が冗談ではない事はその表情が悟っていた。もちろん、リボーンだってその場にいる。リボーンの表情からは何を考えているのかなんてとても読めやしない。ただ、分かるのは二人とも真剣な顔をしている、と言うことだけ。
私は、ツナとリボーンの顔を交互に見て、今、自分がツナに何を言われたのか、まるでその言葉を確かめるかのように心の中で反芻した。
が、イタリアに来たくないなら、来なくても良い
そうだ、ツナは確かにこう言った。高校三年になり、そろそろ皆が進路に切羽詰りだす時期だろう。もうセンター試験だって目前に迫っている。私もその為に今まで勉強してきた。だけど、ツナ達は高校卒業と同時にイタリアへと行く、らしい。彼らは、高校卒業と同時に、日本を発つ。マフィアに、なる為に。ボンゴレファミリーの10代目として、やって行く為に。
「来たくないなら来なくて良いぞ。半端な気持ちで来られても邪魔になるだけだ」
リボーンの言葉が、深く深く私の胸に突き刺さったような気がした。いつもならこんなきつい一言をリボーンが言えばツナがフォローの言葉を言ってくれるのに、ツナはただ私の顔を真剣な表情で見ているだけだった。ツナも、リボーンと同じ気持ちなんだろう。半端な気持ちでイタリアについて来られても邪魔に、なるのだと。
私はこのツナの言葉を聞く時まで、リボーンのことだから私が嫌だと言っても無理にイタリアに連れていくだろう、と思っていた。私の意志なんて関係なく、嫌がろうと、イタリアまで連れていかれるのだと信じ込んでいたんだ。今までだって、私に選択肢なんてほぼないに等しいものだった。私が嫌、だと言おうと容赦なく行なわれる特訓。だから、今回の事だって、私の意志なんて聞かれるわけがないと思っていた。だけど、ツナは私に問うた。行くのか、行かないのか、と。私に迫られた選択。その選択は、私にとっては重く、とてもじゃないけど、私一人で考えられるような選択ではなかった。
でも、この答えは自分で出さなければならない。ツナや、リボーンに聞いてはいけない。ツナのことだから、きっと、私を無理やりイタリアに連れて行くことに抵抗があったんだと思う。ツナは優しいから、誰よりも、自分の意思を尊重してくれると。獄寺と山本、笹川さんも、雲雀さんもイタリアに行く。私の大切な人はほとんど、イタリアへと遠い地に行く。
「私は、」
イタリアに行けば、私は今持っているものをたくさん失うことになる。だって、私が今まで望んでいたのは平凡な生活なのだから。マフィアになれば、そんな平凡な生活なんて望めるわけがない。私を待っているのは、殺しと、業の世界。それがどれだけ暗く、重い、世界かなんて、分からない。だけど、私が思っている以上に、壮絶な世界だと言う事は分かる。
でも、私はあの日、決めた。もう、足手まといにはなりたくない、と。もう、私の大切な人を失いたくはない、と。だから、
「私はイタリアに行くよ。大切な人を、自分の手で守る為に」
「でも、イタリアに行ったらが危ない目に合うかもしれないんだよ?」
ツナの心配するような声。あぁ、ツナは私にイタリアについて来てほしくないんだろう。私に危ない目にあわせたくないから。彼はいつも人のことばかり。他の人の安否ばかりで、自分だってイタリアに言ってマフィアのボスなんかになれば、私なんかより危ない目にあうことを分かっているんだろうか。私は、友達を、大切な人を、危ない目にあわせて平気でいられるような人間じゃない。
ツナには悪いけど、私は、我侭だから。自分の大切な人を、自分の手で守りたい、なんて考えてしまうような、自分勝手な人間だから、今回ばかりはツナの望みを聞いてあげるようなことはできそうにない。私は、ツナ達とイタリアに行きたい。その先に、どんな危険が潜んでいようとも、それでも良い。今まで私が望んでいたような、平凡な生活ができかったとしてもそれでも良い。
私は、イタリアに行きたいと心の底から思える。私にはツナ達と過ごした今までの思い出と、その中で芽生えた想いを捨てることはできない、らしい。
「それでも良い。だから、私をイタリアに一緒に連れて行ってください」
ボス、と言えば、ツナは少しだけ驚いた顔をした。リボーンの口端が僅かに上げるのが視界の端にうつる。これは、ツナの部下としてのお願い。だから、連れて行って欲しい。私をのけ者にしないで欲しい。これから、危険な目にあったとしても私は、大切な人を守る為に頑張れる。でも、みんなと離れて一人日本でのうのうと平穏な生活を送りながら、みんなの安全を願うことしかできないような生活の中で私は頑張れない。中途半端な生活を送ってしまう、と言う事はわかりきっていることなんだ。
だから、みんなの近くで、みんなの安全を守らせて欲しい。ただ、願うだけでは、それが叶わないと言うことを私は知ってしまったから。自分が動かなければ何も変わらないことを私は知ってしまったから。守る、なんて口で言うのは簡単であっても、実際は難しいと言う事は分かりきっている。でも、私にできる何かがあるはず。それを、私はしたい。やらないよりは、未来は変わると思う。
「ツナ、だから言っただろうが。はそういう奴なんだよ」
「確かに、リボーンの言うとおりだ、ね」
困ったように笑みを零すツナにつられて、私もゆっくりと笑った。リボーンがこちらを向く。帽子の下から見える顔は少し笑みをつくり、すぐに真剣な表情に変わった。私も真剣な表情に戻す。
「お前が思う以上にマフィアの世界は、きついぞ。それでも来るんだな」
改めてリボーンが問う。間髪いれずに「もちろん」と私は返事を返していた。どんなにきつい世界であっても、仲間がいれば頑張れる。その気持ちはツナならきっと分かってくれるだろう。誰かを慕いついて行きたいという気持ち、その気持ちは獄寺ならきっとわかってくれるだろう。自分の為になら命がけで守ってくれる友達を助けたいという気持ち、その気持ちは山本ならきっと分かってくれるだろう。私は、今そんな気持ちで溢れている。
確かに不安がないわけじゃない。でも、それ以上に、私には期待の方が大きいのかもしれない。どうやら、ツナ達といるうちに気楽な性格になってしまったのかもしれない。いや、それとも、雲雀さんのように図々しい性格になってしまったのかもしれないな。彼らと出会って随分自分の性格が変わってしまった。まぁ、それも良いほうに変わったのだから、彼らには感謝しなくてならないのかもしれない。
「、俺、頑張るから」
「なら、私もツナに負けないように頑張らないと」
「安心しろ。二人とも俺が鍛えてやるぞ」
ニヤリと笑うリボーンの不適な笑みに、私もツナも冷や汗を流さずにはいられなかった。ツナと顔を見合わせて漏れる笑みは、どうも少しだけリボーンのあの言葉のあとだと引きつってしまう。ツナの笑みも引きつっているところをみると、大分リボーンの言葉を恐れているんだろう。もちろん、それは私も一緒なのだけど、ボスがこれで良いんだろうか。いや、私はツナがボスだから、マフィアになる決意ができたんだ。これが、ボスがツナじゃなかったら、私はきっとマフィアになろうなんて思いもしなかった。
今の私は誰よりも弱いに違いない。でも、絶対に強くなってみんなを守ってみせる。それが、どんなに私のエゴであったとしても、それでも、しょうがない。自分の気持ちに嘘はつけないのだから。優しく微笑むツナの笑顔を見れば、ツナが誰よりも、素晴らしいボスになる、と言うことはもう既に分かりきったことだった。
決意と、覚悟
(2008・03・18)
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