応接室から見上げた空はもう茜色に染まっていた。応接室の中には私一人。雲雀さんから任された仕事はもうすべて終わっている。その事に対してホッと息を吐きながら、私は再び視線を外にずらした。





グランドを走り抜ける陸上部。一つのボールを取り合うサッカー部。そして、掛け声の止む事の無い野球部。その野球部の中に、私は必死に練習にはげむ山本を見つけた。いつもツナ達といるときには笑っている事が多いけど、野球をする山本の表情は真剣そのものだった。


羨ましい、と自然とそう思った。あんな風に真剣に何かできる事があるということはそれだけで素晴らしいことだと私は思う「ー!」山本がこちらに気付いたのか、大声で私の名前を呼ぶ。少し恥ずかしい。だけど、さすがに無視をするわけにもいかず、私は応接室の窓から小さく山本に手を振った。山本はその事に満足したのか、ニカッと笑うと再び真剣な表情に戻し、野球の練習を再開した。









「何してるの?」



「あぁ、雲雀さん」







ドアの開く音と同時に聞こえてきた声に私は振り返った。真っ黒な学ランを羽織った姿は出て行く前と少しも変わりはない。いや、学ランに少しだけ赤い何かがついていることは出て行く前とは違う(でも、見なかったことにしようと思うよ!)(だって、その赤い液体が何かなんて分かりきった事だからね!)雲雀さんはチラリとテーブルの上を見て、私に視線を戻した

「仕事は終わったんだ」と聞いてくる雲雀さんに私ははい、と返事を返した。もちろん仕事が終わっていないのに、窓から風景を見渡すなんて呑気な事ができるわけがない。仕事もしないで呑気に風景なんて楽しんでいたら、それこそこの窓から私は雲雀さんの手によって落とされてしまうに違いないからだ。





雲雀さんがカツンコツンと靴の音をならしながら窓の方へと近寄ってくる。そして、雲雀さんが私の隣に立って窓の外に視線をやった。私なんかよりずっと遠くをみる雲雀さんの瞳。その瞳も私は何故か羨ましいと思ってしまった。今日の私はどこか可笑しいじゃないだろうか。





誰かを見るたびに、羨ましい、と思ってしまっている。









「僕の顔に何かついている?」



「・・・・・いえ」








私の視線に気付いたのか雲雀さんは瞳だけをこっちに向けて言った。別に雲雀さんの顔には何もついてない。私も雲雀さんのように窓の外に目を向ける。先ほど茜色だった空の色に少しだけ濁った暗い色が混ざり合っていた。そして、少しだけ星も見えてきた。視線を下に下ろせば、グランドを走り抜けていた陸上部はもう片付けの準備に入ったのか走っている人は一人もいない。サッカー部も同じ。ただ、山本のいる野球部の掛け声だけはいまだ響いていた。




私はその視界に入った全てが羨ましいと、思った。

先ほどまで速さを競い合っていた陸上部が笑い合っている姿。みんなで片づけをしているサッカー部。もう空は暗くなってきたのに一生懸命に部活に励む山本。そして、隣には並盛の風紀を正す為に真剣に取り組んでいる雲雀さん。どの人たちも一生懸命に取り組める何かがある。私に、真剣に取り組んでいるものなんて、ない。風紀の仕事も確かに一生懸命に取り組んでいるけど、それは雲雀さんに咬み殺されるのが恐いから。



私から何かを一生懸命に取り組んでいるわけじゃない。





「雲雀さん」



「何?」



「・・・・・私が雲雀さんが羨ましいなんて言ったらどうします?」





私が言えば雲雀さんは眉を寄せて呆れるように私の方を向いた。まるで私を馬鹿にしているその表情。いつもならきっと私もムカついたことだと思うが、その時の私はムカつきはしなかった。私は、馬鹿、なのだ。何にも一生懸命に取り組めることがない、ただ生きているだけのつまらない人間






「馬鹿じゃないの」




「そうですね、私は馬鹿ですよ。山本のように真剣に取り組めるものなんて何も無い」



「なんで、そこで草食動物の名前ででてくるわけ」







不満そうな雲雀さんの声。そんなに山本の名前を出したのが嫌なのか、とも思いながらも雲雀さんをこれ以上不機嫌にさせるのも私にとっても得策ではない「例えですよ、例え」と言えば、雲雀さんの眉間に寄っていた皺が少しだけ減った気がした。あくまでも気がしただけで、実際には減ってないのかもしれないけど。








「私は馬鹿なんです。雲雀さんのように真剣に取り組めるものなんて何も無い」






どうしようもない馬鹿だ、と言えば雲雀さんは「別に僕に真剣に取り組んでいるものなんて」と、言った。その先の言葉は紡がれる事はなかった。それよりも早く私が口を開いたからだ。







「ないとは言わせませんよ。雲雀さんはいつも並盛のことに一生懸命じゃないですか」








雲雀さんは、少しだけ目を見開いて驚いている様子だった。だけど、すぐにいつもの顔に戻して「それの何が羨ましいの」と言う。自分が並盛のことに一生懸命なのは否定しないらしい。まぁ、現に一生懸命なのだから否定するのも可笑しな話ではあるが。







「羨ましいに決まってるじゃないですか」







私にはそんなに真剣に取り組めるものなんて何もないんですよ。最後の方は言葉にならなかった。今の私はきっと、不細工な顔をしていると言うことはもう自分でも分かりきっていた。視線をおとして、雲雀さんの靴を見つめる。そして、自分の靴の方へと視線をかえた。



私は、私は、自分が何をしたいのかさえ分からない馬鹿な人間なのだ。ツナや、獄寺や、山本や、雲雀さんや、骸さん達ととてもじゃないけど比べようもないぐらい馬鹿。いつもならこんな事考えないのに、なんで今日こんな事を考えてしまったんだろう。朝食に食べた昨日の残り物のお惣菜が悪かったんだろうか。それとも、今日返されたテストの点数が少し悪かったからか。いや、すべて違う。







ただ、応接室から見えた並盛の街があまりに綺麗で、応接室から見えた並中生達があまりに一生懸命で、その並盛を守る雲雀さんが羨ましくなったんだけ。そして、私の性格が汚いのだ。








「そんなものその内見つかるだろ」






雲雀さんにしては珍しく優しい言葉に私は顔をあげて、雲雀さんの顔を見た。茜色に染まる空の色に染まる雲雀さんの顔はそれは、とても形容しがたいぐらい綺麗なもので、私は少しだけ息を飲んだ「」雲雀さんの形の整った唇から私の名前が紡がれる。その声はまるで、私に言い聞かせるかのような声色だった




「それに、君はその真剣に取り組めることを一生懸命に捜しているんだろう」その時点で、もう真剣に取り組んでると言えるんじゃないのかい?と言う思いもしなかった雲雀さんの言葉に私は、ははっ、と少しだけ笑いが零れた。そして気付いた時には一筋の涙が頬を通っていた。その涙を雲雀さんに見られまいと頭を急いで下げれば、上からは雲雀さんの暖かい掌が降りてきた。








「まさか、雲雀さんがそんな事言うなんて思いませんでしたよ」




「そうだね。僕もまさか自分がこんな事言うなんて思ってもみなかったよ」







ポタッと自分の靴に一粒の涙が落ちる。ぼやけていた視界はクリアになり、私は袖で涙を拭って再び雲雀さんを見上げた「・・・・雲雀さん、ありがとうございます」普段ならお礼の言葉を言うのも照れくさいものがあるが、その時の私は純粋に雲雀さんへのお礼の言葉を口にした。その言葉に雲雀さんは少しだけ口端をあげ、少しだけいつもよりは優しい表情に見えたような気がした。













(2008・02・21)

リクエスト作品で、雲雀さんに弱音を吐くヒロイン・・・・・あれ、なんか微妙?(いつもの事だろ★